所変わって万事屋。 「どーせまた変な刀にでもひっかかったんじゃねーの」 バキィ 一通りの経緯を話し終わった直後の銀時のセリフに、土方は思わず茶菓子の煎餅を割り砕いていた。 隣でトッシーが能天気に煎餅を頬張る音もまた土方のイライラに拍車をかける。 ひ、土方さんお茶のおかわりいかがですかっ、と気をまわしてくれた新八の申し出をひと睨みで制し、土方は唸るように言った。 「・・・・・・・ちげーよ」 「わかった、じゃああれだ、古いマヨネーズにあたったんだよ」 「んなわけあるかァァァァ!!!!!」 「土方さん落ち着いてェェェ!」 「土方氏!! 穏敏に、穏敏に!!」 「るせェ!! 人がわざわざ出向いてやってんのにンだァその態度ォ!! 真面目に聞く気あんのかゴルァ!!!」 トッシーと新八に両サイドから抑え込まれた土方を前にして、しかし銀時は慌てず騒がず、まぁまぁ、と手ぶりで示して、 「まー落ち着けって。んで、よーく思い出してみろ。昨日の夕飯、なんかいつもより酸味と臭さが増強されてる感じが・・・」 「しつけーよ!」 「銀さんんんん!! 真面目に仕事してください!」 「だってよー新八。 分裂しましたーとか言われてもどうしろっつーんだよ俺らに」 「テメーら万事屋だろうが!!」 「おたく馬鹿ですかー。 管轄外に決まってんだろこんなん」 「あの、ちょっといいだろうか」 控え目に挙げられた手に、一同の視線が集まる。 注目を浴びたトッシーは、おずおずと、 「僕の推理によると、この件には奇抜な発明でトラブルを巻き起こす天然美少女天人とか、異世界から魔法修行にやってきた ドジっ子プリティ魔法少女とかが関係している可能性が高いと思うんだ。いや、っていうか推理ってほどのものでもないけど・・・ そうだったらギザ萌ゆる展開だよねみたいなさぁハァハァ」 「「テメーはだまっとけェェェェェ!!!!!」」 「ぐぼぉっ」 銀時、土方の渾身のツッコミが腹にクリーンヒットして、トッシーはその場に崩れ落ちた。 銀時はさも面倒くさそうに溜息をついて、 「あーも、実は生き別れの双子の弟でした、とかそういう心温まるオチでよくね?」 「よくねェよどこまでナメてんだテメーはァァァァ!!!」 「ちょっ・・神楽ちゃん手伝って!! 土方さん抑えるの・・・・・・って寝てるしィィィィ!!!」 「ぐー」 「そりゃ寝もすんだろ。朝っぱらから叩き起こされたんだもんなー、どっかの横暴なお役人様に」 「オイ万事屋、そりゃあ誰のことだ・・・・・」 「誰のことでしょうねー」 「アンタらどうあっても喧嘩するつもりなんですね・・・・・」 あの手この手で突っかかりあう二人に、そろそろ新八が喧嘩の仲裁を諦め始めたその時、 ピンポーン チャイムの音が鳴り響き、取っ組み合い寸前で銀時と土方は動きを止めた。 「・・・・・・・大福の匂いネ」 「あっ、待ってよ神楽ちゃん!」 ぱちりと目を開けた神楽が玄関に向かってダッシュする。その後を追って、新八。 チャイムの音で気をそがれた銀時と土方は睨み合ったまま、しかしお互いから手を離して距離をとった。 トッシーはまだ腹を抱えて悶えている、が、完全に二人の意識の中からは閉め出されている。 玄関の方を見やりながら舌打ちして、銀時。 「・・・・・・・かったりィな、やけに客の多い日だ」 「ケッ、どうせ新聞の勧誘だろ」 「神楽の嗅覚なめんなよ。 新聞屋は洗剤の匂いだよ。 お母さんの匂いがすんだよ」 言っているうちに、和菓子屋の箱を抱えた神楽が満面の笑みで戻ってきた。