底なしに落ちてゆく。








崩れて舞い上げられていく瓦礫で賑々しかった視界は、いつしか漆黒の闇に覆われていた。
重力でどこまでも落下速度は上がっていくのに、自分をすっぽりと包みこむ闇のおかげで、次第に上下の感覚すらなくなっていく。







奇妙な浮遊感。



終りのない急降下。






頬に風は感じるのに、服はバタバタと風をはらんでいるのに、風を切るひゅうひゅうという音も、服のはためくばたばたいう音も、耳を打つごうごうという風の唸りもない。
全くの無音。それが余計に、感覚をおかしくさせる。


自分が落ちていることさえ忘れそうになる。














[空気が零れてひゅうとなく]














それは夢に似ていた。夢の中で、どこかから落ちる感覚。


音もない。


視界も閉ざされている。


――けれど、落下している感覚だけがある。


目が覚めたら自室の床の上に転がっていて、なんだベットから落ちたのか・・・思いながらもぞもぞとベットに戻る。
そんなオチだったらどんなにかいいだろう、思ってラビは苦笑した。




今も腕には、イノセンスが砕けた時の嫌な感触が残っている。
あちゃー、とは思ったが、マジかよ、とは思わなかった。イノセンスとて摩耗する。
コムイの修理を受けないでの連戦に次ぐ連戦、そして弱点でもあるノアの力をもろに受け過ぎた。
限界が来ているのは承知の上だった。


アレンとリナリーの泣きそうな顔が頭をよぎった。ちっと待っててな、心の中で呟く。
自分も同じだ、ユウやクロウリーと。
信じているから託せる。先に行かせることができる。



「・・・・・・・・ふ」



彼の人の面影が目裏に甦って、ラビは小さく吐息をもらした。
最後に別れた時も相変わらずの仏頂面で、素直じゃないことばかり言っていた。


・・・・いい加減遅刻が過ぎる。

あの塔以外はもうこの方舟の中の世界は消滅したとノアは言った。
そして今、その塔すらも虚空に飲み込まれようとしている。
もうここに、油を売っていられるような”場所”なんてないはずだった。
いったいどこで何をしているのか。会ったらビシッと言ってやらんとな、と思う。





遅い、と。


あまり心配をかけさせるな、と。





・・・・・会いたかった、と。











「会いたいな・・・・・・」




改めて言葉にすると胸がざわめいた。
形をもった想いは、きりきりと胸を締め付けた。



会いたかった。


会って無事を確かめたかった。


大怪我をしていてもいい。最悪、意識不明でも、五体不満足でもいい。


生きていてほしかった。





ユウは無茶の加減が分かっていない。
梵字のことだって体のことだって、本人が一番分かっているくせに平気でとんでもないことをする。ブレーキのかけ方を知らないみたいだ。
・・・・だから、病室でボロボロのユウを胸がつぶれそうな思いで見てるのだって、慣れはしないけど覚悟できてる。
だから、だからどうか生きていて。

すがるようにそれだけを思った。





不謹慎だと思う。
そんな状況じゃないのもわかっている。
でもあの時――ロードの夢の中で、”俺”自身と対峙して。


変わりたくない俺と、


変わってゆく俺。


その狭間で、どっちつかずなまま漂って、そうして次第に心にこごっていったもやもやとしたもの。
あの霧が、少しは晴れた気がして。
炎に巻かれて体の中も外もヒリヒリするし、死にかけたっていうのに妙に気持ちはすっきりとしていて。
唐突に、だけど、震えるほど強く、その想いは俺を揺さぶった。




ユウに会いたい。

今、すぐに。 今この時に。

ユウに会いたいよ。・・・ねぇ、なんでここにいないの。




晴れ渡った胸の爽快感が鮮烈過ぎて、こごりが消えた後の胸の隙間が空虚すぎて、落ち着かなかった。
なんだか妙にすーすーして、泣きたくなった。

こんな時こそ彼にいてほしかったのに。
それは、ひとつ壁を乗り越えた自分を褒めてほしかったのかもしれないし、ずっと寄り添ってきたもやもやとお別れするには、
一人は淋し過ぎたからかもしれなかった。






そして今だって、仲間がバラバラで、タイムリミットは迫っていて、自分の身すら危ういこの状況で、性懲りもなく考えるのはこんな情けない願いだけだ。



ふと思い立って、下方に目をやった。 吹き上げる風で目が痛いし、息もしづらい。
ほんの少し期待したのだが、そこには闇が口を広げるばかりで、ちっとも終わりは見えなかった。



もし・・・・もしユウがこの先にいたら、たまには俺が怒鳴ってやろう。どれだけ心配してたのか、わからせてやろう。
そしたらきっと彼は面食らったような顔をして・・・・・・・とりあえず謝るんじゃないだろうか。
そうしてから、なんで謝ってんだ、とか思って不機嫌な顔になるんだ。きっと。
仲間のことを、彼のことを思えば力が湧いた。絶対皆で帰るのだというあの約束を、反故にする気はさらさらない。




ぐん、と体にかかる力が強くなるのを感じた。
慌てて再び下方に目を転じれば、闇が一点に集束しているのが見えた。
闇の集束なんて、本当に見えているのかわからない。
でも確かにそれは目の前で起こっていて、あれに巻き込まれたらヤバイ、ということだけはヒシヒシと感じた。




「ひゅー・・・ヤベェさ」




滲んだ汗は玉になって上方に舞っていった。








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空気が零れてひゅうとなく――絶体絶命


たまには原作ベースで・・・ラビ落下後と122夜ネタ。
いい加減ラビだってユウちゃんが恋しいと思うんですよどうですか。



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