「あのー。 ちょっといいだろうか」 かまっ娘倶楽部へバイトに出る道すがら。 声に振り向いて、桂はそこにあった顔に絶句した。 いつもの隊服ではないが、流石に何度も煮え湯を飲まされてきた宿敵の顔。身忘れるはずもない。 土方十四郎。 今の自分は用心のためバイトの時の服装そのまま、いわば変装しているも同じ。 気付かれるはずはないと思いながらも、背中に冷たい汗が伝う。 編み笠を被り直し、思わず生唾を飲み込んだ桂に、彼は真面目な面持ちで口を開いた。 「もしかしてそれ、るろうに○心の恵殿のコスプレでござるか? かなり完成度高いスねー。  あ、写真撮らせてもらってもいいですか」 ハァハァいいつつカメラを向けられて、桂は別の意味で言葉を失った。 […拾っちゃった] パシャパシャとフラッシュのたかれる音で我に返る。驚きのあまり意識が遠のきかけていた。 とりあえず平静を装いつつやんわりとカメラを押しのけ、桂は営業用のスマイルを浮かべた。 おそらくそっくりさんか何かなんだろう。鬼の副長に隠れた一面があるにせよ、さすがにこれはナイ。 別人だと分かればどうとでもあしらいようはある。 「済まないが――俺、いや私はこれから仕事があるのだ」 「仕事? イベントか何かでござるか?」 「イベ・・・? いや、店に出るだけだが」 「店!!  さてはコスプレ喫茶!!」 「いや、そういう場所とは違・・・・わなくもない、か?」 男の女装はコスプレにあたるのか。いまいち線引きのわからない桂だった。 曖昧な返答に、土方(仮)はますます興奮して、 「おお、ぜひ僕もご一緒したい!!」 「・・・・・まぁ、別に構わないが」 「トモエちゃんとかいますかね!?」 「トモエ・・・・・聞かん名だが、私が知らないだけかもしれん」 「まじスか!! やべっ萌えてきた・・・・・。  いやー、僕今まで3次元ってだけでコスプレ否定派だったんですけどー、お姉さん見てキタコレっていうか新しい世界が開けそうでござる」 「・・・・・・・よかったな」 何故普通に会話してるだけでこんなに疲れるんだろう。 言い知れぬ疲労感を抱えつつ、桂は土方(仮)を従えてかまっ娘倶楽部へ向かうこととなった。 仕事が終わり店を出ると、裏口の戸の脇に土方(仮)が体育座りで小さくなっていた。 お立ち台からチラリと見えた限りでは随分沈んだ顔をしていたので、期待はずれだったのだろうことぐらいは推察できたが、 そのせいか彼は随分早くに席を立っていたはずだった。 まさか待たれているとは思わなくて面食らう。抗議でもされるのかと思ったが、小さく縮こまる背中からはそんな激しさは感じられない。 思わず手を伸ばし、軽く肩をたたくと、弾かれたように土方(仮)は顔をあげた。 「何をやっているんだ、お前」 「お姉さん・・・・・・・・」 「随分前に出てったろう」 「・・・・・・・やっぱ僕、3次元は受け付けないみたいでござる。とりあえず、女装は無理」 はぁぁ、と大きくため息をつかれても、何と声をかけていいのかわからない。 わからなくて、大の男にかけるにはいささか不似合いな台詞が零れ落ちた。 「もう夜も遅い。早く帰った方がいいぞ」 「それが・・・・・帰る場所、ないんスよね・・・・・・」 「なに?」 「いやあの僕、仕事クビになっちゃってー。  今まで仕事場の寮みたいなとこに住んでたもんで、流石に居づらいっていうか追い出されるのも時間の問題っていうかで」 「それはまた・・・・・難儀な」 「いやいやいいんスよ。 厳しい規約に縛られて好きなこともできないよりはマシでござるから。  萌え補給できなくなったら死ぬからね。マジで」 真顔で言われて言葉につまる。 土方(仮)はヘラリと笑って、 「そういうお姉さんこそ早く帰らないと危ないでござるよ」 「お前はどうするんだ」 「しばらくしたら近くの漫喫か何かに入って夜を明かすから心配ないでござる」 「そ・・・」 「お姉ちゃんたちこんなところで密会かィ?」 そうか、と桂が答えかけた所に、下卑た声が割って入った。 飲んだ帰りなのか、赤ら顔で酒臭い息を吐きながら、禿げ親父たちが近付いてくる。 強く腕を掴まれ、顔を近づけられて、漂ってくる臭気に桂は思わず顔を背けた。 「エラい別嬪さんじゃあねぇか。 オイねェチャン、んな男ほっといて俺たちに付き合えよ」 「断る・・・」 「あァ?」 「断ると言っているんだ。 その手を放せ、下衆が!」 思いきり腕を振り払うと、男たちは赤ら顔をさらに赤く染めた。 今にも襲い掛かってきそうな様子に、面倒だなと思った。 一瞬引くことを考えたが、背後でがたがたと震えている土方(仮)を放っていくわけにもいかない。 大きな騒ぎになる前に、さっさと片してとんずらしよう――思いながら腰の剣に手を伸ばそうとした。 その時。 「やっやめないか君たち!! 女性に向かって複数だなんて、卑怯じゃないかっ!!」 「ギャハハハ!! 女の背に隠れて震えてるやつがよく言うぜ!」 後ろから震える声で叫んだ土方(仮)には申し訳ないが、馬鹿にして笑い転げる男たちは正しい。 というか、自分もそう思う。 呆れながらも、少しは頑張りを認めてやらねばな、思いながら地を蹴った。 「すすすす凄いっスお姉さん! あなたなら美少女剣士トモエ5000をやれますよ!!」 3人の男たちをあっさり斬りふせた桂に、土方(仮)はやんやの喝采を贈った。 先ほどまで縮こまっていた奴が、まったく・・・・と、桂は深くため息をついた。そうして、思いつきを告げる。 「お前、うちに来ないか」 「へ?」 「長い間は泊めてやれんが、2、3日ならお前ひとりくらいどうということもない。  ・・・・・ここでお前を見捨てると、夢見が悪そうな気がするしな」 「いっいい、いいんですか!?」 「ああ」 「ああああああああありがとうございます!!! 正直財布の中身が苦しくて野宿も考えてたとこで・・・」 涙を流さんばかりの土方(仮)に、桂はなんだかむず痒い気分になって、さっさと行くぞ、と背を向けた。 「あ、ちなみにTVKとかチバテレビとか入りますかね。 らき★すたはどうしても外せないんでござるが」 桂はすでに、一瞬前の自分の言葉を撤回したい気持ちでいっぱいだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ついに始めてしまった1話目。       ・NEXT・    ・BACK・