「ったく・・・なんで俺まで」 銀時の愚痴は、隣を歩く桂に届くことなく大通りの喧騒にかき消された。 どうせ聞こえたところで、何の効果もないだろうが。 銀時はため息をついて、今度はちゃんと桂の方に意識を向けながら言った。 「人がいいにもほどがあるんじゃねーの」 ため息混じりのその声に、桂は一瞥をくれるでもなく、 「何がだ」 「何がってよ・・・・」 「情けは人のためならずというだろう」 「・・・・・昔っからいい子ちゃんだよな、テメーは」 「なに、お前とそう変わらんさ」 「ケッ」 いつもいつも、まるで銀時のことなら何でもわかるというように。すかした態度が気に食わない。 バカのくせに。ヅラのくせに。 銀時はふと後ろに意識をやった。 数歩遅れて、トッシーと土方が後についてきている。 「・・・・・・・・」 『浅からぬ縁がある』。何やってんだかねぇアイツは。銀時は思う。 トッシーがらみの一件、深く関わった自分たちはともかく、アイツとトッシーの間にどんな因縁があるというのか。 まさか、高杉を追って、ヅラもあの事件に関わっていたのか。 それとも? 先ほど感じた違和感が蘇る。銀時は敢えて見て見ないふりをした。 「・・・・・・・どーでもいいさ」 この腐れ縁の幼馴染の交友関係なんて、どうでもいい。どうでも。 そう思いこもうと頑張っている自分がいて、なんとなく腹立たしかった。 そんな銀時の内心も知らず、桂は相変わらずの無表情で、 「なんだ」 「なんでもねーよ」 「ひとりごとか? 老けたな銀時」 「あーハイハイ」 相も変わらず掴めないやつだ。行動も、思考も、何もかも。掴もうとしたって無駄だから、気にしないに限る。 問題はそこじゃない、今考えるべきは―― 「どこに行くつもりだよ」 「む? 話を聞いていなかったのか銀時」 「あー、忘れた忘れた」 「屯所だ屯所」 そういえばそんな話だった気もする。 万事屋を出てすぐ、トッシーからの事情説明を桂は熱心に聞いていた。 そしてあらかた聞き終わった後、ではまずは屯所の土方の部屋からだな、とかなんとかのたまったのだった。 ちなみに銀時はその時土方と不毛な舌戦を繰り広げていたので、ツッコミをいれるどころかろくに話も耳に入っていなかった。 というわけで今更だが、一応ツッコんでおこうかと銀時は口を開いた。 「オイオイ、まずいんじゃねーのそれは」 「俺が手配されていることなら心配ない。こんなこともあろうかと・・・」 桂は不敵な笑みを浮かべて、何やら懐を探り、 「てれれれっててーん、鼻眼鏡―!(桂裏声)」 「・・・・・で?」 「ツッコミがぬるいぞ銀時!」 「いい加減ツッコむ気力もねーよ」 「フッ・・・・・まぁ俺の完璧な作戦にツッコミ所がないのは仕方のないことだが」 「むしろ多すぎてどっからツッコんでいいかわかんないんですけど」 「何を言う! この眼鏡だけで終わりと思ってもらっては困る・・・・これでおさげにしてセーラー服でも着て、社会科見学ですぅとか言えば 芋侍共の目など簡単にごまかせるわァ!!」 「馬鹿だろ? 前々から思ってたけど、おまえやっぱ救いようのない馬鹿だろ?」 「い、今セーラーという単語がちらっと聞こえた気がするんでござるが、いったい何の話をハァハァ」 「テメーは黙ってろォォォ!!」 「あべしっ!」 セーラーに誘われてきたトッシーは、銀時の裏拳によって一瞬のうちに沈黙した。 鼻眼鏡をかけて得意満面の桂を見ながら、銀時は今日何度目かわからない深いため息をついた。 屯所の門が見えてきた。――と、門の前に人影が見える。 ぼんやりとあらぬ方を見つめていたその人は、やってくる一団に気づいたのかふとこちらに振り向いた。 