――正気を失う訳にはいかない。

唇に残る鋭い痛みにだけ意識を集中させていた。
























[血が滲むほど噛みしめて]






















元帥を追っていたノアを倒して。
それから扉を潜れたのか――あの戦いの後、自分がどうしたのか定かではない。
気がつけば俺はどこか真っ暗な空間を漂っていた。



破れたはずの団服は元に戻っており、体に負ったはずの無数の傷も見当たらない。
消耗しすぎたせいで治りの遅くなった体では、到底治癒しきれなかったろう速度だ。
いや、そもそもあれからどれだけの時間が経っているのか。




「チッ・・・・・」



自分の置かれた状況を何一つ掴めなくて、思わず舌打ちをもらす。
確かなのは、自分がこうして、まったく行動に支障のない状態で、”どこか”にいるということ。
もちろん、それがわかっているとて情報の内にも入らない。

ただただもどかしい。 先に行ったヤツらはどうなった。 方舟は?







――思考を中断するように、闇だけが支配する空間に誰かの声が響く。




「へぇ、さすがロード。 こんなこともできるんだな」




闇から浮き出るように現れた人影が、どうやら声の主らしい。
ソイツは立ち尽くす俺の方へゆっくりと歩いてくる。
カツコツ、と、どういう原理かわからないが、ソイツが一歩進む度に石造りの床を踏むような音がした。
否、その足元にはいつの間にか石造りの床が広がっていた。
――気づけば、窓のない石壁が迫る小さな小部屋の中で、俺はその男と対峙していた。





「誰だ、テメェは」
「随分だな。 どういう状況にあるかわかってる? アンタ」
「知るか」



イライラと吐き捨てた俺に、男はクツクツと笑う。
目まぐるしく変わる状況に動揺を隠せない自分に対して、男は飄々とした態度を崩さず、それがまた癇に障った。 
男はまた一歩進んで距離を詰める。 その顔をはっきりと捉えて、気づいた。



「あの時の天パか・・・・」
「覚えててくれたんだ? 嬉しいね。 俺もお前のことが気になってさ」
「答えろ。 他の連中はどうなった?」



ギロリと睨みつけるが、男――天パのノアは動じるでもなく、相変わらず口元に笑みを貼り付けている。
切り刻んでやりたいが、六幻は何故か手元にない。 あの戦いで散逸したままなのか、理由はともかく、ないものはどうにもならない。

何も答えないノアに焦れて、再度問う。




「――答えろ。・・・・・・・他の連中はどうなった!?」
「・・・・さぁ」
「テメ・・・・ッ」
「答える義理はない。 まぁ強いて言うなら、ここに俺がいることが答えかもな?」



ニィっと笑ったノアに、衝動のまま殴りかかる。
読まれていたのか、あっさり避けられて、逆に俺は床へと組み伏せられていた。



「・・・・・・・・ッ放せ!!」
「駄目。 言ったろ? アンタのことが気になってたって。 まさか生き延びてるとは思わなかったけど」
「離れろ・・・・ッ」



覆いかぶさっているノアを退けようとするが、叶わない。 俺はこんなにも非力だったか?



「無駄だ。 ここは俺のテリトリー。 俺ってかロードだけどな。
ともかくここは普通の世界じゃない。 フェアゲームじゃねぇんだよ、少年」



間近に感じるヤツの息が不快だった。


易々と殺されてやるつもりはない。ナイフなりなんなり出したが最期だ。奪い取って武器にできる。
ところがヤツは手足で俺の自由を封じ、なんと――唇を重ねてきた。










「――っっ!!」



驚いて開いた口の隙間から舌が滑りこんでくる。 噛みちぎってやりたくても耳の下の窪みをがっちりと抑えられて、口を閉じることができない。



「・・・っふ・・・・んん・・・・ッ」



思うさま貪られる。 状況に、頭がついていかない。

ここは”普通じゃない世界”で
俺は非力で。
コイツは敵で。



激しいキスに、意識が朦朧とする。 同時に総毛立つほどの不快感がこみ上げて、俺は必死で顔を背けてそれから逃れようとした。


いつ、離れたのかもわからなかった。 

服をまさぐられる感覚に、遠のきかけていた意識が急速に引き戻される。





「触るな・・・・ッ」
「まぁそう抵抗するなって。 結構上手いよ?俺」
「ふざけるな!!」
「・・・好みの美人さんなんだよな。 男なのは残念だけど」



ノアは俺の話なんて聞く気がないのか、手際よく服を乱していく。
その手が肌に直に触れる度にゾっとした。 洩れそうになる悲鳴を、理性とプライドでもって押しとどめる。
なおも逃れようと暴れる俺に、ノアは一層笑みを深くした。



「いいねぇ、燃えるよ。 でもそろそろ諦めれば?」
「誰が!!」
「強情だな」
「うるせぇ、放しやがれ・・・・・ッ」





ノアがぼそりと呟いた。



「ロード」



次の瞬間、俺は視界の端に信じられないものを見た。
この石造りの部屋の隅に、いつの間にか誰かが立ってこっちを見ているのだ。
面白ろがるでもなく、怒り出すでもなく、一切の感情を排した瞳で、ただじっとこちらを凝視している。


ラビ。




「へぇ・・・・・赤毛の少年が、少年の”この場を一番見られたくない人”か」
「な・・・んで・・・・・」
「お前の心がそう言ってる。 さて、ギャラリーを退屈させない内に始めようか?」
「・・・・ッあ・・・・や、めろ・・!!!」
「クク・・・・・見せてくれよ、赤毛の少年の前で、お前はどんな風に鳴くんだ・・・・・?」




二人の視線が突き刺さる。

一人は妖艶に笑って。

一人は無機質で、それでいて自分を責めるように。



グっと、唇を噛みしめた。 鉄錆の味がする。











「さぁ、少年」







ノアの言葉がねっとりと絡みついてくる。







「乱れて、乱れて、乱れて・・・・・・・・・・」

























「――壊れちまえよ」



無慈悲な言葉が、ザラリと耳の奥を撫ぜた。












・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
血が滲むほど噛みしめて―――負けてたまるかよ。



ラビュオンリーとか言っといてすみません・・・。
時期としては10巻後くらいのつもりで。 アレン様たちが双子とごたついてるときに、ユウちゃんも精神攻撃くらって
ピンチだったんじゃないかな!!
変態くさいマダオが好きです。違ったティキが好きです。




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