「・・・・・・・・・・はぁっ・・・」



どうにも堪らず足を止め、肩で大きく息をする。
ゼイゼイという自分の呼気が耳につく。 息を吸う度に喉がヒリヒリと痛んだ。



日付が変わるまで、残すところあと10分程度。
まったく、あのまま何事もなく帰れていれば、遅いとはいえもっと余裕をもって教団に帰りつけたはずなのに。
線路に牛が入って数時間も足止めとは・・・・・・・笑えない。



今はとにかく、ラビの姿を探して走る。
自室、食堂、書庫・・・・・今日に限ってどこにもいない。

何でいないんだあの野郎。
いつもならどこからともなく現れて、うざったく俺の無事を確かめるのに。
大体何でこんなにまでしてアイツを探す必要があるんだ。 みつからねェならそれでいいじゃないか。
思考はぐるぐると回る。 余計なことばかり考える。


もう日は改まってしまったろう、――思いながら再び足を止めた神田がふと目を向けた窓の向こうで、チカリと小さな灯りが揺れた。










「ふぃー・・・・。 意外と低かったんさねー」


気まぐれに訪れた、神田との思い出の場所。 初めて案内してもらった”とっておきの場所”。
幼い頃はそれこそ天まで伸びるかと見上げた大樹も、今となっては大した高さではない。
拍子抜けしたというか、なんとも複雑な気分で枝の一つに身を落ち着ける。
風でカンテラの火がチラチラと揺れた。




特別な日の夜は過ぎてゆく。ひとりのまま。
誕生日は誰も知らないから。
聞かれても忘れたで通していて、それは実際嘘ではない。 ラビ自身も知らないのだ。 自分のことなんて、名前すら曖昧。



立派なエクソシストになったかの少年は、世界を飛び回っているせいでここにいない。
もう一度二人を合わせてくれた世界は、狭いようでやっぱり広い。



また、会えたら。

そんな約束、お前はもう忘れてるんだろうな。

自嘲気味に笑って、目を閉じる。 思い出を振り払う。
今も眩い宝石みたいなきらきらした時を、そっと心の奥へしまい直す。


まだその余韻が残っていたせいか、怒鳴り声に慌てて見下ろした彼の表情は幾分幼く見えた。







「・・・・・――てめぇっ!! 何やってやがる!!」



闇を震わす大音声。
思わずずり落ちそうになったのを、とっさに枝につかまってこらえた。
カンテラの光は弱くてうっすらとしか捉えられないが、この声は、この姿は。



「いつもは四六時中部屋でぐーすか寝てやがるのに、今日に限って夜に散歩とはどういう了見だ、あァ!?
 探すこっちの身にもなりやがれ!!」
「・・・・・・ユウ」
「ったく・・・・・・てめぇがこんなわかりづれー所にいっから・・・・時間、過ぎちまった」
「・・・・どしたの、こんな時間に」



とん、と枝から飛び降りてラビが問うと、神田はむっつりと眉を寄せた。



「・・・・・・・・別に」
「探してくれてたんでしょ」
「・・・・・探してなんか・・・ッ」
「さっき言ったさ」
「ッ・・・・・・・・・」



散々探し回った苛立ちで思わず怒鳴ってしまったが、「おめでとう」の気恥ずかしさを乗り越えるだけの準備はまだできていなくて、
神田はふいと顔を背けた。



「・・・・・・・・何で、こんなとこにいたんだよ」
「べぇつに。 なんとなくさ」
「・・・・一人で。・・・・・・・・他の、やつらは?」
「一人でいちゃいけない?」
「だって、今日は・・・・・・・・」



急にラビが自分を見つめる視線が強くなったのを感じて、神田は口ごもった。
――重い沈黙の後、ふっとラビは顔をほころばせた。



「なぁユウ。 実は今日は俺の特別な日なんさー。 一緒に祝って?」
「は? ・・・・あぁ」



うなづいて・・・・なおも釈然としないようで、何か問いたげに自分を見つめる神田を、ラビは笑顔を重ねて封じた。



「嬉しいさー」
「・・・・・・・よかったな」



神田も察して、喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。



「実は俺にとっても・・・・・特別な日だ」
「へぇ、奇遇さね」
「俺の初めての友達のな、誕生日なんだ」
「ユウに友達・・・・? そりゃまた奇特な・・・」
「あぁ。 変なヤツだったよ」



遠く思いを馳せながら神田がうなづくと、ラビはこそばゆそうに目を細めた。



「・・・・俺も、友達と二人で決めた大事な記念日なんさ」
「・・・・・・・・そうか」



ラビがそのまま手を回してきてぎゅうと体を抱きしめても、神田は何も言わなかった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おめでとう」
「うん。・・・・・・・・ありがと」



















熱に浮かされて何度もヤツの名前を呼んだ。


打ちつけられるモノが熱くて。 体の隅々に触れるヤツの手が熱くて。 落とされる口付けが、熱くて。
涙ではっきりしない視界の向こうにぼんやりと赤い髪が揺れていた。
繋がった部分から込み上げてくる得体の知れない感覚に、いてもたってもいられなくて。
気持ちいいのか悪いのかすらもわからない。 ただ突き上げ、揺さぶられる度に、不安にも似た何かが頭を掠めて、俺を落ち着かなくさせた。
安心を求めるように縋りついたヤツは、苦しげに、切なげに、顔を歪めて囁く。



俺はアカじゃないよ


誰と間違えているの、ユウ



・・・・・名前、呼んで?








「・・・・・・・・・っぁ・・・ぁぁあ」



真っ白になる。

気の遠くなるような快感の中、思いきり抱きしめられるのを感じて、ようやく”何か”を見つけた気がした。
安心を、得られた気がした。
力強い手に身を任せて、俺は意識を手放した。












目を閉じた神田の髪をさらりと梳いて、ラビは笑みを漏らす。




「覚えててくれてありがと、ユウ」




でも・・・・・・・・・




「俺はアカじゃないんだ。 ・・・・・・ごめんな」














・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――永遠に叶うことのない約束を、果たそうとしてくれた君が何より、愛しい。

ってなわけでラビ誕アフター編でした。 すっきりしねぇぇぇ・・・!
ディックで振りむいちゃダメなように、過去の名前で反応しちゃいけないわけで。(名前じゃないけど)
そしたらすっごい微妙なことになるじゃん・・・!と一人悶えていた次第であります。 お粗末さまでした。






     ・back・