目を開くと、闇に慣れた目ははっきりと自室の天井を捉えた。 一向に訪れない眠りを半ば諦めながら、少しでも体を休めようと体を横たえたままで時が過ぎるのを待った。 ――アイツがいたら、夜遅くまでお喋りに付き合わされて、気づいたら自分はベットに寝ていて。横にちゃっかりヤツが入り込んでいて。 眠れなくて苦労するなんてこと、ないのに。 頭をよぎった赤毛の男の顔を頭から追い払うように、俺は寝がえりを打った。 人恋しいなんて、どうかしている。 でもあの温もりを、暑苦しいくらいの温かさを、欲しているのは確かで。 「どうかしてる・・・・・・」 自嘲気味の呟きは、誰の耳に入ることもなく部屋に横たわる闇に溶けて消えた。 一人でいいと思っていた。 アイツはそこにズカズカ入り込んできておいて、かといって、それ以上近寄っては来ない。 最初はそれでよかった。むしろ救われていた。自分の心には、他のヤツに割いてやる分の余裕なんてないから。 大事なものが出来て、それを失うのが怖かった。 また置いて行かれることが、怖かった。 俺の望んだ孤独を、人は強さだと言った。 俺もそれが強さだと信じ込んで、そうしてなんとかやってきたはずだった。 それ、なのに。 何で今更。 こんなにも人に触れたいと、思うのだろう。 アイツに傍にいて欲しい。 名前を呼んでほしい。 触れたい、触れられたい。 ・・・・・・一人は、嫌だ。 こんな自分は嫌だと、”強い俺”が言っている。 そうやって、どんどん弱くなっていくのだと、罵って。 弱い俺が反論する。 それは悲鳴に近かった。 仕方がないじゃないか。 だって俺はアイツが――・・・・アイツが? 「・・・・・・・・・」 暗闇の中、むくりと体を起こした。 空がうっすらと白んでいる。 鳥の音が聞こえる。 朝は近い。 ぽろり、と何の前触れもなく目から雫が転がり落ちた。 希望の象徴たる光の中、俺の胸を占めるのはただただ重苦しい絶望だけだった。 「ユウ! 久しぶりさ―!」 いつもの賑やかな声に顔を上げると、満面の笑みを浮かべたヤツ――ラビが駆け寄ってくるところだった。 俺は挨拶を返すでもなく、黙々と蕎麦を口に運ぶ。 「アー疲れた! 今回の任務もきっつくてさ、ユウはいつ帰って来たの――ってユウ!」 「・・・・・馳走になった」 アイツが隣の席に滑りこむのと同時に席を立ち、食器をカウンターへ下げると足早に食堂を後にする。 後ろからアイツの声が追って来るような気がして、さらに歩調を速める。 ほとんど小走りになっている自分に気付いて、大きな舌打ちを漏らした。 「ユウ!!!」 「・・・・ッ来るな!!」 振り向きもしないで怒鳴りつけた。 俺を呼ぶ声が途絶える。 追いかけてくる足音は激しくなる。 さして立たぬうちに腕を掴まれて押しとどめられた。 俺はそれを、力任せに振りはらった。 「ユ・・・・・」 「俺の横に立つな」 心配げに顔を覗き込もうとしたお前を突き飛ばして。 「近づくな」 それでも伸ばしてくれた手を拒絶して。 睨みつけて。 「話しかけるな・・・・・・・ッ」 言葉さえも封じて。 「イラつくんだよ、お前を見てると! 嫌いだ、お前なんか、大嫌いだ・・・・・・・ッ」 叫ぶように吐き出して、そうして逃げ出した、俺を。 どんなお人よしだって、追ってくることはないだろうと思った。 アイツを振り切って、駆けて駆けて。 どことも知れぬ廊下で足を止めた。 あの夜に、胸に込み上げた思い。 あの頬に、髪に、触れてみたらどんな気持ちだろうかとか。 抱きしめてみたいとか。 ・・・・・・・愛おしさ? だとしたらどうすればいいのか。表し方がわからない。表していいのかもわからない。 こんな気持ちは知らない。わからない。 俺はどうしたらいい? 絶望した。 こんなにもはっきりとソレはあるのに、俺にはそれをカタチにできない。 受け入れてもらえるハズもない。 ずっとこんな気持ちを抱えているくらいなら、切り捨ててしまった方が楽だと思った。辛いのは少しの間だけ。 だってまた、一人に戻るだけだ。 アイツと出会う前に戻るだけだ。 それなのに、もうあの翡翠色が、あんなに近くで自分をまっすぐ覗き込んでくることなんてないのだと、そう思うだけで身を切られるようだった。 ――だからそれは罰なんだろうと思った。 追ってくるはずのないアイツが、息を切らせて目の前にいるだなんて。 「・・・・・ッ説明しろよ!! いきなりこんな態度取られても訳わかんね・・・・ってユウ!? おま、なんで泣いて・・・?」 「何でついてくるんだよ!!」 「!? お前がおかしいからに決まってんだろ!?」 がっと手首を攫まれて、引き寄せられた。 「放せ!!」 「嫌さ」 「は・・・なせ・・・・・・・ッ」 「絶対ぇ放さねェ」 「・・・・・・・・・も、これ以上・・・・」 涙と一緒に、今までせき止めていた思いも何もかも、ぼろぼろと外に零れて行きそうだった。 「俺に構うな・・・・・・・ッ」 手の力が緩んで、解放された俺の手は重力に従ってスルリとアイツの手から抜けた。 ラビは呆けたような顔で、じっと俺の顔を見つめていた。 ぽたり、と頬を伝い落ちた雫が床に染みを作って、はじかれたようにラビは動きを取り戻した。 あっけに取られたのは、今度は俺の方だった。 そ、と俺の頬に手を添えたかと思うと、涙を拭うように唇を押しあててきた。 とっさに何も考えられないで、なすがままにまかせていたら、苦笑を浮かべてアイツは顔を離した。 「・・・・・・・・殴らねぇんさ?」 「・・・・・・」 「・・・・・・・ホント、わかんねェな、ユウは」 今度は背中に手を回され、抱きしめられた。 顔は見えないが、アイツのすまなそうな声がした。 「ごめんな・・・・・でも俺は、こうしたい。 どんなにお前に拒絶されても、傍にいたい。 お前はうざったくてたまんねぇのかもしれないけど・・・許してほしいさ」 ぎゅ、と腕に力がこもる。 「気持ちを返してくれなんて言わない。だから、お願いさ・・・・」 離れて、いか、ないで・・・・・・・・・・ 力をこめて胸を押すと、案外簡単にラビは体を離した。 次に俺がとる行動に、アイツはまた目を見開いて驚くのかな、とぼんやり考えた。 そういえば、アイツと真正面から目線を合わせるのは、ひどく久しぶりな気がした。 [つま先立ちで縮む距離] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ つま先立ちで縮む距離――目線を合わせて。 たまにはユウちゃんがラビを好きな話を書いてみたかったんですが、なんというか・・・不完全燃焼!! もっと精進します。 背景はコチョウランです。花言葉は、「あなたを愛します」。 ・BACK・