『好きに出てゆくがいい』 突然突き付けられた最後通牒。 顔も見たくないとでもいうように、ヅラ子氏はそそくさと奥へ引っ込んでしまって。 僕はまだ、その衝撃から立ち直れないでいた。 [愛情補給] 「グス・・・ッ・・・うっ・・・ひっく・・・・・・ヅラ子氏・・・・」 玄関端、座り込んでめそめそと泣いている図体のでかい男。 宿の客やら何やら、出入りする人は皆一様にその姿を見てぎょっとし、何か怖いものでも見たかのように視線をそらして そそくさとその横を通り過ぎていく。 トッシーはぐすりと鼻をすすり、土間床に”の”の字を書き始めた。 ばちが当たったんだ。 宿をかりて、食事ももらって、他にも何くれと世話をやいてもらって。 たくさんお世話になって、その借りも何も返してないのに、勝手に恋とか、して。 傍にいられるだけで満足してればいいのに、調子に乗って、告白だなんて大それたことをしようとするから、こんなことに。 「はぁ・・・・・」 思い出すとまた涙が浮かんでくる。 初めての拒絶の言葉。 そんなに嫌だったんだろうか。 出てけ、だなんて。 トッシーはその前の桂の台詞をすっかり聞き逃していた。 いくつ目かの”の”の字をなぞり終え、トッシーは絶望の淵でため息をついた。 どうしよう。 このまま大人しく出て行くべきなんだろうか。 それともヅラ子氏に別れの挨拶だけでもして行くべきか? しつこい男は嫌われるという。 せめてこれ以上嫌われないよう、彼の中に少しでもウツクシイ思い出として自分が残るよう、去り際だけでもしっかりしなくては。 ・・・・去り際。 「うわぁぁんお別れなんて嫌でござるー!!!」 ぱこんっ 「あだっ」 小気味いい音とともに後頭部に衝撃を受けて、涙目のトッシーはよろよろと後ろを振り返った。 ずーんとそびえる白い巨体に、ヒッと小さく悲鳴をもらす。 「エリー先輩・・・」 『邪魔だ。 さっさとどけ』 「行きます!! すぐ出て行きますっ」 慌てて腰をあげ、出入り口の戸に手をかけた所でトッシーは動きを止めた。 「・・・・・・・・・・でも僕には、他に行くあてなんて・・・・・・・・」 『何を言ってる。 こんな所で油売ってる暇はないだろ、真選組副長さんよ』 トッシーはしゅんと目を伏せた。 「確かに僕は土方だ・・・・でも僕は誰にも必要とされてない。こんな弱っちい僕がいたって何もできない。 ・・・・・ヅラ子氏にも嫌われてしまったし、僕、生きてる意味あるのかな・・・・・」 『トッシーよ』 そんなトッシーにずいとプラカードを押しつけるようにして。 『桂さんは本当にお前が嫌いになって出てけと言ったのか?』 「・・・・・わからない、けど」 『あの人はそう簡単に人を突き放したり切り捨てたり、できる人じゃない。桂さんが”出て行っていい”と、言った意味を考えろ。 お前には、行って、やることがあるんじゃないのか』 「やること・・・・・・」 まなうらに、幾人かの姿がよぎる。 それを打ち消すようにトッシーはブルブルとかぶりを振った。 「何も・・・・・僕にできることなんて」 『じゃあなんでお前は刀を背負ってる』 「これは・・・」 『ここへ来てからも、片時も離さないでいるだろう。 それは飾りか?』 「・・・・・そうで、ござる。 こんなもの・・・」 持っていたくないんだ、そう言って刀を投げ捨てようとするのに、それは手から離れようとしない。 同時に頭の奥がキリキリと痛む。 「くそ・・・・ッ離れろぉ・・・・・」 いっこうに離れる気配のない刀に、ムキになって手をぶんぶんと振り回す。 エリザベスは何も語らず、ただ必死で手を振り回すトッシーをじっと見つめていた。 「エリー? 何をしている?」 軽い足音と共に、涼やかな声が近付いてきてトッシーはハッとした。 その顔に嫌悪の色でも浮かべられたらと思うと怖くて、まだ桂と顔を合わせる勇気がなかった。 そんなトッシーの内心も知らず、こちらをひょいと覗きこんだ桂はあっけらかんと、 「む? トッシー? 帰ったのではなかったのか?」 「え、あ、その・・・」 「ひょっとして道がわからんのか? 仕方のないやつだ。 どれ、地図を書いてやろう」 「そっ・・・・・・」 そんなに僕を追いだしたいんでござるか!? 思わず言ってしまって、桂のぽかんとした表情を見て我に返ったトッシーは、ぐ、と唇を引き結ぶ。 答えを聞きたいような、このまま耳を塞いで逃げ出してしまいたいような。 長く長く感じられた数秒の間の後、桂は口を開いた。 「別に、」 「・・・・・・」 「追いだそうとか、そういう訳ではないのだ。 ああ、俺の言い方が悪かったのか? ならば謝ろう、すまなかった。 俺はただ、お前が戻る決心をしたのならその邪魔をしてはいけないと」 「戻る・・・決心?」 「違うのか? てっきり真選組のことが心配になったのだと」 ふむ、早合点だったか。 のほほんと言う桂にトッシーは体の力が一気に抜けるのを感じた。 ほっとしてまたもや涙がにじんでくる。 「よかった・・・・僕てっきり、ヅラ子氏に嫌われたんだと思って」 「嫌い?」 お前のようなフニャフニャして訳のわからない奴をどう嫌いになれと言うんだ。 真顔で言われてトッシーはどんな顔をしていいのかわからなくなる。 「今のお前は敵というわけでもないしな。 嫌う理由もあるまい」 「き、気持ち悪いとかっ」 「特に感じたことはないが」 「!!」 今度こそトッシーの顔にぱぁっと喜色が広がった。 喜びのあまり桂に抱きつく。 「ヅラ子氏ッ!!」 「うおっ・・・な、何だ急に!! ・・・そういえば、帰るのではなかったら、話というのはなんだったのだ?」 「えっ・・・・・」 ドキリとして顔を上げる。 腰の辺りにしがみついていたトッシーからは見上げる形になる、きょとんとした桂の整った顔。 それを間近に見ながら、トッシーの鼓動は早さを増していく。 「そ、それは・・・・・・」 「?」 「実は・・・・・・・・僕ッ」 ガシャァァァァァァァァァァン!!! けたたましい音を立てて突っ込んできた荷車に、トッシーの言葉は中断される。 思わず後ろへ飛びのいた桂は、取り残してきてしまったトッシーに気付いてハッとした。 「トッシー!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中途半端に第六話。 意地でも告らせてあげません。 トッシー=しょぼくれた犬のイメージのせいか、泣かせてばかりいる気が・・・。
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