「ぞろぞろ引き連れてどこのお大尽かと思やァ、万事屋の旦那じゃねぇですかィ。 おかえりなせェ土方さん、何か打開策は見つかりやしたか?」 「・・・とんだ骨折り損だった」 土方の答えに沖田はニヤリと笑い、 「でしょうねィ」 「殴っていいか。そろそろ殴っていいか」 「嫌でさァ。 ――で、旦那方、わざわざこのアホを送ってきてくれたんですかィ?」 沖田の問いに銀時はぼりぼりと頭をかいて、 「いや・・・むしろ連行されたっつーか」 「社会科見学ですぅ」 「・・・旦那、そこの妖怪は?」 しなを作って答えた桂に、沖田は冷ややかな視線を向ける。 正体がバレたわけではないようだが、このまま怪しまれ続ければ時間の問題だろう。銀時の背中を冷たい汗が伝う。 銀時の心配をよそに、トッシーは相変らず桂が加わって以来の浮かれ調子で、 「ヅラ子氏でござる!」 「ヅラ子でぇす。ちょこっと屋根裏とか床下とか見学させて下さぁい」 「・・・・・・」 「いや、こっち見られても銀さん何もできないから。ソイツに連れてこられただけだから、俺」 「ヅラ子氏は僕の友人でござる。事情を聞いて、僕らが元に戻れるよう協力を申し出てくれたんだ」 「・・・・・それと社会科見学に何の関係があるんでィ?」 なおも怪訝な顔をする沖田に、土方もしぶしぶフォローを入れる。 「捜査なんだと。現場を洗いてェっつーから連れてきた」 「社会科見学ですぅ」 「テメーはもう黙っとけェェェ!!!」 なおも自分の立てた作戦を通そうとする桂を、銀時は飛び蹴りで仕留めた。 いい加減面倒になってきて、土方は投げやりな気持ちで思う。 折角見逃してやろうってのに、なんだってアイツはこう、全力で不審人物だと主張するような言動しかしないんだ。 トッシーも流石に、緊張した面持ちでいる。 よく考えなくたって、桂がいたとて今回の怪事件の解決が早まるとは思えない。 ここは考え直して牢にぶちこんでしまった方がいいんじゃないか――思いながら土方は沖田の表情を窺った。 しかし沖田は、この怪しい人物になどまったく興味がない様子で、 「まぁ土方さんが変なの連れこんで何があっても土方さんの責任ですし。好きにして下せェ」 言うなり、土方たちが来たのとは反対方向へ歩き出した。 「おい総悟、どこ行く――」 「見回りに」 思わず声をかければ、振り向く沖田。 どうせ見回りという名の散歩だろうとは思ったが、市中警備も立派な業務なので何も言えない。 「・・・さぼんなよ」 「さぼってんのはテメーだろ土方。仕事しろよこの給料泥棒」 「今日は非番だボケ」 「あーそうですかィ。 それじゃあまぁ、せいぜい、お大事に」 フッと黒笑を浮かべて、今度こそ沖田は道の向こうへと消えていった。 「俺の作戦通りだな。毛ほども怪しまれていなかったろう」 「さすがはヅラ子氏でござる!」 「さぁ行くぞトッシー! 必ずやお前を元に戻す手がかりを掴んでみせよう!」 「おおお! 僕、どこまでもついていきますっ!」 いつの間にか復活していたらしい桂は、トッシーを従えて屯所の中へ雄々しく突き進んでいく。 それを茫然と見送る二人。 「おい万事屋、そこの馬鹿二人をなんとかしろ」 「俺に命令すんな。お前がなんとかしろ。して下さいお願いします」 「お前が何とかしろ」 「お前がしろ」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 この後あの馬鹿コンビが巻き起こすであろう数々の厄介事を思って、銀時と土方はがっくりと肩を落とした。 「「はぁ・・・・・」」
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