続いて新八、そのまま台所へ消えてゆく。 そして最後に現れた肝心の客は―― 「早い時間に邪魔するのもどうかと思ったんだが、珍しく限定ものの大福が買えてな。 固くならないうちにと―― む?」 「・・・・・・・か」 「ヅラ子氏ィィィ!!」 土方がその名を呼ぶ前に。 先ほどまでその辺で腹を押えてぷるぷるしていたはずのトッシーが、がばりと起き上がって客――桂にタックルをきめた。 思わず後ろに数歩下がりながらもトッシーを受け止めて、桂は驚いた顔でトッシーと土方を交互に見やる。 「ヅラ子氏ィ! 久し振りでござる! 会いたかったよォォォ!!」 「お、お前たち――」 ぐっと拳に力を入れ、顔には険しい色が宿る。 「本当は双子だったのだな!? ええい、今まで散々たばかりおって!」 土方は頭を抱え、トッシーはぽかんと口を開けた。新八は、や、桂さんそのネタもう銀さんがやりましたから、とツッコミを入れ、 神楽は我関せずといったように菓子箱の装丁を剥がしにかかっている。 銀時は手をのばして、神楽の開けた箱から大福を掴み取りつつ、 「ほら、もういーんじゃん? 双子で」 「よくねーよ! 何ひとつ解決してねーだろうがァァ!」 「・・・双子ではないのか?」 「違うんでござるよヅラ子氏。 僕ら、朝起きたらこうなってて・・・」 「双子ではないとすると・・・・・」 桂はふむ、と考え込む仕草をし、 「では天人共のもつ”くろうん技術”というやつか。なるほど見事なものだ。外見しか再現できておらんのが難点だがなハッハッハ」 「いやちげーだろ。 お前コイツらの説明聞いてたか? 朝起きたら急にっつってたろ? まァどこまで本当か知らねーけどよ」 「真実そのままだっつーの!」 「じゃあ何だというんだこの状況はァァァァ!!!!??」 「何!? キレんのそこで!? しかもオレに!?」 「桂さん落ち着いてくださいィィ!」 銀時に詰め寄る桂、止めに入る新八。 その横で神楽は大半の大福をすでに平らげて、 「この大福なかなかのものアル。 いい買い物したアルネ、ヅラ」 「お褒めに預かり光栄だ、リーダー」 「あってめ神楽!! 俺の分も残しとけよ!」 「銀さんはいいでしょ一個食べたんですから! 神楽ちゃん僕の分とっといてね!?」 「知らんアル。 この世は弱肉強食アルヨ」 「神楽ちゃんんんんんん!!!」 「あ、あのぅ・・・・・」 狭い部屋の中でぎゃあぎゃあと人がせめぎ合う混戦状態、話を戻そうとするトッシーの声は、誰にも届かずに喧噪の中に消える。 桂が加わってさらに悪化した状況に、土方のイライラはとうとう頂点に達して、 「・・・真面目に取り合う気がねェんなら帰るぜ万事屋・・・・・」 「おう帰れ帰れ」 「銀さん、そんな言い方は・・・・」 「ひ、土方氏、そんな、僕ら、どうすれば・・・・」 「るっせェ!! 男ならガタガタぬかすんじゃねェ!!」 「ヒィッ!!」 「――おい、芋侍」 土方の恫喝に身をすくませたトッシーを見やり、桂は鋭い視線を土方に向け、 「今のは八つ当たりだろう」 「テメーにゃ関係ねェだろ」 「・・・・・・・」 桂は黙って土方を見据えている。視線に責められているようで、土方は思わず視線をそらした。 けれど、桂の視線に怯んだがごとき様子を、銀時や子供たちや、誰より桂自身に見せるのはどうにも癪で、そのまま自然な風を装って首をめぐらした。 まるで、トッシーに声をかけるために振り向いたみたいに。 