「ね、もし俺が死んだらどうする?」 ぴたり、と報告書を書くペンを止めて、ユウはゆっくりと振り返った。 ユウの部屋に持ち込んだ椅子に、背もたれにのしかかるように、本来とは逆向きの使い方をして。 何の気なしに訊ねた俺は、その視線を受けて思わず身を起して背筋を正す。 ユウは珍しいものでも見つけたみたいに、俺の顔をまじまじと見つめた。 あまりにじぃっと見られて耐えられなくなった俺は、我慢比べに早々と白旗を上げる。 「な、なにさ」 「いや・・・・悪ィもんでも食ったのか?」 「・・・は?」 「唯一のとりえの頭までイカレちまったらいいとこなしだな」 「え?ちょ、ま・・・・・ひどすぎるさユウ・・・・」 容赦ない言葉に結構傷ついたのに、ユウはさっさとまた姿勢を戻してしまう。 その上、書き物を再開しながらしれっという。 「お前が馬鹿な質問するからだろ」 「・・・・そんなに変な質問だったか−?」 「あァ。 それに縁起でもねェ」 フン、と鼻をならすユウに、現金なもので気分はあっさりと浮上した。 「どうするもこうするも、焼いて終わりだろ。 いや、AKUMAにやられたら遺体も残んねェか?」 次の一言でまた地の底だが。 ・・・まぁ毎度のことなのだけど。 とほほ、と悲しい気分でうつむくと、こちらに背を向けて机に向かうそのままで、ユウの声。 「・・・じゃあお前、俺が死んだらどうするんだ」 「ユウが死――」 死んだら? そんなの怖くて言葉にしたくもない。 「・・・やだ」 「ラビ?」 「離れたくないさ・・・・・」 「・・・・・おい馬鹿ウサギ。俺を勝手に殺すな」 ジトリとした視線が向けられて、涙目で俺はそれを睨み返した。 「ユウが言ったんさ!」 「お前が先に言い出したことだろ!」 「そりゃ、そうだけど・・・・・・っ」 くしょりと沈んだ俺に、大きくため息をついてユウは席を立った。 「お前そんなんでほんとに大丈夫か?」 つかつかと歩み寄ると俺の額にデコピンをかまして、仁王立ちのユウは椅子にもたれた俺を見下ろした。 「・・・・・いつか俺だって死ぬんだぜ。 これでも人間だからな」 「うん、知ってるさ。知ってる、けど、理屈でどうなるもんじゃ、ないん、さ・・・・っ」 「・・・・・・・」 ボロボロと泣きだした俺にユウは思いっきり眉間にしわを寄せ、聞えよがしに舌打ちをした。 かなり乱暴な手つきで俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる、というよりかき回す。 「どうしろっつーんだよ。死ななきゃいいってか?」 「ちがっ・・・そんなの、ユウじゃないし・・・・」 「じゃあどうすんだ。 俺より先に死ぬか? お望みどおり”死ぬまで一緒”だろ」 「それもやだ・・・・っ」 ぐ、とユウを抱きよせた。 座っているから俺の方がずっと低い位置にいて、抱きしめるというよりは、ユウの腹に頭を押しつけているような格好だったけれど。 「・・・・俺が死んでもユウは悲しくない?」 「さぁな。そんときになってもねェのにわかるかよ」 「ユウの馬鹿」 「ああ、馬鹿で結構」 「薄情者・・・・・っ」 涙があとからあとから零れた。 ユウがぼそりと、つめてェ、呟いたけれど、お構いなしに抱きついていた。 「馬鹿」 「馬鹿に馬鹿って言われたくないさ」 「・・・・ガキ」 「ガキじゃない」 「・・・・・・・ウサギ」 「・・・・長生きして、ユウ」 「あァ? 俺はジジイかよ。 ・・・オイ、いい加減に離れろ」 「・・・・もう少し」 「ちっ」 「ごめ・・・・困らせて」 「謝るくらいならすんな」 ホント馬鹿だよな。 ため息交じりに呟かれても、俺は何も言わずにじっとユウの体に頭を寄せていた。 服越しに、頬にじんわりと伝わってくる、熱。上の方からかすかに聞こえる鼓動。 それが失われてしまうのはおそらく遠くない未来。 でもきっと俺は、願わくば俺は、その最期にすら、触れることなく。 声が震えた。 「覚えとく・・・・から」 「あ?」 「ユウのカタチ。ユウの匂い。ユウの感覚。ユウの声。ユウの熱。みんな俺が記憶しとくから。 いなくなっても、いつもこの腕の中にいるみたいに。すぐとなりにいつも、ユウがいるみたいに」 「・・・・なんだよソレ」 気持ち悪い、と言われるかと思ったけど、ユウは、まぁお前ならできそうだな、なんて、独り言みたいにこぼしただけだった。 努めて明るい声を出そうとするのに、思うようにいかなくて結局変な加減になった。 「うん。ブックマンの名にかけて」 「・・・・・ばーか」 「だからいっぱい、記憶さして」 「散々やってきただろ」 「まだまだ、全然足りないさ。 この先何十年、何百年経っても、忘れたとことか、曖昧なとことか、ないようにしたいんさ」 「何年生きるつもりだ・・・・」 「・・・・・ずっと。ずーっと。ユウの中で一生生き続けて見せるさ」 「・・・・すぐ忘れちまうぜ。 なにしろ俺は馬鹿だからな」 「じゃあ、馬鹿なユウでも忘れないくらい何度も、ぎゅってしよ・・・」 ふいに俺は頭を離して、ユウを振り仰いだ。 なんとも言えない表情で、俺を見るユウ。 くっと唇を噛んで。 瞳に浮かぶのが何の色なのかわからぬまま、俺はその頬に手を伸ばしていた。 [世界から隔離する接吻] ――この世界の法則も、宿縁も、何もかも無視をして誓いをたてよう。 それがまやかしにすぎないとしても。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 03 世界から隔離する接吻 ずーっと一緒にいようね、なんて、できもしないことをしれっと言うラビたんと、お前なぁ、とか言いつつ深く つっこまないユウちゃん、みたいな、熱いんだか冷たいんだかわからない関係が好きです。いや、冷たいか。
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