「何がしたいのかねェ、俺は・・・・」 神田の部屋の前で、誰に言うでもなく“ラビ”はぽつりとこぼした。 その名を耳にしたら、ふいに会いたくてたまらなくなった。だから、来た。 でも会ってどうする? 所詮自分は一日で消えるコピーでしかない。 ラビじゃない。 自分が会ってどうなる? 本物のフリすらできないこの仮初めの体で、何ができる? 触れることすら叶わない身で、何が。 しかし内心の葛藤をよそに、体は前へと進んでいた。 壁を抜ける。 見慣れた簡素な部屋。 無造作に掛けられた団服。ベットの傍らに置かれた六幻。 静かに寝息を立てる、ユウ。 近づいて、とくと寝顔を見つめる。 気配も希薄になっているらしい。 いつもなら、絶対に目を覚ますはずの距離なのに。 そっと、唇を寄せる。 柔らかな感触は返ってこなかった。 何ともいえない気分で身を起こす。 相変わらず、ユウの瞼は固く閉じられたままだ。・・・・・・・いや。 「・・・・・・・・何してやがる」 かすれた声。 ゆるゆると、重たげに瞼が開かれる。 俺は笑みを浮かべて見せた。 「おはよ、ユウ」 「・・・・・・・・・何、してやがんだ」 「おはようのキス?」 「・・・・・んなんじゃ、なくて、なんつーか、お前・・・・・・」 寝起きで頭が回らないようだ。 身を起して、ガリガリと頭を掻く。 「・・・そのナリはどうしたんだっつってんだ」 「別に? どこかおかしいさ?」 「・・・・・透けてんぞ」 さてはコムイか?、なんて真面目に聞いてくるものだから、思わず吹き出してしまった。 そうして、ムッとしたユウに顔を寄せる。 「そうさね。 だからユウには触れない」 「おい・・・・」 「こんな風にしても、抱きしめてあげられない。 ・・・寂しい?」 背に回した手は、むなしくユウの体をすり抜ける。 俺の手が通り抜けた箇所に手をやって、驚いたような、気持ち悪そうな、それでいて困惑した表情のユウにまた笑った。 「情けねー顔」 「・・・・・ッ誰が!!」 「ユウが。 すごく、かわいいさ」 「馬ッ・・・・・・」 「――さぁ、どうするんさ? ユウ。 どうして俺がこんなんなっちまったと思う? 最期の挨拶ってヤツかもしれねぇぜ」 ユウが瞠目する。 その手が、強くシーツを握りしめる。 射殺すほどの眼光でもって俺を睨みつけ―――ややあってふいと目を逸らした。 「馬鹿が」 「・・・・・・・・」 「ヘマしてんじゃねぇよ・・・・・」 血を吐くような声だった。 自分の言葉をすっかり信じているらしいユウに、ほんの少しだけ胸が痛んだが、妙に心は冷めていた。 ただただ、ユウの反応を傍観している。 「・・・泣いてくれないんさ?」 「・・・・・・・なんで、俺がテメェなんざのために泣いてやんなきゃならない?」 「ふーん。 ユウにとって俺はその程度の存在なんさね」 「あァ」 「・・・その割には結構堪えてるんじゃねぇの?」 腕を組んで顎に手をやって。 ベットにみを起こした状態のユウを見下すように。 「素直に言えばいいさ」 「・・・・・さっさと成仏しろよ」 「悲しい? 辛い? 知ってるさ。 何だかんだいって、仲間思いだもんな、ユウは」 「行けよ・・・・・・ッ」 「―――――・・・・・・・・」 さらに畳み掛けようと、口に出しかけた言葉は喉の奥に消える。 俺は扉の方に向き直って、たった今飛び込んできた客に悠然と微笑んだ。 「遅かったさね、ラビ」 ・back・ ・next・