青く澄んだ七月の空。

故郷では入梅の雨がまだ残って、湿気と高くなってきた気温に辟易している頃だが、遠い異国の地ではそれもない。

ぼんやりと、割れた窓ガラス越しに眺める青。


今日の空には、雲ひとつない。













[やっと会えた]













神田は自室のベットに腰かけて、ただなんとなく、ぼんやりと過ごしていた。
普段こんなことはめったにない。 教団にいるときは修行しているか、眠っているか。
たまにこんな風に時間が空いても、いつもは瞑想して、精神統一をはかっていたりするのだけど。

無意識の内に六幻に手を伸ばしかけ、途中でその手を引っ込める。
修行はもう十分にやった。体を痛めつけすぎるのもよくないし、いつ任務が入るとも限らない。
自分にも、本を読むといった時間を潰すのに丁度いい趣味があればいいのに。 思って、浮かんだ顔に苦笑する。

アイツのは本職か。




そういえば、随分会っていない。  いつもなら、無線のひとつもあっていいのに。
もう1月ほどになるだろうか。二人で(というか一方的に)自分の誕生日を祝って、それ以来。



「・・・・・・・・・・・」



なんとも言えない気分になって、でもそれを認めたくなくて、神田は静かに立ち上がった。
今日の自分はどこかおかしい。 風にあたって頭を冷やしてこよう。


















外に出てみると何やらわいわいと騒がしい。 その騒々しさに顔をしかめつつ様子を伺っていると、幾人かが神田に気づいて視線を向けた。 
しかし目が合うと慌ててそらしてしまう。
声を掛けそびれて、どうしたものかと所在なく立っていると、少女の声が名を呼ぶのが聞こえた。



「神田!」
「何の騒ぎだ、これは・・・・」



駆け寄ってきた少女――リナリーの姿を見とめて、苦々しく神田は言った。
人の集まる場があまり得意でない彼らしい反応に苦笑しながら、リナリーは群衆の中心にあるものを目で指して言った。



「七夕だよ」
「・・・・・・もうそんな時期か」
「うん。 私も忘れてたんだけどね、バクさんが立派な笹を送ってくださって、折角だからって兄さんが」



輪の中心で、一際楽しそうにペンをもつ室長の姿に、神田はため息をもらした。 


「神田も書く?」
「あ?」


差し出された短冊を反射的に受け取ってしまってから、自分が何をしたかに気づいた。 でももう引き返せない。
リナリーは心底嬉しそうに微笑みながら、恥ずかしかったら名前書かなくていいよ、なんて言っていて、とても短冊を付き返せる雰囲気じゃない。
嘆息して視線を転じれば、思い思いにペンをとる人、人、人。
笹にはすでに色とりどりの短冊がかかっていて、かなり距離のあるここからでも読めるものもある。
休みが欲しい云々という文句が、やけに目立つ気がしないでもない。

神田は無言で踵を返した。




「神田?」
「・・・・・・・・・・あとで書いておく」



それだけ言い残して、神田はその場を後にした。




















短冊をポケットにつっこんで、廊下を歩く。 人気のない廊下に靴音が高くこだまして――消える。
遠く、人々の笑い声がまだ後ろについてきている。 それが聞こえない所まで行きたくて、神田は歩調を速めた。



イライラして落ち着かない。

なぜなのか、答えは出ているけれど、どうしても認めたくない。

ただ、いつも以上に人と関わりたくない気分なのは確かだった。





部屋に戻って休めばいい。 眠ってしまえば、何も考えずに済む。 こんな気分を燻らせていないで済む。
そうして次に起きるときにはきっと任務で、考えに沈む余裕なんてなくなるから。



ちゃんと元気でいるのかとか。

会いたいとか、声が聞きたいとか。



――寂しい、だとか。



そんな風にアイツのことを考える余裕、なんて。










「ユウ!!」








誰に呼ばれても無視する気でいたのに、後ろから聞こえた声に思わず振り向く。
その姿を認識する前に、もの凄い勢いで追ってきた人物は、体当たりでもするように体ごと神田にぶつかってきた。



「・・・・・・・・っ」
「やっと・・・・・・・会えた」


背中に手が回り、ぎゅうと抱きしめられる。 頬に彼――ラビの吐息を感じる。 顔は見えないけれど、声は微かに震えていて。
腕の力は弱まるどころかますます強くなって少し苦しかったけれど、そんなことより何より、自分にしがみつく大きな子供に呆れて神田は溜息をついた。


「お前なぁ・・・」
「ん?」
「・・・・・・大袈裟すぎだ」


言って体を押しのけると、ラビは素直に腕を解いた。
少し距離をおいてまじまじと眺める。 少し汚れてくたびれた団服。 目立った外傷はない。
同じように自分のことを上から下まで眺めまわしていたラビと目が合って、神田は眼を伏せた。
そんな彼の仕草にも幸せそうに笑って、ラビはただいま、と今更ながら告げた。


