数刻おいて、再び屯所前。 「収穫なし・・・か。 ふむ」 「これでまた、振り出しに戻ったというわけでござるか・・・」 神妙な顔で頷き合う二人を横目に、土方と銀時は顔を見合わせ、どちらからともなくため息をついた。 もはやケンカをする気力もない。 ともすれば妄想の世界に入り込み、とんでもない推理を元にさらにとんでもない捜査行動に移ろうとするトッシーを殴って止めて、 捜査ついでに爆弾のひとつも仕掛けそうな桂を油断なく見張って。 屋根裏から床下まで、はもちろん、しまいには屯所中の畳を剥がして回りそうな二人を必死で追いかけた彼らは、身も心もボロボロだった。 普段の新八の苦労が、少しだけわかった気がする。 結論からいえば、手がかりは見つからなかった。そう、何一つ。 報われないからこそ、余計に疲れも増す。 しかしそんな疲れ切った二人に構うことなく、ボケ二人は話を進めていく。 「そう気を落とすなトッシー。 まだ策はある」 「さすがヅラ子氏でござる!」 「フッ、伊達に修羅場はくぐっておらんさ・・・・・なぁ銀時」 「は?」 突然話を向けられて銀時が顔をあげると、桂がさわやかな笑顔でこちらを見ていた。 「今こそお前の無駄に糖分を与えられている脳を活用すべきときだとは思わんか?」 「思わねーよ」 大丈夫、お前ならやれるさ! みたいなキラキラした視線が憎たらしい。 が、銀時は敢えて殺意を飲み込んで、 「これはもう・・・あれしかねーな」 急に真顔になる銀時に、ごくりと生唾を飲み込んで、トッシー。 「あれ、とは?」 土方も、銀時の隣でちょっと驚いたような顔をしている。 皆の視線を浴びて、銀時の唇がゆっくりと動いた。 「諦めて帰る」 「アホかァァァァァ!!!!!!!」 「えーだって手がかりゼロじゃん? 銀さん疲れたし。見たいテレビあるし」 「子供かテメーは! つか策がないならもったいぶるんじゃねェ!!」 「そこはまァ・・・あれだろ。空気読んで」 何が空気だ、土方は吐き捨てようとした。神経は削りに削られてささくれ立ちまくっている。 しかし、やはり「空気を読む」のに長けていたのは銀時の方のようで、 「そうそう土方氏、空気は大事でござるよ」 「土方KY」 「俺ェェェ!?」 トッシーと桂にまで追い打ちをかけられて、むしろ心に深い傷を負った土方だった。 そうしてひとしきり土方をいじった後、口を開いたのは、桂。 「しかし・・・屯所に手掛かりがないなら、手掛かりがないなりに推測するしかあるまいな」 すぐさまトッシーが問いを継ぐ。 「どういうことでござるか?」 「”手掛かりがなくても想像のつく範囲”で考えるしかないということだ」 言われて、一同は考える。 トッシーが生まれたのは妖刀絡みの一件、だとしたら、普通に考えれば… 「ま、刀関係あたってみりゃいいんじゃね」 「・・・なんで最初にそれを言わねーんだよ」 桂の言葉を引き継いだ銀時に、土方が眉根をよせる。 そんな彼を一笑に伏し、桂。 「物事には順序というものがあるのだ、芋」 「テメーに言われるとなんか腹立つんですけど。ぜってー今まで何も考えてなかっただけだろ」 「フン、考え付かなかったのは貴様も同じだろうに」 「・・・・・・・」 釈然としないものを抱えながら、土方は口を閉じた。 口をはさむ隙を窺っていたらしいトッシーが、すかさず声を上げる。 「刀というと、これを調べてみるということでござるか?」 「言っとくが、朝の段階でそれくらいはやってんぞ。 刀におかしい所はねェ」 背負った刀に手を伸ばそうとするトッシーに、土方が補足を入れた。 