どこかでカラスが鳴いている、夕暮れ。 合流場所と決めていたとある巨木の前でお互いぐったりと顔を合わせた時、銀時と土方は悟っていた。 ああ、やっぱり向こうも無駄骨だったかと。 さて戦況報告という段になり、案の定桂は浮かない顔で、 「すまないトッシー・・・芳しい情報は見つけてこれなんだ」 トッシーも首を振り、 「僕の方も手掛かりはなしでござる。はぁ・・・」 「今日はもう日も暮れる。また明日だな」 「ちょっと待て明日もまたこんなアホなことやんのか!?」 桂の言を聞き咎めて、土方。 桂は腕を組み、冷たい視線を土方へ送る。 「当然だろう。事件はまだ解決しておらん」 「事件ってほどのもんでもねーだろ」 「そうだな、明日はまた現場に戻ってみるか・・・・」 「だから人の話を聞けよ、テメーはよ」 「土方氏・・・事件は会議室で起こってるんじゃあない、現場で起こっ」 「テメーはそれ言いたいだけだろうがァァァ話をややこしくすんじゃねェェェェェ!!!!!」 「ひ、ひぃっ!! 暴力反対!!」 「あーじゃあ俺、お先帰らせてもらいますわー」 3人がばたばたとやっているうちに、一人その場を離れようとした銀時の着物の襟を、むんずと掴む手があった。 首が締まって変な音がもれる。 「ぐぇ」 「万事屋・・・テメェ一人で逃げるつもりかコラ」 「逃げるなんてそんな人聞きの悪い。仕事終わったから帰るだけでしょうが。あっ今日の分の仕事賃振込よろしくゥ」 悪びれもせず言い放って、ひょいと片手をあげた。ウインクひとつ。と同時に、土方の堪忍袋の緒が音を立てて切れ飛んだ。 銀時の胸倉を引っ掴んで怒鳴りつける。 「だ・れ・が払うかァァ!! ったくテメーといい桂といい無駄に首突っ込んできやがって!」 「話持ち込んだのはテメーでしょうがよ。いーから払えよ」 「ハン、やなこった!」 「おまわりさんがそんな横暴でいいんですかー」 「うっせぇよ、俺はひとっことも戻してほしいなんざ頼んだ覚えはねーからな!」 言い放って背を向けた。そのまま土方はその場を後にする。 苛々と歩く背中を、あっ土方氏待って僕も帰るでござる!というトッシーの声と、金払えよーという性懲りもない銀時の声が追いかけて来たが、 聞こえないふりをした。忙しない足音と共にトッシーが近づいてくる。 ふと目をやれば、西の空が赤く染まっている。叫びだしたくなるような夕焼け。 明日もこの分なら晴れるだろう、よかった、そこまで考えて、結局のところこの茶番に付き合うつもりでいる自分に気がつく。 ああ、自分のこの性格が憎らしい。 「ったく散々な一日だった・・・」 誰にともなくしみじみと呟く。と、 「・・・土方氏」 思わぬところから声がかかった。そちらへ視線をやってみれば、いつの間にかトッシーが斜め後ろのあたりまで追い付いて来ていた。 ちゃっかり、先ほど外したはずのサングラスをまたかけている。 そんなに陽光が眩しいだろうかと怪訝に思ったが、考えてみれば同じ顔が二つ、すれ違う人々の好奇の視線に耐えかねてだろうか。 「君はひょっとして一人に戻りたくないんじゃないのかい?」 ぽつり、とトッシーがこぼす。 「あー・・・もうどうでもよくなってきちゃあいるがな」 土方は適当に相槌を打った。 一人に”戻りたくない”というほどの強い気持ちはない。 この時土方は、少なくともトッシーは、元に戻りたいんだろうと思っていた。 「だって、この方が都合がいいじゃないか」 「・・・あ? 何言って」 「また一人に戻ってしまったら、土方氏は僕がヅラ子氏に会いに行くのを快く思わないだろう?  ヅラ子氏は君の敵だ」 胸がざわり、と波立つ。 なぜだろう。