頭にこびり付いて離れないそのメロディーを、どうにか引きはがしたくて乱暴に布団をかぶった。 [うたを乗せたくちびる] 「おはよ、ユウ! ・・・・・・・なんだぁ? 随分機嫌悪いさね」 「うるせェ」 朝食の蕎麦をぱくついていると、例の如く赤毛の阿呆――もといラビが寄ってきて、神田は眉根を寄せた。 嫌そうな反応もいつものことなので、ラビもさして気にせず向かいの席に陣取る。 吊り上がった目元に薄っすらと隈を見咎めて、今度はラビの方が眉をひそめた。 「・・・あんま寝てねぇの?」 「・・・・・・さぁな」 「ちゃんと休息は取らなきゃだめさ! ただでさえユウは働き過ぎなんだから・・・!」 「あーもうわかったから身を乗り出すなツバ飛ばすな! ったく・・・」 頭がくらくらする。 半分ほどしか手をつけていないざるをそのままに箸を置き、席を立とうとした神田より一拍早く、ラビは席を立っていた。 神田の手を強引に引っ掴み、ぐいと引っ張って食堂を後にする。 「おいこら、待・・・・・っ」 「駄目」 「・・・自分で歩くッッ!!」 力任せに腕を振り回すと、わりとあっさりと腕を離してくれた。 やけっぱちになって、神田はずんずんと回廊を進む。 乱暴に鍵を鍵穴に突っ込み、自室のドアを蹴り開けた。 ブーツを放り出して寝台に倒れこむ。 眠気のねの字もなかったが、申し訳程度に布団を体に巻きつけて、入口には背を向けて目を閉じた。 ややあって、静かに扉の閉まる音がした。 靴音が近付いてきて舌打つ。 入っていいと許可を与えた覚えはないのだが。 「・・・・・入ってくんじゃねぇよ」 「・・・・・・・見張ってないと、ユウ大人しく寝ないじゃん・・・・・」 「眠くねェからな」 「体には必要さ」 「必要なら眠くなるだろ」 「ならない時もあるさ」 ラビの手が伸びてきて、そろりと後ろ髪を束ねていた紐が解かれるのを感じた。 ぽんぽん、とあやすように、優しく体を叩かれる。 「子守唄、歌ってやろうか?」 「ふざけんな」 ガキじゃあるまいし――神田の呟きを綺麗に無視して、ラビは穏やかな旋律を唇に乗せた。 (聞く気がないなら聞くんじゃねぇよ) いささかむっとしながらも、流れてくるメロディーに耳を傾ける。 閉じた瞼の裏に、二度と目を覚まさない老人を胸に抱いた人形の姿がよぎった。 間違ったことを言った覚えはない。 だから、後悔はしていない。 あの人形が死にかけのじいさんとした約束よりも、一刻も早くイノセンスを回収して帰ることを優先したことを。 なのに消えない。 任務のために非情ともとれる決断を下したのは今回に限ったことではないのに。 静かで、淋しくなるほど綺麗なメロディが。 誰かを救えるような破壊者になりたいと泣いていたヤツの姿が。 こんな気分になるのは、多分アイツの、甘ったれのモヤシのせいだ。 むしゃくしゃして寝がえりをうった。 ついでにラビを睨みつけて、低い声でだまれと告げる。 イライラした様子の神田に、ラビは歌をやめてため息をついた。 「やっぱ寝不足なんじゃんか・・・・」 「違うって言ってんだろ」 「じゃあなんでそんなにイライラしてんさ」 「・・・・・イラつくことがあったんだよ」 吐き捨ててから、ふと思いついてラビの方を見た。 「もし・・・・」 「ん?」 「イノセンスがアクマに取られそうで、そのイノセンスは人形の動力で、取ったら人形は動けなくなるとする。  人形は人形の持ち主と恋をしてて、先の短いソイツと最後まで一緒にいるって約束してた。  でもさっさと回収しないとイノセンスが危ない。  ・・・・そんな時、お前ならどうする?」 「イノセンスを取るか取らないかってこと?」 「そうだ」 自分はイノセンスを取ろうとした。 あの甘ちゃんは残す方を選んだ。 