「――――ッ」 目を開ければ、容赦なく目を刺す光。ゆぅるりとまどろみを楽しむ間もなく、覚醒を促される。 目を瞬かせながら、ちくしょう、腹立ちまぎれに呟こうとして、土方はハッと我に返った。 「今何時だっ」 こんなに明るいということは、もう随分日も高い時分ということか。自分としたことが、いくら寝つきが悪かったとはいえ。 焦りながらともかくも布団を片し、箪笥を開けて着替えを―― 半ば無意識のうちにいつも通り身支度を整えながら、土方はもう一つの異変に気づいた。 部屋に、誰もいないのだ。自分以外。 昨晩は確かに、トッシーと布団を並べて寝たはずなのに。 スカーフをつける手もそのままに、まずは鏡に映る背後を確認した。何もない。続いてゆっくりと振り返る。誰もいない。 部屋を一通り見渡してみる。やっぱり誰も、いない。 「・・・・・・・」 静かに押入れの戸を開けてみた。先ほど慌ててつっこんだからか、お世辞にも整っているとは言えない状態で押し込められた布団があるだけだ。 床の間に飾ってある壺の中をのぞいてみる。掛け軸をめくってみる。 いない、どこにもいない。 いないことを一通り確認して、土方は部屋を後にした。しかし向かう先は近藤の所ではない。 屯所中確認するまでは落ち着いて仕事なんてできそうになかった。 寝過ごしたことはもう、すっかり頭から吹き飛んでいた。 「・・・おや土方さん、そんなとこに頭つっこんで、何か探しものですかィ」 何部屋目かの箪笥をチェックしている時だった。 背後からかかった声に顔を上げれば、廊下から沖田がひょっこりと顔をのぞかせていた。 問われて、土方は言い淀む。自分自身半信半疑のまま、それを、口にする。 「トッシーが消えた」 「へぇ、そりゃあ・・・」 おめでとうございやす、言って沖田は笑った。 珍しく、他意のなさそうな笑みだった。 土方は自分のセリフを反芻する。言葉にしたことで、ようやく実感が持てた気がした。 トッシーが消えた。どこへ?知らねえ。とにかく、戻った、のか。一人に。 「それなら早く近藤さんのとこへ行ってやったらどうですかィ。あの人、アンタのことで随分気を揉んでたみたいですぜ」 「・・・あぁ、そうする」 土方は短く息を吐いて、箪笥の引出しを戻した。 ありがとよ、声をかける前に、沖田はニタァと口の端を嫌な感じに吊り上げて、 「それと今日の掃除当番全部お前な遅刻土方」 「・・・・・・・・」 感謝の気持ちなんて一瞬で吹き飛んでしまった。 「罰則逃れようったってそうはいきやせんぜィ」 「・・・わーったよ」 「じゃあ俺ァ仕事に戻りますんで」 「さぼんなよ」 「へいへい。・・・あ、そういや」 立ち去ろうとした沖田がふと足を止めた。何かと思えば振り返るなり、土方の鼻先に懐から取り出したフィギュアを押し付ける。 「これ、落ちてやしたよ」 「ト、トモエたんんんんんん」 「アララ。まだそっちの体質の方は治ってないようですねィ」 あっけらかんと沖田が言う声に、我に返る土方。何とも言えない気持ちで渡されたフィギュアを握りしめる。 「まーまー。そう気を落とさなくても。とりあえず分裂は治まったじゃねェですかィ」 「・・・あー、まぁな」 「気を取り直してきりきり雑用に励めよトッシー」 「お前やっぱ一発殴らせろ」 「嫌でさァ」 沖田を掴もうとした手はひらりとかわされて虚空を切る。そのまま沖田はお大事にィとかなんとかいいながら、そそくさとその場を後にした。 土方はとりあえずフィギュアを手に持ったままというのもあれなので懐に押し込み、なんだか朝から疲れた気分でぐったりと肩を落とした。 「・・・・・・・捜査とやらはどうすっかな・・・」 そういえば桂のことをすっかり忘れていた。 今日も捜査を続けると意気込んでいたはずだ。もしかしたらそのうちひょっこり屯所に現れるかもしれない。 分裂の件が解決し、普段通り勤務に戻った今、桂がのうのうと乗り込んで来たなら一網打尽にしてしまえばいい、それだけなのだが、 どうにも気分が乗らなかった。 調子が戻らない。何か漠然としたものを胸に抱えながら、とりあえずと土方は携帯電話を手にする。 万事屋の事務所にかければ、巡り巡って奴に連絡がつくだろう。 電話機の向こうで呼び鈴が響く。早く取れよ、念じながら部屋を出る。 風の冷たさに身をすくめた。煽られて舞う木の葉のさざめきがいつもより耳について、いやに落ち着かない気分にさせられた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どうもお疲れ様でしたお付き合いありがとうございました!! トッシー桂第二部完結です。トッシーとか土方とか桂さんとか銀さんとか、引っかき回すのが目的だったこの話、 うまくかき混ぜられたような、そうでもないような・・・。 お話は第三部に続いたりします。彼らの行く末を気長に見守って頂ければ幸いです。 おまけ(沖土注意)へ飛ばれる方はコチラ       ・BACK・