アカは妙なやつだ。 あの日出会って以来、いつの間にかいつも隣にいる赤毛の少年を思い浮かべながら神田は考える。 自分の名前はわからないという。 レキシを綴るために旅をしているのだという。 べらべらと無駄にしゃべるくせに、そのくせ重要なことは話さない。 抜けているようで、抜け目ない。 見ていて気付いたことは他にもあって、アカは必要以上に人と接したがらないようだった。 食事のときに食堂にいる以外は、大抵はひとりで部屋にいるか、書庫にこもっている。 それでいて、自分が様子を窺うように戸を少しだけ押し開くと、待っていたかのように飛んできて、嬉しそうに今日は何をしようか、と笑いかけてくる。 変なやつ。・・・・・・でも嫌いじゃない。 今日はまだ自分も知らない場所へ探検に出てみようと胸を弾ませながら、神田はいつものようにアカの部屋に向かった。 「アカ・・・・・?」 小さく開けた戸の隙間から中をのぞくと、いつものようにアカは窓際に座って本を読んでいた。 でもいつもより、どこかぼんやりとしている。 神田に気づかないのがいい証拠だ。 そろりと戸をあけて中に入り、足音を殺して静かに距離をつめる。 十分に近づいて―― 「わっ!!」 「ぅわぁっっ!?」 脅かしてやると、面白いくらいに動揺してアカは本を取り落とした。 動機を静めるように胸をさすりさすり、落ちた本を拾い上げながら、アカ。 「びっ・・・・・びっくりしたさ」 「何ぼーっとしてんだよ。 今日はまた探検に行くぞ!」 「ん? あ、ああ・・・・そうさね」 アカは曖昧に笑んだ。 やっぱりおかしい。 どことなく元気がない。 「何でそんなに元気ないんだよ」 「べ・・・つに、いつもどおりさ」 「嘘つけ。 ・・・・・そうだ、誕生日するか?」 アカの目が点になる。 一方神田は自分の思いつきに夢中になっていた。 「俺、この前みんなに誕生日してもらったんだ。 みんなでご飯食べたりして・・・楽しかったと思う。  お前もきっと楽しくなる。 誕生日、いつだ?」 「・・・・・・・わかんない」 「・・・ったく、お前はそればっかだな。  じゃあ明日やろう! 明日がお前の誕生日だ!」 「明日・・・・・」 アカは一瞬泣きそうに顔を歪めたが、すぐに神田に気づかれないよう、満面の笑みを浮かべて取り繕った。 「それは嬉しいさ! ・・・・じゃあ、明日な」 「ああ。 今日はお前元気ねぇから、探検も延期してやる。 早く直せよ」 「・・・・・・うん」 「じゃあな」 アカは手を振り返した。 神田は何か違和感を感じたが、気にせずに自分の計画を伝えるべくジェリーの所へ急いだ。 ケーキも頼んだ。 科学班の面々に相談して、パーティの計画の方もばっちりだ。 大勢でわいわいやるのはアカは苦手かも知れないけど、誕生日って違うんだ。 俺もそんなに賑やかなのは得意じゃないけど、この日は特別。 誕生日おめでとうって祝ってもらうのは、特別なんだ。 きっと楽しくなる。  元気になる。  そしたらまたいっぱい遊べる。 また楽しい時間が戻ってくるのだと、神田は幸せな気持ちで眠りについた。 どこかで蝉が鳴いていた。 ユウ、と小さく名前を呼ぶ声に、目をこすりこすり身を起こす。 ベットの傍らに、旅装束に身を包んだアカがいた。 「アカ・・・・? なんだよ、そのかっこ」 「・・・・・・お別れを言いにきたんさ」 ホントは、何も言わずに出てくつもりだったんだけど。 アカは年不相応に、大人びた笑い方をして頭をかいた。 神田は今になって、昨日別れ際に感じた違和感の正体を悟った。 アカは言わなかった。 「またね」、と。 「・・・・・・そう、か」 「うん。・・・・・・あの、ええと・・・・」 アカはしどろもどろになり、俯いた。 「ごめん」 「何が」 「だって、折角、誕生日・・・・・・」 「またやればいい」 驚いたように顔を上げるアカ。 「またって・・・・・」 「アカは世界を旅して回ってるんだろ? 俺ももっと修行したら、エクソシストとして任務に出て世界中飛び回ることになる。  そしたらきっと、どこかで会うこともあるさ」 「・・・ユウ、世界がどんだけ広いかわかってるか?」 「もちろん」 自信満々に答えてやるとアカは笑った。 それは悲壮感漂うものじゃなくて、神田は少しほっとした。 「じゃあまたいつかどこかで会えたら、その時はお祝いして」 「約束だ」 「うん、約束」 夜が明ける前に、アカはブックマンと共に教団を発った。 最後まで名前も知らなかった少年。 朝になって、ああもうアカとは遊べないんだなぁ、そうしみじみ実感して、神田は一人部屋で泣いた。 アイツのことだからきっと覚えているんだろう。 任務先から戻る列車の中、今日の日付と共に古い記憶が呼び起こされて、神田はチ、と舌打ちをもらした。 あの赤毛を間近で見るようになって、すぐに気づいた。だが、ヤツに問うたことはない。昔の約束を覚えているかと。 どうでもいいことだ。 あんな子供の口約束。 今からでは戻っても夜遅くなる。 ラビは教団にいるらしいが、だからといってどうしろというのか。 10年というと時を経て、自分は随分と不器用になってしまった。 ちなみに去年はと言えば、お互い任務でそれどころではなかったのだが。 ・・・・・・おめでとうを言おう。 きっと彼は嬉しそうに笑って、ありがとう、そう返してくれるから。 約束とプライドと、どちらも守れるぎりぎりの譲歩。 喜ぶラビの間抜け面を想像して、神田は少しだけ口元を緩めた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ずっとやりたかった仔ラビュ話。 タイトル&テーマは同名の曲より。 君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない 10年後の8月また出会えるのを信じて〜というやつです。 お付き合いありがとうございました! ・・・・と、ラビ誕企画で展示していたのはここまでなのですが、蛇足ながらアフター編があったりします。 微々たるもんですがじゃっっかん本番描写もアリですので、苦手な方は避けてください。 読んでみる、という方は コチラ      ・back・