「ついてないさぁ・・・っ。折角ユウと二人きりだってのに」 「寝言は寝て言え。エクソシストを二人も動かすっつーことは、それなりのヤマに決まってんだろうが、馬鹿が」 「はいはい、わかってますって。・・・でもさ、」 「あ?」 「・・・・や、なんでもない」 ユウはいぶかしげな顔をしたけど、問い直すでもなく壁にもたれて目を閉じた。 [隣に立つということ] 二人でアクマを倒しつくしたこの場は、妙に静かだ。さっきまで戦いの轟音の中にいたから、余計に。 回収に来たはずのイノセンスはどこにもなくて、そのくせアクマの数はやたらと多くて。正直俺らの鮮やかな連携がなかったら危なかったかも、なんて。 あとはここからちょっと離れた街に残してきたファインダーと合流して、とりあえずデマだった旨をコムイあたりに抗議して、帰ればいい。 いいのだけど、なんとなく二人こうしてここに留まっている。 まぁ、あまり遅いのも心配をかけるから、遅かれ早かれ出発するのだけども。 目を閉じたままのユウは身じろぎひとつしない。 思いついて、自分も隣に腰を下ろす。そっと肩にもたれてみたら、ギロリと横目で睨まれた。 前髪の落とす影の下で、鋭い目が俺を射抜く。 鋭いけれど、けして冷たくはない瞳。 「寄るな」 「誰も見てないさ」 軽く微笑みかけると、目付きは余計に険しさを増したが、諦めたのか舌打ちをして、ふいと顔を背けた。 こんな風に誰かといる自分なんて考えもしなかった。 時々思う。 中立のはずの、”心はいらない”はずのブックマンが、こんなにも想いに囚われていていていいんだろうか。 なかなか通じない思いに苛立って。なんとか受け入れてもらいたくて、必死になって。 好きで好きでしょうがなくて。今だって、半ば冗談でもなく、2人きりという状況を喜んでいる。 こんな状況下なのに。 “ラビ”でいる時間が長過ぎたのかとも思う。 覚える端から忘れていった48の名前と違って、2年もの間自分に向けられ続けた呼称にも、きっと自分は囚われている。 「・・・・なぁ、ユウ」 「・・・・・・・・・・なんだ」 「・・・う、やっぱなんでもない」 「さっきから何がしてぇんだテメェは・・・・ッ!!」 「わ――!! ご、ごめんさ!! だから落ち着いて! 刀を納めるさッッ!!」 必死でなだめると、全身から立ち上るような怒気は少しずつ弱まって、構えた六幻も下ろされる。 それを軸にするように立ち上がると、ユウは軽く団服の埃を払った。 「チッ。 アホらしい。 さっさと戻るぞ」 「はーい・・・」 返事も待たずに歩きだしたユウの背を追いかける。 俺が追い付こうと少し足を速めると、ユウはちょっと速度を弛めてくれた。ごく、自然に。 「ユウ」 「・・・・・・・」 「・・・最近、アクマが活発になったさ」 「・・・・・・・」 「戦争も、佳境ってことなんかな。 ・・・終わりに、近づいてんのかな」 「・・・知るかよ」 ぶっきらぼうに答える。相変わらず、目線はチラリともこちらには向けられない。 ただ合わせられた歩調が、”ひとりで”歩いているのではないのだと教えてくれる。 会ったばかりの頃はひどかった。 こちらがどんなに纏わりついてもうざったそうに振り払われて。 そんな態度を取られているのは何も俺ばかりじゃないと、じきわかった。 ユウは誰も寄せつけはしない。 だから今みたいに――当たり前みたいに傍にいられることは、奇跡みたいなことなんだ。 でもこの奇跡は期限付きだ。 それはお互いわかっている。わかっていて何で、と言われても困るし、ユウが何故俺を受け入れてくれたかもわからない。 男同士という問題以前に、二人ともいつ死ぬとも限らない戦いの中にいて。 その戦いは世界の命運を握っていて。 ユウの命は戦いで傷を負う度に、力を使うたびに、削られているし、俺は俺で、例えばユウの命がこの大戦が終わるまでもったとしても、次の記録地へ行かなきゃならない。 “ラビ”はそこで死ぬ。 どうにもならないことだ、と妙に冷静にそれを受け入れている自分がいる。 ブックマンでない自分なんて考えられない。 そのくせ、めちゃくちゃ身勝手なことだが――ユウが寿命を削ることに関しては、なんともしがたい憤りを覚える。 命を吸う六幻を憎たらしく思う。 刀を握るユウの覚悟も、「あの人」への強い思いも、知っているはずなのに。 失いたくないんだ。 ユウが好きだから。 自分のことは棚に上げて、求めるばかりで。 当り前のように置いていくことを考えているくせに。 ユウのことに関しては俺は子供で、どうしようもなくて、きっとユウを困らせてばかりいる。すっかり大人になったつもりでいたのは、どうやら自分だけのようだ。 視線を感じてはたと我に返ると、ユウが不機嫌そうにこっちを見ていた。 「? 何?」 「ぼーっとしてんじゃねぇよ」 「え、あ・・・・ごめんさ。 なんか言った?」 「・・・・聞いてなかったんならいい」 視線が外される。 微妙な沈黙。 聞くべきか聞かざるべきか一瞬躊躇ってから、、おずおずと口を開く。 「その・・・・もっかいお願いします」 「断る」 「なっ・・・! いいじゃんかケチ!!」 「うるせぇ。 聞いてなかったお前が悪い」 「そりゃそうだけど! だからってそれはないさ!? あー・・すっげー気になる・・・・!」 「勝手に気にしてろよ」 ふ、と口元を緩めたユウにドキリとする。 赤い顔を誤魔化すようにそっぽを向いて、慌てて話題を探す。 「・・・・街までどのくらいだっけ?」 「いくらもかかんねぇだろ」 「ファインダーと合流したらともかく電話さ!! コムイに抗議してやる」 「・・・別の仕事を回されたりしてな」 「げー・・・・シャレになんねぇさ・・・・・・・」 イノセンスなかったのー残念だったねぇまぁこういうこともあるさじゃあ次の仕事だけど――とかなんとか、さらりと流されて新たな仕事を割り当てられそうな気がする。 俄然気が重くなってきた。 「一日くらいは休みたいさー」 「コムイに言えよ」 「ユウからも頼んでよ」 「俺は別に構わない。仕事だと言われたら行くだけだ」 「休みも必要さ」 「必要な分はとってる」 「・・・・・そうは見えないけど?」 「そうかよ」 聞いているのかいないのかわからないような、適当な答えを投げて寄こされる。 あぁ、もう視界の端には街の影が。 「・・・・ユウ」 「なんだ」 「・・・・・・・・・・・なんでもない」 「・・・金輪際テメェに返事なんかしねェ」 「えっ!? ちょ、待っ・・・!!」 俺がユウの隣にいられるのは、”ラビ”でいられる間だけ。 俺の描く未来図には相変わらず俺とジジイの二人しかいないし、ユウの未来図にはきっと、ほかの誰も写りこんでなんていなくて。 いや、誰も写っていないでほしいと思う。 それが、俺自身であっても。 いつか離れることはわかっている。わかっているけど、夢見ることは許されるだろうか。”来るはずのない明日”を、せめて今だけでも信じていいだろうか。 輝くような日々の先に確かにある暗闇には、まだ見ないふりをしていたいんだ。 歩調を早め、ズンズンと歩いて行ってしまうユウの背を俺は慌てて追った。 『・・・・・・・・・いつまで、こうしていられるかな』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ラビュフェス投稿作品 お題元 code*7 自分がラビュを書く上での前提確認というか、そんな感じのお話。 その人なしではいられないって思うくらいの、言うなれば余程の気持ちの大きさがなきゃ、あの二人は「誰か」を選んだ りはしないんだろうな、と。 かといってあっさり自分の道を捨てる気はないの。好きだから一緒にいるし、簡単にわりき れる関係ならそもそも告げたりはしないけど・・・それとこれとは別だろ、みたいな。 すいません終わっときます。 ・back・