桂に会いに行くのがどうとか、そんなことは、街中で急にヲタクに話しかけられていたり、フィギュアを懐に忍ばせたまま出陣していたり、 そんなことに比べたら、取るに足らないことのように思えた。 土方は立ち止った。トッシーも足を止める。 目を凝らしてみたが、サングラスのせいで表情がわからない。 「――俺は」 胸中に先程のもやもやが去来する。 「テメェがテメェの意思で動いてンのがそもそも、気に食わねェ」 苛立ちにまかせて吐き捨てる。 「認めたかァねーが、お前は俺の一部分だ。お前が、自分だと思ってるその体も、心も、俺のもんなんだよ。分裂しようなんておこがましい。  さっさと俺ン中に戻りやがれ」 踏みしめた足の下で、ざり、と砂粒が音を立てた。 トッシーは、おもむろにサングラスに手をかけた。 「じゃあ、君は」 遮光レンズの外れた向こうには、自分と同じ瞳。いつになく真剣な瞳。 鏡を見ているかのような、錯覚。 「土方氏はヅラ子氏のこと、好きかい?」 「な――・・・」 「僕は、好きだよ」 彼を好きなこの気持ちも、僕のものではなくて、君のものだというのかい?―― 土方とトッシーを見送って、さて帰るかねと銀時は足を踏み出そうとした 「銀時」 ところを桂に呼び止められた。間髪入れずに銀時は答える。 「明日は俺ァ付き合えねーからな」 「・・・わざわざそんな念押しをせんでも」 「ンなくだらねーことのために二日も潰せるかよ」 ケッと毒づく銀時に、しかし桂は気を悪くした風もなく、 「奴らは元に戻るんだろうか」 ただ、ぼそり、呟いた。 カラスの鳴く声がむなしく響く。 銀時はぼりぼり頭を掻いて、 「お前、やけにこだわるね」 「そう・・・だろうか、芋侍にも言われたのだ」 そんなに俺はおかしかったか? 問われて銀時は何とも言えない顔をして、ちらっと桂の顔を見、 「敵に塩を送るとか、そーいうの? 柄じゃないんじゃね?」 「いや・・・・・」 ふいと視線をそらしながら、否定の言葉。 「いや、そう、そうだな」 かと思えば肯定。 桂のはっきりしない物言いに銀時は首をかしげて、 「なんだよ」 「トッシーの力になってやりたいだけだったのだが・・・正直よくわからんのだ。  ・・・俺が。やつらがバラけているのは困る、のかもしれん」 桂の目が、珍しく揺らいでいる風な瞳が、銀時のそれとぶつかる。 数秒の間をおいて、 「・・・あっそ」 銀時の反応に桂は心の底からげんなりしたようだった。 「お前、自分から聞いておいて・・・」 「あー俺にはやっぱりヅラ語は理解できなかったわ」 「ヅラじゃない桂だ」 それきり、会話は途切れた。二人並んで、しかし何を話すでもなく黙々と歩を進め、しばらくたったところでおもむろに桂が立ち止った。 じゃあな銀時、また明日に。だから行かないってば、思いながら目をやれば、桂の背後にはいつの間に現れたのか、白くて大きな影があった。 銀時は桂と別れて一人きり、暗くなりゆく街を行く。 そういえば、アイツのあんな顔を見たのはいつぶりのことだろう。 いつもは一人のはずの部屋に、他人の寝息が響いているのは不思議な気分だった。 のうのうと横で高いびきをかいているのは、自分の半身のはずの男で。 自分の半身のはずなのに、わからない。自分を混乱させるばかりの男で。 先ほどのあのセリフが、まだ頭の中でこだましている。 僕が君の一部だって言うんなら、この気持ちも――・・・・・・ 違う。 違うと言いたい。 言いたいのに―― 思考はめぐるばかりで、答えに行き着く気配はない。いつの間にか土方は、体の訴える疲労感に促されるまま、深い眠りの中に落ちていった。 傍らで、カタリ、と刀がかすかに音を立てた。       ・BACK・     ・NEXT・