土方はため息をついた。今日はもう幾度となく繰り返してきたことだが、気づけば勝手に出ているのだから仕方ない。 煙草を吸おうとして懐に手を入れ、店先だと思い直してやめる。心なしか店員の目が痛いのは、気のせいではないだろう。 最近は禁煙だの分煙だのとうるさくてかなわない。 土方はちらりと、目の前にある桂の背に目をやった。 ローラー作戦といっても、なんということもない。 「ここ一週間ほどで立ち寄った場所を巡ってみよう」 というものだった。挙句アイツは、 「二手にわかれた方がいいだろう。せーのっ、ぐっとっぱーで分かれましょっ」 とか言いだして、俺や他の連中も思わず手を出してしまって、 「・・・非常に不本意だが仕方がない、行くぞ、芋」 なんでか俺は捕まえなきゃならないはずの指名手配犯と、こうして街中駆け回っている。当てなんてない。 これこれこの曜日、この時間にはどこにいた、問われて、そういえばどこそこの店に行ったかもな、と答える。その店に向かう。 いや、向かう桂に付き合う。それをもう何度、繰り返しただろうか。 不毛だ、と思う。意味がない。俺はどうしてこんなことをしている?どこで間違えた。 朝起きて、隣にトッシーを見つけて。近藤さんに相談しに行って、沖田に見つかって、口車に乗せられて万事屋を頼って。 万事屋の野郎は乗り気じゃあなかった。あそこで終わるはずだったんだ。あのまま屯所に帰って、それなりに折り合いつけて、 いつかひとつに戻るならそれでよし、分かれたまんまならそれはそれで、俺たちは別々に、生きて。それで何が悪い。あいつが言い出さなければ。 手を貸そう。手がかりはあるのか。本来一つのものが二つになっているんだ、何か悪い影響がないとも限らん。 桂。 「この男が以前この店を訪れた時、何か変わったことはなかったか?」 今も目の前で、店の親父に聞き込みとやらをしている。もちろん、何か実のある答えが返ってくるはずもない。 店を出る桂に続いて暖簾をくぐって、俺は、無性に腹立たしくなって言った。 「人助けのつもりだかなんだか知らねェが、迷惑なんだよ」 「何だ、急に」 桂は足を止めない。振り返ろうともしない。 苛立ちに任せるまま、桂の肩を掴んで強引に止めた。 「・・・何が狙いだ。俺に恩を売っておこうってか? ハ、なら生憎・・・・」 「阿呆めが、なぜそんなことを俺がせねばならんのだ」 肩に置かれた土方の手を引きはがして、桂はフンと鼻を鳴らす。 「何度も言っているだろう、トッシーのために手を貸すと。お前のことなんぞ知らん」 「・・・・・・ああ、そうかよ・・・・っ」 どん、と道行く人と肩がぶつかって、相手は何か言いかけ――土方の顔を見ると、怯んだようにそそくさとその場を後にした。 土方は舌打ちをもらす。 「お優しいこった。そんなにあのヘタれヲタクが大事か?」 「そんな言い方をするな」 「事実だろうが」 「仮にもお前の半身だろう」 「・・・知るかよ」 理解不能だ。 なんなんだコイツは。 なんなんだ俺は? 何をこんなに苛ついているのか。 「・・・・トッシーのためにしても、よ」 思い当たる節はいくつかある。 俺は、俺たちは、自分たちの問題に云われなき介入を受けて、だからこんなにも、苛立たしい。 助けなんて必要ない、迷惑でしかないんだと、なんでコイツは気付かない。 「お前、なんでそんなに必死になるんだよ」 あるいは、単に職責を全うできないもどかしさ? あるいは、不自然なほどの桂の必死さ。 「お前にとっちゃあむしろ好都合だろうが」 ・・・必死さ? トッシーのためにと必死になる桂に、何で苛立ちなんか覚えなくちゃならない? これじゃあまるで――・・・ 今の俺は土方なのに。俺の中にトッシーはいないのに。 「俺とアイツは、別々の方が」 桂を好いているのはアイツだ。 俺じゃない。 俺じゃあ、ない。 