ならばこの男はどうするのだろうと、神田は純粋に興味が湧いたのだった。 ラビは少し考えるそぶりを見せて、 「んー・・・そうさねぇ・・・・・。 状況にもよるさ」 「たとえば?」 「ユウが怪我して一刻も早く帰らなきゃ! って状況だったら、俺は迷わずイノセンスを取る」 「・・・・お前に聞いた俺が馬鹿だった」 真面目に答えろよな、ぶつくさ言いながら再び寝がえりを打つと、背中に真面目さ―という返事が降ってきた。 「だって俺はそんな人形の想いよりユウが大切だもん」 「お前な・・・・・・・」 「綺麗ごと言ったってしょうがないさ? かわいそうだけど・・・人形だって同じだろ。 イノセンスの回収を先延ばしにすればするほど、それを守るために俺達は戦わなきゃならない。  俺達が怪我したりするかも知れないことより、自分が恋人との約束を果たすことを選ぶって意味さ?」 「そりゃ・・・・・そうだが」 「だから、状況次第。 こっちにデメリットが少なけりゃ、少しは手助けしてやりたいって思うけど」 「・・・・・・・意外だな」 ぼそっとつぶやいた神田に、ラビは苦笑した。 「そう?」 「・・・・もっと、人形の肩をもつのかと思った」 「俺はそんなに優しい人間じゃないさ。 器用な人間でもないし」 「別にそうは思ってねェが」 「そうですか・・・・・」 神田はなぜラビががくりと肩を落とすのか、よくわからなかった。 いつのまにかベットの縁に腰かけ、床に視線を落したまま、でもさ、とラビは続ける。 「人形なんだよなぁ、そもそも」 「・・・・・・人間にそっくりな、な」 「でもヒトじゃないだろ」 「・・・・・・・・・・それでも」 ・・・・アイツらはきっと繋がってたんだ。 ヒト同士以上に。人形同士以上に。 少しでも、ほんの一時でも長く一緒にいたいと願った。 相手の最後を見届けるのは、自分でありたいと願った。 あの想いはきっとなまなかなものではなかったのだ。 神田は静かに瞑目し、うつむいた。 その頭にぽすんと大きな手が乗せられる。 「・・・・・責めてほしかった?」 「何がだ」 「お仕事優先にもほどがあるんじゃねぇの、とか?」 「・・・・・何の話をしてんだよ」 もしもの話っつったろ。 顔を伏せたまま、不機嫌な声が返ってくる。 神田は内心大きく舌打ちをしていた。 この男、いったいどこまで知っているのか。 ラビはからからと笑って、ちょっと想像頑張りすぎたさー、なんておどけてみせた。 それから急に静かになって、優しく神田の頭をなで続けた。 そのくすぐったいような心地よさに身をまかせながら、神田はぼんやりと考える。 頭の中でもつれていた糸は、ヤツと話をするうちに随分ほどけてきたようだった。 ・・・・・ようやくこのメロディも、心の奥へしまいこんでしまえるくらいに、整理がついたようだ。 「・・・寝るからでてけ」 「やだ」 「・・・・・・」 短く嘆息して目を閉じた。 ラビは相変わらず神田の頭を撫でている。 「・・・・・・・ユウはもうちっと非情になんないとだめさ」 「あァ? 何だ聞こえねぇ」 「ううん、こっちの話」 神田は追及するのも億劫で、しばらくぶりの強い眠気に誘われるまま意識を手放した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ うたを乗せたくちびる――君の止まり木になれたら ユウちゃんは任務が終わる度犠牲になった人のこととか考えて心を痛めてたりして。 ラビはむしろその任務でユウちゃんが負った怪我とかのが心配なんだけど、 そゆこと言っても取り合ってもらえないのわかってるから黙ってるの。 でも心配だからそばにいて、それが実は結構ユウちゃんには支えになってたりして・・・。 という妄想。       ・BACK・