「もういいじゃねーか、二人で生きていけよ」 さも面倒くさそうに、こぼしたのは銀時だった。 隣を歩いていた桂がふいと顔を向ける。前を歩くトッシーが慌てて、遅れて土方もゆっくりと、振り返る。 銀時は降参、とでもいうように、両手を軽く上にあげ、 「もうしゃあねーだろ。探偵ごっこは終わりだ。はい、おしまーい。 どうせ闇雲に探したって何もわかりゃあしねーよ。当ては一通り回ってみたんだ、もう気は済んだだろ」 「そっ・・・」 トッシーが弾かれたように口を開いたが、どうやらうまく言葉にならなかったらしい。 消えた台詞を補うように、桂がその後を引き継いだ。 「そういうわけにもいかんだろう。本来一つのものが二つになっているんだ、悪い影響がないとも限らん」 「ねーよ、大丈夫だって。二人ともぴんぴんしてんじゃん」 銀時は顎で示してみせた。その先には土方とトッシー。 銀時と桂の視線を受けて、トッシーはしゅんとうつむいた。どうしていいかわからないのだろう。 それを横目に、土方は懐を探る。煙草を出して、火をつけた。上る紫煙に桂が片眉をあげたが、気にしない。 万事屋の言うことにも一理ある。 沖田を始めとする周囲の言葉に煽られて焦っていたが、よくよく考えればこの状況はむしろ好都合なんじゃないか。 確かに、自分と寸分たがわず同じ顔の人間が近くにいるというのは、あるいは厄介なことなのかもしれないが、そこはそれ、世の中の 一卵性双生児たちは立派に暮らしてるじゃあねェか。トッシーと間違えられたら、人違いですと言やァいい。自分の知らないところで、 紛れもない自分自身が生きている。暮らしている。何かをしている。そんなゾッとする状況に頭を悩ますこともない。自分の体を奪い合う 必要もない。俺という体には俺の魂(こころ)が、アイツの体にはアイツの魂(こころ)が。 どういう原理で分裂したのかわからないという不気味さには、この際敢えて目を瞑ろう。 だって自然だ。この方が、ずっと。 ちらりと、横目に面々を見た。 万事屋、コイツは、少しはやる気のなさを取り繕えばいいのに、終始一貫しただらけきった態度で。 トッシー、変わらずうつむいたまま、必死で何か策を考えているのか、何もできず、ただ嵐が過ぎるのを待つように場を窺っているだけか。わからない。 そして、桂。 コイツもわからない。朝から始終、捜査の指揮をとって。今だって腕を組んで、瞑目して、何かを考えている。”次”を探している。 時折俺やトッシーに向ける目が言う。まだ諦めん。 きっと、俺たちが一人に戻るまで。 わからない。どうしてそんなに必死になる? 土方は深く息を吸って、吐く。 吐き出しながら言葉にかえた。 「・・・・俺らのこたァもういい」 しん、と、場が静まりかえった。 すく側にあるはずの街のざわめきが、ひどく遠い。 構わず土方は続ける。 「付き合わせて悪かったな。もう探すアテもねェ。万事屋の言いなりになるみてーでむかつくが、このままほっつき歩いてても仕方ねェだろ。  戻らなかったら戻らなかった、だ」 誰も、何も言わなかった。 土方は言うだけ言って、帰るぞ、とトッシーの手を掴んだ。 トッシーはうなだれたまま、土方に引かれるにまかせる。 その腕を、土方が掴むのとは逆側の腕を、とっさに掴む者があった。 桂。 「ヅラ子、氏・・・?」 「・・・まだ、だ。まだ探せる」 「・・・テメーは」 人の話を聞けよ。 そう土方が続ける前に、遮る言葉。 「俺は貴様のために動いているのではない」 静かに、しかし強く。 桂はふいと視線を外し、トッシーの方へ向き直る。 「トッシー」 「な、なんでござるか」 「お前もそこの芋と同じか」 「え」 「一人に戻れなくてもいいのか」 トッシーは目を伏せる。桂の視線から逃れるように。 「朝から探して・・・手がかりももうないでござる。僕らが二人に分かれたからって別に、何も、支障は、ないようだし・・・・」 「まだわからんだろう、一生そのままだったらどうするのだ」 「・・・・そのまま、でも」 「いいのか?」 「・・・・・・」 気圧されて、トッシーは黙り込んでしまう。 土方はトッシーを掴む手を放し、銀時はぼーっと外野の位置から、成り行きを見守る。 沈黙は、数秒か、数分か。 絞り出した声はひどく小さかった。 「・・・・・よくないでござる」 小さくとも答えを聞いて、桂はうなずき、ぽんとトッシーの両肩に手を置いて、 「相分かった。ならば俺は、できる限り力を貸そう」 穏やかで、それでいて真摯な口調だった。 土方はチッと舌打ちをもらし、銀時はぼりぼりと頭を掻いた。 まだやるのかという気持ち半分、やはりどうにもおかしいという気持ち半分で、銀時は思う。 元々、誰かのためにと突っ走る奴ではある。バカだし、銀時の及びもつかない考えで動いていたりする。それにしたって、この熱心さは妙じゃないか。 そう感じているのはおそらく自分だけではないだろう。桂本人はどうだか知らないが。 おそらくこの場で誰よりも土方とトッシーをひとつに戻すことに熱心なのは、桂だ。当事者の二人ではなく。 何がそこまでさせるのか?そんなことはまァ、別に知りたくもないが、何にせよ、ここらでいい加減止めておかないと面倒だ。 「おいヅラ」 「ヅラじゃない桂だ。最後の手段に出る」 そんな銀時の胸中も知らず、桂は告げる。 「ローラー作戦だ」       ・BACK・     ・NEXT・