桂は無表情に、少しの考えるそぶりも見せずあっさりと、言い放つ。 「お前たちが一緒でなくては困るのだ。別々では困る」 「ンで・・・」 「トッシーという愛らしさを失ったお前はただのチンピラだからな」 「答えになってねーよ!」 それではちっとも説明になっていない。納得のしようがない。 いい加減疲れてしまった土方は考えることをやめた。胸の中のもやもやにも、見ないふりをする。もう何でもいい。 何に苛立っていようと、手がかりが見つかろうと見つかるまいと、元に戻れようと戻れまいと。 自暴自棄な気分で土方は、桂に問われるまま次の目的地を告げた。 「・・・んー、ここもはずれかー」 「・・・・・・・・」 「こんだけ回って何も収穫ねェんだ、当たりは向こうかもなァ」 「・・・・・坂田氏」 向かいに座るトッシーに半眼で見つめられて、銀時は口へ運ぼうとしたスプーンを途中で止めた。 「ん? 何? だからお前も食いたかったら頼めっつったろーが。 やらねーよこれ俺んだから」 「・・・・そっちこそ何でござるか、めっさ仕事した―みたいな冒頭の呟きは! 君はずっとここで休んでただけだろ!」 「馬鹿だねーお前。そういうこと言わなきゃ読んでる側は、あっ銀さんも頑張ってるのねーってなるんだよ。 どうせわかりゃあしねーよ、文字だけだし」 「そういう問題じゃないだろ!」 「ったく、面倒くせーなァ」 銀時は食べかけのパフェもそのままに、スプーンを放り出した。 ここは、先ほど二手に分かれた地点からそう遠くないファミレスの中。 いざ聞き込みと張り切ってスタートしたのも束の間、心当たりがあるという銀時に付いて行ってみればこのザマだ。 トッシーは自分ひとりだけでもと何度か席を立とうとしたのだが、その度にいやいやちょっと休憩してるだけだから、とか、 糖分チャージしねーと動けない体なんだわ俺、とか、食い終わったら今度こそ思い当たる節に連れてく、とか言われて、踏みとどまってきた。 けれどよく考えてみれば桂が立てたのは「土方(及びトッシー)がここ最近訪れた場所を巡って聞き込みローラー作戦」であり、銀時の心当たり とやらにすがってもしょうがない。第一、先ほどのセリフでわかった。彼は真面目に聞き込みをする気なんて毛頭ない。 おそらくトッシーを待たせていたのは、お代をもたせるためか何かだろう。 ようやくそこまで考え至って、トッシーは静かに席を立つ。 「もう付き合いきれないでござる。僕は先に失礼するよ」 「・・・わかった、そこまで言うなら仕方がねェ。お代は済ませて行けよ」 「・・・・・どんな大人になりたくないと言って、坂田氏みたいな大人にだけは絶対なりたくないでござるな」 「うっせぇなァ。今日一日、十分協力してやっただろうが。ビジネスだよビ・ジ・ネ・ス。わかる? うちは慈善事業じゃねーの。どっかのテロリストとは違うんだよ」 「テロリストでも、ヅラ子氏の方が百倍人間出来てるでござる・・・」 しぶしぶ伝票を手に取ったトッシーに、銀時は再びスプーンに手を伸ばしながら、 「第一よォ、お前、ほんとーに一人に戻りたいと思ってんの」 「思っているよ」 トッシーは即答する。即答してから、自分自身に確かめるかのように、もう一度。 「思ってる・・・・けど」 「なんだよ」 銀時は一口、パフェを口に放る。 トッシーはうつむいて、少し言い淀んでから、ぽつりぽつりと話しだした。 「・・・・・・僕、思うんだ。僕らが分裂したのは、何か外部の力が作用してってわけじゃあなくて、僕らが」 僕らがあんまりばらばらだからじゃないかって。 銀時は聞いているのかいないのか、黙々とスプーンを口へ運んでいる。 ただ、それで? と一言、先を促した。 「土方氏や坂田氏やヅラ子氏がどう思ってるかは知らないけど、僕は正真正銘土方十四郎なんだ。刀の精だとか、そんなんじゃないんだ。 