狭い路地からひょいと顔だけ出して、辺りの人の気配を窺う。 後ろに控えた土方(仮)は、何の気なしに真剣そうな桂を目で追う。 目深にかぶった笠の下、のぞく細い顎から首筋にかけてのライン。たおやかな黒い髪。 どこから見ても女性にしか見えない。 [責任持って面倒見ます] 土方(仮)が匂い立つようなその横顔をぽーっと見つめていると、振り返った桂は鋭い眼と口調で行くぞ、短く告げた。 さっさと桂が行ってしまうのに慌て、ヒラリと舞う着物の裾を追いかけるように路地からまろび出ると、 ちょいと上げた笠の淵から呆れた表情を覗かせて、彼は待ってくれていた。 「・・・・ぼさっとするな。置いて行くぞ」 「すみません・・・」 「・・・・いい。 もう宿も近い。 さっさと歩け」 「ハイ」 その従順な様子に、調子が狂うな、と桂は頭を抱えた。 外見は土方十四郎そっくりなのに、中身はなんというか・・・ヘタレでどうしようもなくて、妙に大人しい。 獰猛さのみじんも感じられない鬼の副長。 想像すらしがたかった奇跡の姿がここに。 数分もしないうちに潜伏先の宿屋にたどり着いた。 やはり用心深く辺りを窺ってから、そろそろと戸口へ近づく桂。 土方(仮)もそれにならう。 ガラガラと宿の戸を開けながら、ふと気付いて桂は土方(仮)を振り返った。 「そういえばお前、名前は」 「へ? あぁ、そういえば自己紹介がまだだったでござるな」 言って土方(仮)は懐に手をやり、ごそごそと取り出したのは黒革の手帳。 「元真撰組副長、土方十四郎でござる。 ところでお姉さんとは今日初めて会った気がしないんだが、もしかして僕たちどこかで会ったことが・・・? あっ! さては前世で僕専属のお世話係だったとかで、江戸の平和を守るために勇者の魂をもった僕を探してたとか!? それとも・・・・ってアレお姉さーん」 土方(仮/返上)が妄想に耽る傍ら、思わず土間につっぷしていた桂はよろよろと身を起こし、 「ふっ・・・ふふふ。 なかなか面白い冗談だな」 「あばばば頭から血が出てるでござるよ!?」 「認めん・・・俺は認めんぞ。 こんな腑抜けに今まで散々苦しめられてきたなどと・・・・」 額からだらだらと血を流しながらも平然として、何事かぶつぶつと呟く桂。 むしろわたわたと慌てるのは土方で、リュックをかき回してティツシュを探す。 と、その拍子に小さな紙切れが零れ落ちた。 「・・・・・・7番、トッシー様・・・・・?」 「あ、それは・・・・・せっかくだから記念にと思って」 テレビに出演した時の席に置いてあった札でござる、と、ちょっと得意そうに土方は笑った。 桂はがしっとその襟首を引っ掴み、 「名札か!?」 「・・・っそうです、けど・・・・・っ?」 「よーしそうかトッシーかトッシーだな。 覚えたぞトッシー!」 「おおおお姉さん目が怖いです・・・・・」 土方改めトッシーを開放し、取り乱して悪かったと侘びを入れた。 そして、さっき見たモノは悪い夢とでも思って忘れてしまおうと心に誓う。 自分を何度も追い詰め、同士たちを多数捕縛してきた辣腕。 そのイメージは、自分の精神の健康に鑑みても、ぜひそのまま汚さずにおきたい。 草履を脱ぎ、笠を外し・・・と、そうこうしているうちに奥からエリザベスが出てきた。 手に持つプラカードには、『桂さん遅かったですね』の文字。 それは素早く翻り、今度は『ん? そっちの人は・・・まさか・・・・・・・』の文字が踊る。 桂は目つきを険しくするエリザベスを制して、 「心配ない。 こちらはトッシーだ。 しばらく預かることになった」 トッシーは心もとなそうにエリザベスと桂の顔を見比べる。 桂の言葉に、エリザベスはしばしの間の後プラカードを上げた。 『・・・・そうですか』 『桂さんは人がいいですからね』 『でも、気をつけて下さいよ』 ひょいひょいと上げられるそれらを目で追って、桂は重々しくうなづいた。 最後にギロリとトッシーを人睨みして、エリザベスは廊下の奥へと消えていった。 トッシーは震えあがり、 「ギザクオリティ高スなコスプレだけど・・・・おっかない人でござるな!?」 「そうか? エリーは優しいぞ。 今もこうして帰りの遅くなった私を心配して・・・」 「桂さん! お戻りになったんですね!」 今度は階段の上から声が掛かる。 桂の帰還を知ったのか、とたんにがやがやと賑やかになる上階に、桂はやれやれとため息をついた。 「騒がしくてすまない。今日は会合の日でな・・・お前の部屋はエリーに案内させる。 先に休んでいろ」 「え゛ッ・・・・・」 「ではな」 そのまま階段を登ろうとした桂の着物の裾を、トッシーはすんでの所で掴んで押しとどめた。 「・・・・なんだ」 「いやあのその・・・名前」 「は?」 「お姉さんの名前を、伺ってないでござる」 「あぁ・・・・・・・」 一瞬逡巡してから、 「ヅラ子だ」 「ヅラ子氏・・・」 「ヅラ子じゃない、桂だ」 「えっ・・・・桂ヅラ子氏?」 「・・・・・まぁ、そんなようなものだ」 もういいか? と問われて我に返り、慌てて着物から手を離す。 そのまま桂が上階へ消えるのを、トッシーは胸の前で腕を組んでうっとりと見つめていた。 「あぁ・・・綺麗で、強くて、不思議なマスコット的モンスターと友達で・・・・・・・・・・ ・・・そんな女性が3次元にもいたんでござるな・・・・・・ん?」 肩を叩かれた気がして振り向くと、ぬぅっと身を乗り出したエリザベスの顔がそこにあって、トッシーは物凄いスピードであとじさった。 「ヒィィィィィィ!?」 『おい』 エリザベスは静かにプラカードを掲げた。 能面のような顔がそこはかとなく恐怖をかき立てる。 『どうやって桂さんに取りいったか知らねェが・・・ナメたマネしたらただじゃおかんぞ』 「はわわわ・・・・・・・」 『聞いてんのか?』 「はっはい!! エリー氏!」 『エリー先輩だ馬鹿野郎!』 「すいませんエリー先輩!!」 『わかればいいんだよわかれば。 オラ来い。 案内してやる』 くい、と顎(?)をしゃくるエリザベスに促されて、トッシーは及び腰ながらもその後について歩き出した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まんまと同棲・2話目。 エリーを破らないと桂さんには近づけないよトッシー。
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