「・・・・・しばらくぶりだな」
「本当さ!! コムイのやつ、立て続けに任務入れやがって・・・!」
「人手が足りねぇんだから仕方ねぇだろ」
「そりゃそうだけど! なら二人での任務組んでくれるとかさー。 ぜッてぇ意図的に避けてる気がするんさ!」
「そーかよ」
「修理に出した無線ゴーレム返ってこねェし、それじゃあって新しいの支給してもらえるように申請したら、俺はジジィと兼用すりゃいいとか言われたんだぜ!?
 俺のプライベートを何だと思ってるんさ・・・・」
「本来私用に使うもんじゃねぇからな」
「・・・・・・・・・・ユウは寂しくなかったんさ?」



冷たいさ、と、わざとらしく萎れた様子を作ってみせるラビを、鼻で笑い飛ばす。



「ハっ・・・・・誰が」
「・・・・・うん。わかってる。 全然平気そうさ」
「当たり前だ」
「あんまり元気そうな後ろ姿だったから、思わず抱きついちゃったさ」



含みのあるセリフと笑顔に、神田は眉を上げる。
かといって言い返すでもない彼にラビは笑みを深くして、そっとその頬に手を添えた。



「じゃあさ、ユウ」
「あ?」
「キス一回で一時間分の時間を補完できることにしよう?」
「・・・・・・・・・・脳みそに蛆でも湧いたのか」



呆れてものも言えない、といった表情の神田の言葉は無視して、ラビはそのまま唇を寄せる。



軽く触れるだけのキス。

顔を離して、確認を取るように視線が絡む。 そのまま、どちらともなく再び唇を重ねた。



深く長いものもあれば、じゃれるように唇をなぞるだけのものもあって。
時折漏れるのは、二人分の吐息と、低く小さくカウントを取るラビの声だけ。
普段だったら、こんな、いつ誰が来るともしれないこんな場所でなんて、絶対に拒むのに。
やはり今日の自分はおかしいと、冷静に考える頭も次第にどこかへ消し飛んで行った。



ふらりと傾いだ神田を抱きとめて、ラビは唇を離した。





「1カ月分には、まだまだ足らないさ」
「本気で考えてたのかよ、お前・・・・。 24時間が1カ月分で、いったいどれだけになると思ってんだ」
「24×31。 さて、どのくらいになるでしょう」
「・・・・・・・ろっ、ぴゃく・・・・・・・・・・ん・・・・?」
「・・・・・・うん。 まぁとにかくいっぱいさ」



なんとなく面白くなくて、神田は微笑ましげに目を細めるラビの手を振り払った。



「でも俺頑張るさー。 寂しい思いさせちゃった分の埋め合わせだもん」
「勝手に人のせいにするな。 てめぇがやりたいだけだろ」



吐き捨てて、ポケットに手を突っ込む。 手にあたった紙の感触を不審に思って引き出すと、先ほど押しこんだ短冊だった。
神田のポケットから出てきた色鮮やかな紙片に、ラビは目を丸くする。



「あ、それ表でみんなが書いてたやつさ? 珍しいさね、ユウがそういうイベントに参加するなんて」
「リナリーに押し付けられたんだ。 書く気はねぇよ」
「へー。 でも折角なんだから書いてみたらどうさ」
「ならお前が書け」
「え、俺? うーん・・・・神様にお願いするようなことはねぇなぁ・・・・・・・」
「・・・・・・無病息災、とか」




一拍おいてラビは盛大に噴き出した。

じじくせー、とか言って笑い転げつつ、ぽんぽんと神田の肩を叩いた。


「ならなおさらユウが書くべきさ!! てかむしろ一緒に書くか」
「・・・・・・・アホか」
「俺が無病でー、ユウが息災な? よし、ペン取りに行くさー」



なし崩しのまま手を引かれながら、神田はぼそりと呟く。



「さっさと無線ゴーレム直させろ」
「それは俺も切実に思ってるさ」
「無理なら、手紙でもなんでも書け。 何が何でも連絡よこせ」
「どこにいるかも、わからない相手に?」
「・・・・・・・ハトとか」
「ユウちゃん、ハトに人探しはできないさ・・・」
「会う度山ほどキスされてちゃ、こっちの身がもたねぇ」
「んー。 でも毎日会っててもキスはするさ」
「死ね」























誰も手の届かないような笹のてっぺんに、一枚だけ。

皺の寄った短冊が揺れていた。















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ラビュフェス投稿作品
お題元 奏晦


私にしては珍しくユウちゃん視点かつ甘い話。 ユウちゃんがラビっこのことでもやもやするとかハァハァします。
何この擬音のオンパレード。
そしてラビはユウちゃんとのことに関しては、どこまでもお馬鹿でいて下さい。



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