「時間経過を待つしかないね」


自己陶酔から無事帰還したコムイは、彼を現実に引き戻すために力を使い果たした赤毛の青年に向かってこうのたまった。
ぐったりと床に膝をついた彼――ラビは、さらにうなだれた。


「一日、かぁ・・・・・」
「・・・・その一日っての、何?」


げんなりと呟いたラビの言葉に、“ラビ”が反応する。 露骨に嫌そうな顔をするラビに、コムイは苦笑しながら言った。


「君が消える時間だよ」
「消える? ・・・・俺が?」
「そう。 君は僕の機械によって生み出されたラビのコピーなんだ」
「コピー・・・・・?」


考え込むような素振りを見せる“ラビ”。 それを見て、ラビはそこっそりとコムイに尋ねた。


「・・・・アイツ、記憶とかはどうなってるんさ?」
「それはなんとも。 動物とかでしか実験したことなかったしね。 一応設計上、知識とか能力はオリジナルと全く同じハズだけど・・・・・」


コムイは視線を“ラビ”に戻し、つられてラビもそちらへ視線を向ける。
何やら考えに没頭しているらしい自分の姿。 見れば見るほど自分にそっくりで、気色が悪い。
あれ、でも何だこの違和感。 目の錯覚だろうか・・・・?


ややあって、“ラビ”が口を開いた。


「俺もラビだけど、お前もラビなんだな」
「・・・・・ああ。 っていうか、ニセモノはてめぇの方だかんな」
「ニセモノ、ね・・・・・・まぁいいけど」


“ラビ”はニッと口の端を上げる。


「限られた時間は有効に使わせてもらうさ」
「なッ・・・・・何する気さ!?」
「さぁね? 自分で考えればいいさ。 お前は俺なんだから。 明日死ぬって言われたら、お前はどうする?」


悠然と腕を組む様子に苛立つ。 自分は、あんな不遜な態度なんて取らない。 あんな、見下すような態度は。
しかしラビが何か言う前に、“ラビ”はあっさりとこちらに背を向けて、部屋の入り口へと歩き出した。
慌てて取り縋ろうとしたラビの鼻先で、“ラビ”の姿がかき消える。


「!?」
「あー。 言い忘れてたけど」


ぽりぽりと頭を掻きながら、コムイ。


「どういう訳か幽霊みたいな、こう、実体の無いコピーしか作れないんだよねぇ」
「だよねぇって・・・・」
「今とかはさ、視界悪いし、普通の人間ぽく見えなくもなかったけどやっぱり失敗してたかー。 あれじゃ物にも触れないし手伝いどころじゃないよねハハハ」
「―――大槌小槌・・・・・・ッ」


教団のとある一室は、中身もろとも派手に吹っ飛んだ。










触れることなく扉をすり抜けた“ラビ”は、ふと立ち止まって自分の両手に目を落とした。
握ったり、開いたりしてみる。 床のレンガがうっすらと透けて見えた。


「コピー、ね・・・・・」


実際不思議な気分だ。 無理矢理コムイに機械に押し込まれた所の記憶まで、自分にはちゃんと残っている。 確かに自分は自分だ。でも、何かが足りない。少ない。


「さーてと、これからどうするかね・・・・・」


もう一人の自分の反応が面白くてああは言ったが、本当は何がやりたいとか、そういった思考はなかった。
かといってこのままここを動かずにいて、あっさり捕まってしまっても面白くない。 そう思って、とりあえず歩き出すと――廊下の向こうに見知った顔を見つけた。


「―――リナリー」
「ラビ? どうしたのそんな所で」


“ラビ”を見て取って、リナリーは小首を傾げる。
“ラビ”はその場で足を止めた。 距離は大分ある。


「あー・・・・・・なんでもないさ。 えっと・・・」


何を言おうとしたのだったか。 そもそも何か言うべき様なことがあったのか。
言葉を探しているうちに、リナリーは納得がいったようにああ、と手を叩いた。


「神田ならさっき帰ってきたよ。 今頃は・・・・・うーん、自分の部屋にいるんじゃないかな?」
「え? ああ・・・・」


どうやらユウを探していたのだと思われたらしい。
“ラビ”は話を合わせておくことにした。


「ちょうど探してたんさー! ユウが帰ってきたって、さっき聞いて」
「やっぱりね。 もう、最初から言えばいいのに」


しょうがないわね、といった感じに苦笑したリナリーに、照れたように笑って見せて、じゃあ俺行くさ、ありがとな、と背を向けた。


「あ、待って神田の部屋ならこっちのが近い――え?」


呼び止める間もなく“ラビ”は忽然と姿を消していた。










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