僕と土方氏はあまりにも違うけど、ひとりなんだ。ひとつなんだ。二重人格とか、どっちが体の持ち主かとか、そういう、そういうんじゃないんだ・・・。 そう、頭では、わかってる。でも僕は、」 認め、られない。 「・・・・土方氏が自分の一部だなんて」 僕が土方氏の一部だなんて。 「それはきっと土方氏も同じだろう。だから正直僕は、このままでも構わないと思っても、・・・・・いる」 苦いものを吐き出すように、トッシーは言葉を絞り出す。 ぎゅうと握りしめた両の拳の中で、紙の伝票がくしゃりと音を立てた。 「だって・・・・だってそうだろう。君にわかるかい? 消えろ、と、自分自身に言われる痛みが。心の隅に追いやられる悲しみが、寂しさが。 そのまま、ひっそりと消えてゆく末路しかない、この、気持ちが。 僕は生きたい。僕の体だ。消えるなんていやだ。やりたいことがある。逢いたい人がいる。でも・・・・・ ・・・・・でも僕が外へ出ることを、土方氏はよしとしない・・・・」 トッシーは伝票を持っていない方の手を、胸に当て、 「そんな風にひとつの体の中でせめぎ合う心が、もう一人の自分を作り出してしまったのかも・・・しれない。 ・・・・・だから、このまま、探し回ってて何か見つかるのかなって・・・思」 「じゃあなんでそれをヅラに言わねーんだよ」 黙って聞いていた銀時がようやく口を開いた。 いつの間にかパフェグラスは空になっている。 「戻りたいのも本当なんだ。手がかりも、もしかしたら見つかるかもしれない」 トッシーは胸にあてていた手を外し、掌に視線を落として、 「だって、今は一応ちゃんと体があるし何も起こってないけど、もしかしたら僕は、僕と土方氏のもともとの体から弾き出された思念体とか、 そういうものかも知れないじゃないか。いつか消えてしまわない保証がどこにあるんだい? 何度も言うようだけど、僕は消えたくないんだ。それに・・・」 目を閉じる。眼裏に浮かぶのは、先ほどのやり取りの折の桂の瞳。 「ヅラ子氏が、あんなにも必死になってくれてる。僕はそれに応えたい」 「何言ってんだ、アイツはテメーのために必死になってんだろ」 「・・・・・・」 「どういうつもりかしらねーが、迷惑なら迷惑って言ってやれ。アイツはバカだから、言ってもわかんねーかもしれねーけどな」 銀時はため息をついた。 桂も桂だがコイツもコイツだ。何をとち狂ってんだか。 「あのなぁ・・・ヅラの気持ちに応える? 無理だよ。アイツの考えとか気持ちとかね、理解できたら人間終了なの。 ごちゃごちゃ言ってないで僕戻りたくないからもう探さなくていいですーって言ってこいよそうすりゃ・・・」 「・・・坂田氏はヅラ子氏のことをよくわかってるんでござるな」 「・・・・・・・は?」 突然の変化球もとい切り返しに銀時は咄嗟に言葉が出てこない。 トッシーはしかし何か変な方向にスイッチが入ってしまったようで、 「でも僕、諦めないよ。話していたらなんだかすっきりして、こう、腹も決まってきた気がするでござる。 これがあれでござるな、清水の舞台から飛び降りるという」 「いやあの」 「それに路頭に迷ってる僕らの前にぷりてぃ魔法少女でも降臨して、僕らの道行を照らしてくれたりなんかしちゃうかもしれないじゃまいか!! やべっ萌えてきたんですけどー。 では共に参ろう坂田氏! 諦めたらそこで試合終了だよ!」 やめられない止まらない。 そんなフレーズが脳裏をちらっとよぎった。 すちゃりとサングラスをかかけてフル装備然としたトッシーに引きずられ、銀時は二人、ファミレスを後にする。 なんか俺今日こんなんばっかな。思いながら銀時は、 「あー・・・うん。なんか俺が悪かったわ・・・」 静かに反省した。
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