「トッシー、朝だぞ」 「ふわぁ・・・・あと5分・・・・・」 「早く起きろ。蕎麦が伸びる」 「ううー・・・・・・・・・・そば?」 目開けるとそこには見知らぬ天井。 慌てて飛び起き、目に入る部屋の様子もまったく自分の知らないもの。 もしかして噂に聞く異世界トリップか。  ざーっと音を立てて全身から血の気が引くのをトッシーは感じたが、部屋の戸口に黒髪の人影を見つけて、はたと気づく。 まざまざと甦る昨日の出来事。 美しい女剣士。 秘密の隠れ家。 マスコット的キャラクター。 ・・・・女剣士? 「・・・・・・ヅ、ヅラ子氏・・・・・」 「起きたか。 飯だぞ。 早く降りて来い」 「そ、その格好・・・・・」 「む?」 トッシーは恐る恐るといった感じに桂を指さす。それを受けて、桂は自分の姿に目を走らせた。 「・・・・どこか変か?」 「お、おっおっお・・・・・」 「お?」 「おとこぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」 朝一番。 町はずれのとある宿の一室に、間抜けな叫び声が響き渡った。 [いっしょにごはん] 「すまなかった。 隠していたわけではないのだが」 「はぁ・・・・・」 卓子ごしに向かい合った桂は、トッシーに向かって軽く頭を下げた。 意気消沈、といった様子でうなだれたトッシーは少しだけ目線を上げて桂を見る。 卓子の上には湯気を立てる蕎麦。その湯気の向こうに見える美貌の人は、女装を解いた今でも変わらず美しい。 美しい――が、その優美な中にも精悍な顔つきや、細くてもきちんと筋肉のついたしっかりとした骨格は、 落ち着いて見れば女性のそれとは明らかに異なっていた。 自分をじっと見つめたまま何も喋らないトッシーに桂は苦笑する。 「・・・・・・・女装する男は気色悪いか?」 「・・・ヅラ子氏は別に、大丈夫でござる。 ただ・・・」 「ただ?」 「・・・や、ほんとに男の人なんだなぁと」 なんだかまだ、夢を見ている気分でござる。 呆然と呟くトッシー。 「・・・・・とりあえず、食うか。 蕎麦が伸びてしまう」 何と声をかけてよいかわからなくて、桂はともかくも箸をとった。 一口二口とすすってふと目をやれば、トッシーは相変わらずこちらを凝視していた。 (・・・・・・・・・気まずい) 男であることを言い出しそびれたのはこちらの落ち度だが、そんなに大きな問題だろうか。 もしかして、女人との同棲を期待していたのか。 ・・・いや、そんな下心があるようには見えなかった。 頭を捻りながら、黙々と蕎麦を口へ運ぶ。 一方トッシーは激しい葛藤の最中にあった。 (・・・・・僕、病気なんだろうか) ヅラ子氏が女性でなかった。 それは確かに衝撃だったが、それだけだった。 昨日たくさん見た女装の男性たちに感じたような気色悪さは微塵も感じず、それどころか、相変わらず胸がドキドキして、苦しい。 ヅラ子氏が女だと思い込んでいた時に感じていたのとそのまま同じなのだ。 相手は男、なのに。 自分の中の気持ちを探るように桂をじっと見つめていると、ふいに視線を上げた彼と目が合った。 途端に早鐘を打ち出す鼓動。 (こ、これはもしかして・・・・・!) 恋、というやつなんだろうか。 いいや、ナイ。 ナイナイナイナイ断じてナイ。 自分が好きなのはトモエちゃんを始め、二次元のヒロイン達である。 もっと目が大きくて、胸が大きくて、小柄で、華奢で、かわいくて、平面で。立体的な女性なんてなんだか気持ち悪い。 ましてや男だなんて。 頭を抱えてうんうん唸り出したトッシーに、さすがに見かねた桂は声をかけた。 「トッシー」 「はっはい!! なんでござるか!?」 「・・・・・・蕎麦が伸びるぞ」 「おわ! い、いただくでござる」 慌てた様子でどんぶりを持ち上げ、ピタリと動きを止めた。 「?」 「・・・・・あの、すまないでござるが・・・・・」 「何だ」 「マヨネーズ、頂けないだろうか・・・・・」 「マヨネーズ?」 何に使うのかと首を傾げながら桂はエリーに声をかけると、間もなくマヨネーズが運ばれてきた。 手渡されたそれを、トッシーは何の躊躇もなく蕎麦の上に絞り出す。 ニュルニュルというなんとも言えない効果音とともに蕎麦が黄色く染まっていくのを目の当たりにして、桂は思わず口元を押さえた。 「た・・・」 「え?」 トッシーが異変に気づいたのは、マヨネーズをまるまる一本どんぶりの中に絞り終えた時だった。 「食べ物を粗末にするのではないィィィィ!!」 「ぐごふッ!?」 ピンポイントで投げ放たれた割りばしを眉間にくらってトッシーは仰け反る。 すっくと立ち上がった桂はびしィっとトッシーに指を突き付けて、鬼の形相で説教を垂れた。 「呆けているのも大概にしろ! この一杯のかけ蕎麦を作るのに、どれだけの労力を要するか・・・・わかっているのか馬鹿者が!!  種を蒔き、育て、刈り入れ、粉にひき・・・・そうした人々の苦労に思いを馳せつつ、敬虔な気持ちで食すべき食物を台無しにしおって!!」 「へ? あの、ヅラ子氏?」 「お百姓さんに謝れ!!」 「・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・・」 桂に気圧されて、トッシーはとりあえず謝罪の言葉を口にした。 それで桂も満足したのか、何事もなかったかのように席について食事の続きを始めた。 「貴様」 「はいッ!!」 「ソレは責任もって処分するように」 「? ・・・・・はい」 いまいち何故桂が怒っているのかピンとこないながらも、トッシーは黄色くなったどんぶりに手を伸ばした。 相変わらず気持ちに整理はつかないまま。 ぼんやりと蕎麦をすすりながらふと、何の気なしに見た壁にカレンダーが下がっていた。 予定のひとつも書かれていないカレンダー。そう言えば今日は何日だったかと、思いめぐらせて―― 静かにトッシーは席を立った。 「・・・・・忘れてたッ!!」 「おいトッシー!?」 桂の静止も耳に入らない様子で、トッシーはもの凄い勢いで部屋を飛び出して行った。 彼の頭を占めるものはただ一つ。 「限定フィギュアァァァァァァァァァァ!!!!!」  そう、今日は、数量限定フィギュア発売日だった―― ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 男だとバレた3話目。犬の餌に昇華したら怒りますよね、きっと。       ・NEXT・    ・BACK・