まだ暗い室内。 白み始めすらしない外の世界をぼんやりと意識の片隅に捉えながら、神田はゆるゆると瞬きを繰り返す。 感じる肌寒さに、ぶるりと肩を震わせた。 触れてみればそこは氷のように冷たくて、ああ、目が覚めたのはこのせいかと、観念して布団を出た。 窓のひび割れをそのままに放置してあるせいか、この部屋は随分と冷え込む。 洋服掛けに掛けてあった少し大きめのカーディガンをまとって、神田は静かに部屋を後にした。 [白く、滲む] 朝独特の清冽な空気に、靴音が吸い込まれてゆく。 ひとけのない石造りの廊下はひっそりと静かで、まるで氷に閉ざされた洞窟のようだった。 朝の空気は好きだが、こうも寒いとそんな悠長なことは言っていられない。 むき出しの首や足首に、容赦なく冷気が襲い掛かってくる。 指先に息を吹きかけながら、神田は暖炉のある談話室へと足を向けた。 この時間なら誰もいないはず。 少しだけ火にあたって、みなが起きだしてくる前にさっさと引き上げてしまおう。 ドアの取っ手の、冷やされた鉄の冷たさに顔をしかめながら神田はそぉっと談話室の扉をあけ、中を窺った。 漏れてくる、燃え尽きた薪の匂いと、微かに甘い残り香。 誰かココアでも飲んでいたのだろうか。 すっかり温度を失った空間を確認して部屋に入ると、神田はともかく傍にあったろうそくに明かりを灯して・・・・・・動きを止めた。 暖炉の正面、一番暖かい特等席に寄せられた揺り椅子の上、静かに寝息を立てる人影があった。 膝の上、あるいは椅子の周りにと、あちこちに本が散乱している。 おそらく、ここで読書をしていてそのまま寝いってしまったのだろう。 すぅすぅと気持ちよさそうに眠り続ける男――ラビを少しの間じぃっと見つめて、神田は何事もなかったかのように暖炉へと近づいた。 屈みこみ、細い木切れを利用して火を起こす。 マッチを擦ると、手の中にぽっと熱が生まれた。 起こした火種から薪へと火をうつしながら、神田はふ、と息を吐いた。 もれる息は白く、ふわり、立ち上って溶け消えた。 ようやく火をともして身を起こす。 そう簡単に部屋は暖まらないようで、神田はそっと指先を擦り合わせた。 冷たい。 と、相変わらず寝こけたままのラビが目に入って、ちょっとしたいたずら心が頭をもたげる。 静かに近寄り、冷たい指でそっと頬に触れた。 ラビの頬も冷たかったが、自分の指よりはまだぬくみがあって、触れるとほんのりとした温かさが指先から伝わってきた。 起きる気配はない。 ・・・はぁ。 またひとつ、大きく息を吐いた。 濃い靄のように真っ白だったそれは、暖炉の熱によって薄くなりつつあるが、それでもまだ白い。 小さくラビが身じろいだ。 起きるのかと思えば寝たままで、体重が動いたせいか揺り椅子が大きく傾いだ。 かくり、とラビの頭が前のめりになる。 目の前に、まるで手を突っ込んで下さいとばかりにラビのうなじがさらされて、神田はニヤリと口元を歪めると、首元から背中へ、 一気に腕を差し入れた。 「・・・・・・・・・ッッ!!!??」 「・・・・・起きたか」 「つべたっ・・・・・な、何かいまっ・・・背中! おま、ユウ!! 何した・・・!?」 「別に何も」 飛び起きたラビにしれっと答えてやる。 ラビは涙目でこちらを睨みながら、思いだしたようにぶるりと身を震わせた。 「さぶ・・・・・」 「火が消えて随分時間経ってたみたいだからな」 「あーほんとだ息も白い」 ラビはその白さを確かめるようにふー、と、長く息を吐く。 それから、ぱちぱちと音を立てる暖炉に目を留めた。 「ユウがつけたの?」 「ああ」 「ありがと。  ・・・・・あれ、ってか何でここにユウがいるんさ?」 「気づくのおせーよ」 バーカ、言いながら暖炉の前に椅子を引いてきて、神田はラビの隣に腰を下ろした。 部屋全体には行き渡らないながらも、段々と育ってきた暖炉の火は二人を照らし、じんわりと体を温めてくれる。 「今何時」 「知るか。 自分で見ろ」 「え・・・・っと、4時ちょい? ユウちゃん早起きさ」 「寒くて寝てられなかったんだよ」 「ユウの部屋寒いもんな。 ・・・・・あ、手ェかして」 「あ? ほらよ」 神田がひょいと差し出した手を受け取って、ラビは顔をしかめる。 「冷てー。 何コレ」 「うっせ」 「さっきこれで俺の背中触ったでしょ」 「知らねーな」 「・・・・ったく」 ラビは苦笑して、神田の手を自分の口元に寄せる。 さすってやりながら、二度三度と息を吹きかけた。 なかなか暖まってこない指先に、とうとう唇を寄せながらラビは呟く。 「・・・なんかあったかい飲み物もらってこよっか」 「いらねェ」 「あったまるよ」 「別に。 十分だ」 コイツで、と暖炉を指す前に、ちゅ、と音を立てて指に口づけられる。 「・・・俺で?」 「・・・・・・・・寝ぼけるのもいい加減にしろよ馬鹿ウサギ」 片手はラビに預けたまま、もう片方の手でひじ掛けに頬杖を突きながら、呆れた様子で、神田。 「いいじゃん人肌。 一番てっとり早いさ」 「十分だっつってんだろ。 間に合ってんだよ」 「俺は寒いさー」 「こんなとこで寝てっからだバーカ」 「ああ寒い寒い。 ユウちゃん、あっためて?」 じっと見つめてくる目からふいと視線を逸らして、手を引き戻す。そうしてがたんと席を立った。 やけくそのようにラビの膝の上に腰を降ろすと、嬉しそうにラビの腕がまつわりついてきた。 「手だけじゃなくて全身冷てェじゃん・・・」 「余計寒くなったろ。 残念だったな」 「今からあっためるさ」 「・・・・・・少ししたら帰るぞ、俺は」 「すぐだから大丈夫さー。 みんなが起きてきたら大変だもんな?」 「・・・・・・・・・フン」 耳元で笑う気配がする。 面白くなくて鼻を鳴らすも、奴にはまったく効果がないようだった。 やれやれとついたため息は、もう色を失くしていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 冬の情景描写がすごく好きです。 寒いのは苦手ですが大好きな季節! 雨音るきと様に捧げますvv ちゃんと甘くなってますかね・・・? 相互リンクありがとうございました★      ・back・