桂はひとつ頷いて、 「ならば刀に変わった効用がないか、だな。 おい銀時」 「俺帰りたいんですけど・・・」 「刀鍛冶の知り合いはいないか?」 言われて頭をよぎるのは一人の女性。 「・・・いるにゃあいるが――・・・・・・」 「あっもしかしてあの女の人でござるか!」 ぽんと手を打ったトッシーに、銀時はヲタクと化した土方を、とりあえずと彼女――鉄子のもとへ連れて行った時のことを思い出す。 確かに、村麻紗について、多少なりとも知識があるようではあったが。 「てめーがこの刀買い付けたとこに行くのが先じゃねーの」 言われた土方は、ふ、と遠い目をして 「それがじいさん…遠いとこに行っちまってな」 「・・・・・・・・そりゃ、仕方ねーな」 「数十年ぶりの夫婦旅行らしいでござる」 「紛らわしい言い方すんなァァァァ!! 思わず気ィ使っちまったじゃねェか!!」 「へぶし!! なんで拙者が!!?」 親父にもぶたれたことないのに…とかなんとかもごもごいいながらうずくまったトッシーは無視して、銀時はチラリと桂の方へ視線を送った。 目が合うと、彼は小首を傾げて見せた。「?」じゃねーよ、いちいちイラっとくる。 「なんだ銀時、そんなに見つめて」 「見つめてねーよ、てめー自分で話振っといて何聞いてやがった」 「何、というと・・・そうだな、数十年ぶりの夫婦旅行にお前が気を使ったこととか」 「何一つ聞いてねーじゃねェかァァァァァ!!!!」 「む、銀時、なんだ急に・・・ちょ、締まる締まるぐふぅっ」 「坂田氏ィィィィ!! ヅラ子氏の顔が青くなってきてるでござるぅぅぅぅぅ!!!!」 渾身の力でヘッドロックを決める銀時を、泣きつかんばかりの勢いでトッシーが止める。 まったく天下の往来で騒がしい連中だ。 土方は自分だけ心持ち距離をおいたつもりで、こっそりとため息をついた。 「おいテメー土方!! 何一人で他人ヅラしてんだコラ」 「ヅラじゃない桂だ」 「テメーは呼んでねーよ!!」 「うるせーな、テメーらのどたばた漫才につきあってられっか」 「んだとこのマヨラー」 「あァ? やんのかコラ」 「ちょちょちょ、坂田氏! 土方氏も・・・・・」 睨み合う二人を前に、おろおろするばかりのトッシー。 その横で桂はやれやれと首を振り、 「まったく、血の気の多い奴らだな」 「テメーは黙ってろヅラァ」 「だからヅラじゃない桂だ」 ふぅ、と嘆息ひとつ。 「なにはともあれ行先は決まったのだ、こんなところで遊んでいないでさっさと行くぞ銀時、芋」 「うるせェ、まだコイツとの決着がついてねーんだよ」 桂は、銀時と睨み合ったままで言う土方にチラリと一瞥をくれ、 「ああ、では芋侍はそこの木とでも格闘して時間を潰していればいい。  銀時、道案内を頼む」 「悪いけど取り込み中だから」 「ぎーんーとーきー」 「だから」 「ぎんと・・・」 「・・・わーったよ!! 行きゃあいいんだろう行きゃあ!!」 真顔のままだんだんと迫られては、流石に銀時も折れる。折れないといつまでも諦めないのも知っている。 コイツのねちっこい性格は折り紙つきなのだ。 「ふむふむ。ヅラ子氏にかかれば荒くれ者の二人もさながらぬこのごとく手玉にとられてしまうんでござるなーたたたたたいたっ!!  痛いでござるよ坂田氏!!」 やり場のない苛立ちをせめても発散と、トッシーを小突きながら銀時は思う。 鉄子の所へ行って、万事解決。そうはならない予感が、なんとなくしていた。 それでももう、どうにでもなれという気分だった。       ・BACK・     ・NEXT・