「トッシー!!」 『いけません桂さん! このまま逃げますよ!』 「しかし・・・・・ッ」 『彼は志士ではありません。 桂さんを狙った襲撃であれば彼に危険は・・・・・・・』 もうもうと上がる砂煙の中、桂はチラリとトッシーの黒髪を視界に捉えた。 しかし次の瞬間には、宿の中へとなだれ込んできた真選組隊士たちにのまれるまま、桂はもみくちゃになりながら 宿の奥へ奥へと押し流されていた。 [離れ離れの夜] 「は・・・・・・」 荒い息をつきながら、どことも知れぬ路地をトッシーはふらふらとさまよい歩いていた。 『こんな所でお会いするとは』 見覚えのある男だった。 彼は伊東氏の腹心の、名前をなんといったか。 呆然と、隊士達が宿の中になだれこむのを、動くこともできずに見ているしかできなかった僕を見つけて、 その男は嘲りの笑みを浮かべながらこちらに歩いてきた。 『不穏な動きをしている隊士がいると思って後をつけて見れば桂達と通じているし、いざ襲撃して見れば今度はあなたか。 真選組にいられなくなって攘夷志士に転職ですか?』 『攘夷、志士・・・・・・・・?』 『まぁいいでしょう。 すでにあなたは真選組ではなくなった身。何をしていようと勝手です。  それに今回の俺の仕事は桂の捕縛だ。あなたを捕まえて帰ってもしょうがない』 今なら見逃してあげますよ、ヘタレな元副長さん。 抜き身の刀を持って目の前に佇む男に、震えが止まらなかった。 ガチガチと歯が音を立てた。 気がつけば、一目散にその場を逃げ出していた。 「ハァっ・・・・・ハッ・・・・・・・」 がむしゃらに走る。 自分を突き動かすのは恐怖だけだった。 怖い。 怖い怖い怖い。 逃げるんじゃねェ、立ち向かえ、と、どこかで誰かの声がした。 無理だよ、僕には無理だ。 刀も持てない僕が戦えっこない。 喉の奥がヒリヒリと痛んだ。 酸素を求めてひゅうひゅうと音をたてる。 無茶苦茶に走ったせいで、どのくらい走ったのかも、自分がどこにいるのかもわからなかった。 とうとう歩く程度にまで落ちたスピードで、足を引きずりながら、それでも何かに追われるようにトッシーは足を動かし続けた。 「ヅラ子氏・・・・・・」 アイツはヅラ子氏を捕縛しにきたといったのに。 それを邪魔するどころか、僕は、まっ先に逃げて。 ヅラ子氏のことなんかこれっぽっちも考えずに。 「・・・・・うっ・・・く・・・・・・・」 ぼろぼろと涙が零れた。  きつく胸の辺りを握りしめる。 自分が情けなくて情けなくて、涙が止まらなかった。 「さいっ・・・ていだ、ぼく・・・・・・」 ヅラ子氏は逃げのびただろうか・・・・・あんなにたくさんの敵に囲まれて、どうやって? ・・・・ヅラ子氏のことを心配する資格すら、今の自分にはないと思った。 後悔の念ばかりが募る。 それでも逃げることをやめない自分の体に反吐が出た。 何より嫌で嫌でたまらなかったのは、こんなことをしておいてさえまだ、後ろからヅラ子氏が追いかけてきてくれるんじゃないかって、 チラリとでも考えてしまう自分の心根だった。 蓋と地面の細い隙間から周囲を窺い、辺りにひとけのないのを確認する。 マンホールの蓋を一気に押し上げると、桂は地上に降り立って、あとから続くエリザベスの手を引いてやった。 そうしてマンホールの蓋を再び元のように戻すと、服の埃を払いながらふぅと息を吐く。 「なんとか撒いたか」 『いざという時のために隠し通路をたくさん用意しておいてよかったですね』 「まったくだ・・・・・」 桂とエリザベスは、群れ来る追手を斬り伏せつかわしつしながら隠し通路の一つに飛び込み、 なんとか宿から少し離れたこの場所へと逃げのびてきたのだった。 隠れ家が襲撃に合うのは今に始まったことではない。 古参の者であればあるほど、こんな時の対処法は心得ているはずだった。 すなわち、安全な場所に各自逃げのびたのち、おって連絡を取り合う。 どうかみな無事で、心の中で小さく祈り、桂は一歩踏み出しかけ――ふと足を止めた。 『桂さん?』 「・・・・・・・トッシーは」 『・・・自分の身は自分で守るのが暗黙の了解のはずです』 「しかし、アイツは・・・・・・・」 『承知で傍に置いていたんでしょう』 「わかって、いる・・・」 自分が追われる身であること。 自分の傍が決して安全でないこと。 そんなことは、ちゃんとわかっていた。 わかっていたはず、なのに。 『行きますよ桂さん』 「・・・・・・・アイツはどうなる、アイツは・・・・っ」 『真選組が相手なら殺されることはないでしょう』 「・・・・・・・」 『桂さん』 「・・・・・・・・・・行こう、エリー」 すまなかった。 ぼそりと口にして、エリザベスを追い抜き足早に桂は歩を進めた。 『桂さん、次はどこに隠れるつもりですか?』 「そうだな・・・・」 歩調は緩めぬまま、思案するように腕を組む桂。ふと、脳裏に明るい声が蘇った。 『ヅラ子氏!! 今度アキバツアーに行こう!  僕ちょっとこの街のことには詳しいからいいお店紹介するでござるよ〜』 ふ、と桂は口元に笑みをのぼらせた。 何故だろう、彼とはまた会える気がした。 「地下都市、アキバNEOへ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どんどんねつ造、第七話。 鴨さんの部下は特に誰というイメージはないです。 アキバNEOに潜伏してると本誌で明らかになったとき、きた、と思いました。 絶対トッシー桂フラグ立ったって。       ・NEXT・    ・BACK・