「オイ、行くぞ」 「待っ・・・・土方、氏・・・・・・」 土方の後に続きながら、トッシーは躊躇うように、すがるようにチラリと後ろを振り返った。 責めるような新八の視線も受けて、頭をかきかき、仕方ねェかと銀時が口を開こうとしたまさにその時、 「俺を捕まえないのか」 先に言葉を発したのは桂だった。 トッシーがはじかれたように振り向いた。土方はぴくりと足を止め、銀時も言葉を飲み込む。 背を向けたままで、土方。 「今日は非番だ。運が良かったな」 「ほう。何があったか知らんが、よほど余裕がないと見える」 「非番だっつってんだろ。 そんなにしょっぴかれてェか、あァ?」 「おい、ヅラ・・・」 「ヅラじゃない桂だ・・・・黙っていろ銀時」 思わず止めに入ろうとした銀時の言葉をぴしゃりと制して、桂は、ふと考えに耽るように眼を伏せた。 そうして、少しもたたないうちにくっと目線を上げ、 「・・・・・・決めた、今回は貸しにしておいてやろう。 トッシー、経緯を細かく話せ」 「あァ!? 勝手に話進めてんじゃ・・・」 「解決して困ることはあるまい? 気にするな、お前のためではない。 トッシーとは浅からぬ付き合いがあるからな」 フフンと笑った桂に、土方は言葉を詰まらせる。トッシーは涙すら浮かべて、 「ヅラ子氏ぃぃ・・・・!」 「ああ、泣くなトッシー。まったくお前というやつは・・・・・男児たるもの、たやすく人前で涙を見せてはいかん」 「ご、ごべんなさい・・・」 「ほら、鼻をかめ」 銀時は首を捻った。ちり紙を差し出してやる桂の仕草の優しさに、何かチリつくものを感じた。が、全ては”違和感”のせいにする。 土方とトッシーに対する桂の態度に、感じた違和感。なんかコイツら、やけに親しげじゃね? だがまぁそれだけだ、と銀時は自分に言い聞かせた。いや、確認した? ・・・どっちでもいい。 とにかく、どうやら面倒事は全部持って行ってくれるらしいし、違和感が何だ。変な所にこだわって、このチャンスをふいにするのはなんとももったいない。 たまには役に立つじゃねーか、思うこの心は、100%じゃないにしろ本心だ。細かいことは気にしないに限る。 「あのー? お取り込み中すみませんが?」 パンパンと手を打って、銀時。 「丸くおさまったんならさっさと出てってくれますー? 俺ァもうひと寝入りすっから」 「そうだな、善は急げだ。 早速現地検分に向かうか、銀時」 「待て待て待てちげーだろ」 つっこむ銀時に、桂はきょとんとした顔をして、 「む? 現場百見、捜査の基本だろう」 「そこじゃねーよ。 なんで俺まで・・・」 「人手は多い方がいいからな。 リーダー、新八君、留守を頼む。 さぁ行くぞ、トッシー、それに芋」 「ちょっ・・・」 「・・・・・・チッ」 「ヅラ子氏、かっこいいでござる・・・!」 桂、彼に手を引かれた銀時、土方、トッシーと続き、がらがらぴしゃんと戸が閉められた。 残された新八は茫然と呟く。 「行っちゃった・・・・・・」 「相変わらず賑やかな連中アルな」 「神楽ちゃん・・・・・手も口の周りも真っ白だよ」 「おおお! こういうの見たことあるネ! 今日のお昼は子羊アルか」 「やめてくんない! やらないよね!? お腹に石詰められちゃうよ!?」 「やるわけねーだろ、ぺっ」 「・・・・・・・・・・」 「さーてもう一眠りするアル」 くわぁ、と欠伸をしながら神楽が奥へ戻って行っても、新八はしばらく玄関端に立ち尽くしていた。
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