黄色い油の浮きまくった汁をたたえて、食べかけのどんぶりが寂しく台の上に残されていた。 『桂さん』 事態が飲み込めず、どんぶりに口をつけたまま呆然と固まっていた桂は、エリザベスにぽんと肩を叩かれて我に返った。 静かにどんぶりを置く。 ふぅ、とため息一つ。 『どこへ行ったんでしょうね』 「さぁ、知らんな」 『やはり敵方のスパイだったんでしょうか』 仲間の元へこの場所を知らせに走ったのでは、表情を険しくするエリザベスに、桂はかぶりを振った。 「いいや、違うだろう。 ・・・違う、はずだ」 言い聞かせるように口にして。 知らせに行くなら昨日の内に行っているだろうさ、なにしろ俺達一派を一網打尽にできる好機だったのだからな、 後付けのようにそんな理由を口にする。 考えてみればなんと浅はかだったことか。一同が会する大事な日に、素性もわからぬものを連れ込むなんて。 それでも見過ごせなかったのだ。 情けなく丸められた背中が、なんとも頼りなげで。 自分を縋るように見る目は子犬のようで。 桂は自嘲めいた笑みを口の端に上らせた。 「・・・・・・・・どうも俺はどうしようもない男とばかり縁があるようだ」 『桂さん?』 「すまないエリー、少し出かけてくる。 ああ――」 立ち上がり、戸口の方へ進みかけて振り返った。 「どんぶりはそのままで」 [ただいま。おかえり。] 「ふぅー。 なんとかゲットできたでござる」 列に並ぶこと数時間。 お目当ての物を手に入れて、トッシーは上機嫌で街をゆく。 遠巻きに自分に向けられる奇異の目もヒソヒソ話も、まるで気にしてはいない。 「見えそうで見えないけど覗きこむと中まで精巧に作ってあるプリーツスカート! 黒ハイソ! この脚線美がたまらんよハァハァ。 やっぱ時代はセーラー服でござるな〜あああトモエちゃん!」 トモエ5000限定セーラー服ver.に思わず頬ずり。 ざわめいて、周囲の人々がまた一歩距離をとった。 やばいよあの人、キモい何アレー。 そんな言葉が幾分聞こえよがしに囁かれるも、トッシーの耳には届かなかった。 「帰ったら早速トモエちゃんコレクションのひとつとして丁重に陳列、を、ば・・・・・」 ・・・・・・帰るって、どこにだろう。 はたと気づいて、トッシーは往来の真中で呆然と立ちすくんだ。 同じ向きに歩いていた人々が、慌てて自分を避けて進んでいく。前から向かってきた人と肩がぶつかる。よろめく。 急に現実に引き戻された気分だった。 人波にもまれて気分が悪い。 ともかくも歩き出すものの、行き先がわからない。 自分はどこへ行きたいのか。 何がしたいのか。 向こうの方に黒服の一団が見えた。 それはよく見慣れたもので。 トッシーは自分でもわからないまま、その一団の目を避けるように、逃げるようにその場を後にした。 入り込んだ路地裏を、荒い息をつきながら進む。 「・・・・・なんで、逃げたんだろ、僕・・・・・・・」 怖いから? 恥ずかしいから? わからない。頭の中がグチャグチャだ。 僕は土方十四郎で。 だけど、みんなが望むような僕じゃない。 剣を抜くのなんて怖いし、チンピラどもとやり合うなんて考えたくもない。 鍛練なんかするより部屋でアニメ見てたいし、ジャンプ読みたいし、・・・・。 僕が無意識にする行動を、みんなは"おかしい"という。 そして僕の中の誰かも、”おかしい”って言う。 わからないことだらけだ。 今は何もしたくない。何も考えたくない。 何もかもから逃げてしまいたい。 とうとう足を止め、トッシーはペタンとその場に座り込んだ。 足を抱きこんで顔を埋める。 尻の下に地面の冷たさを感じる。 路地を吹き抜ける風がむき出しの腕に冷たくしみた。 ああ、またあの人が、僕を見つけてくれたらいいのに。 あの夜こうして座り込んでた僕に声をかけてくれたみたいに。 「ヅラ子氏・・・・・・・・」 「何だ」 「へ?」 思わぬ返事に顔を上げると、渋面を作った桂が腕組みをしてこちらを見下ろしていた。 「全く、出かけるのなら行き先ぐらいは告げてゆけ。 目立つ風貌で助かったが」 「探しに来て、くれたんでござるか・・・・・?」 「・・・・蕎麦の処分が済んでいなかったからな」 食べ終わるまで逃げることは許さんぞ。 ふいと視線をそらして言う桂に、たまらずトッシーは抱きついていた。 「ヅ・・・ヅラ子氏ィィィィィ!!」 「うわっ!? だ、大の男が人前で泣くものではない、恥ずかしい奴め! 離れろ!! 歩けないではないか!!」 「うっ・・・ひっく・・・・・僕、僕・・・・・」 なんとかかんとかトッシーをもぎ放し、涙でべちゃべちゃの顔を見て桂はため息をついた。 「・・・・・・鼻をかめ」 「か、かたじけない・・・・・」 受け取った手巾で音を立てて鼻をかむ。 汚れたそれをポケットに押し込んで、真っ赤な目でトッシーは桂を見つめた。 「ヅラ子氏、あの、僕・・・・・」 「何だ。 まだ何かあるのか」 「いや、あの・・・・・その」 「・・・・・・はっきりせん奴だな。 何だ、と聞いている。 何か用事があるのか?」 「なっ、ないです、けど・・・・・・・」 「ならば帰るぞ」 さっと身をひるがえして歩いて行ってしまう桂に、後に続きかけて――トッシーは足を止めた。 トッシーがついてこないのに気付いて桂も立ち止まる。 「どうした」 「僕は、どこに帰ったらいいんだろう・・・・・」 「・・・何を言っておるのだ」 宿に決まっているだろう。 グズグズしているとおいてゆくぞ。 さも当然のように言われて、トッシーは思わず反論しかけた。 「でも」 「しばらくウチへ来い、そう言ったはずだが」 「・・・・ホントに、いいんでござるか」 「男に二言はない。 ・・・・わかったら」 帰るぞ。 再び言われて、トッシーは恐る恐るうなづいた。 今度こそ、桂の後ろについて歩き出す。 「・・・・・・・・ヅラ子氏」 「何だ」 「・・・迎えに来てくれてありがとう」 「蕎麦を食べ終えずに逃げ出したから連れ戻しに来ただけだと言ったろう」 ぼそりと呟かれた言葉も話半分に聞き流しながら、トッシーは続ける。 「ヅラ子氏」 「何だ」 「ヅラ子氏が女の人じゃないとわかって、僕、・・・・・・・ショックだった」 「そうか」 「でも、気持ち悪くは感じなかった。 ヅラ子氏は相変わらず綺麗で」 「・・・・・・・」 なんと答えていいかわからなくて桂は黙り込む。 「男でもヅラ子氏はヅラ子氏で、綺麗で優しくて・・・・・・そんな、そんなヅラ子氏が、ぼ、僕、僕はッ」 「む。 行き止まりか」 「僕はァっ!!」 「仕方ない道を変えるか・・・・ん?」 くるりと振り向いた桂が目にしたのは、路地の壁に顔を赤らめつつ熱く訴えているトッシーの姿だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 気づいたらノンストップ・4話目。 銀さんのだらしないとことか重ねてたらいいと思う私はやはり根は銀桂好きなのでしょうか。
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