ねえ、もしも







俺がラビじゃなくなっても、ユウは、俺に会いたいと思ってくれる?

俺をラビに戻そうとしてくれる?





そう、それは、もしもの話。




















[端を持ち上げてにっこりと]






















道の両脇には商人たちが敷物を広げ、あるいは屋台を組み、思い思いに店を構えて。
魚の群れのように往来する人々に向かって、さかんに声をかける。
人々の足音、衣ずれの音、声、声、声。
なんとなく皆が避けて通るため、ぽかりとあいたこの空間は、人の流ればかりかそうした音の洪水すらも締め出してしまっているように感じられた。
俺とアイツの間にはただ沈黙だけが、静かに横たわっていた。






ひと月ほど前のことだった。

ブックマンとラビの二人が、任務先で消息を絶ったのは。
現場には点々と転がるAKUMAの残骸。 Lv1のものばかりだったが、それだけで決定的な窮地ではなかったと断じるわけにはいかない。
二人を脅かした強敵は逃げ去ったという可能性が高いからだ。
二人が倒せないほどの強敵だったという、可能性が。
遺体は見つからなかった。けれど二人も見つからなかった。
――そして教団内に、彼らの殉職の報がもたらされた。




リナリーは泣いていた。

モヤシも、誰もかれも。

その悲嘆にくれる誰もかれもが、俺を目にしては気の毒そうな表情を作った。慰めの言葉をかけた。





俺には一滴の涙も湧いてこないというのに。












もっと取り乱すんじゃないかと危ぶんでいたのが嘘のようだった。
心は凪いで、一片の波さえない。
アイツはやることをやって、そして逝った。
それが志半ばだったというなら、生者が引き継げばいい。それだけのこと。それだけの、こと。



棺がカラだという事実が――動かないアイツを見なくて済んだということが、どれだけ俺を支えてくれているのか。
俺はあえてそれに気付かないふりをしていた。
静かにアイツの死を受け入れたふりをした。強いふりをした。冷徹なふりをした。
“ふり”はあまりにも杜撰だったから、何をしていてもアイツの声が聞こえた。
いつとなく、夢に見た。面影を探した。



それでも、俺は認めたくなかったんだ。

ただ自分が、ラビの死を現実と認められてないだけだなんて。











そんな調子だったから、最初は身間違いだと思った。愚かな自分の心の見せたまやかしだと。
でも追わずにいられなかった。 無理やりにでも振り向かせて確かめないわけには。
雑踏に飲み込まれる寸前で袖を引っ掴み、こちらを向かせたその男の見慣れた翡翠色の瞳は、困惑をたたえて俺を射抜いた。

























「・・・・・? あの?」


いきなりなに、と困ったように、というよりは幾分非難をこめたその声も、自分の聞き慣れたモノだ。
俺は我も忘れてその男を怒鳴りつけていた。


「馬鹿野郎!! 今までどこをほっつき歩いてやがった!!」
「は・・・?」
「連絡のひとつもできねェのか!? どれだけの騒ぎになってると思ってる、馬鹿・・・・・馬鹿、野郎・・・・ッ!!」
「・・・・・・」


ヤツは言いつのる俺を気違いでも見るような目で見て、小さくため息をついた。
その態度にカチンときて罵倒を重ねようとしたが、一呼吸早くアイツが口を開いた。



「・・・・人違いじゃない?」



・・・・・・そんな言葉で俺が騙されると思っているのか。
お前の姿も、声も、忘れるものか。間違える、ものか。
どんなに耄碌したって、違えたりしない自信がある。
それほど深く、お前は俺に深く入り込んでいたんだ。



確固たる自信があるのに、見え透いた嘘など笑い飛ばしてしまえばいいのに、言葉は喉の奥にはりついて出てこなかった。 

息が詰まる。 めまいがする。

衝撃で頭が真っ白だった。 







「・・・・ふざけるな・・・・・」
「・・・そう言われても、俺にはあんたと面識もなけりゃ、もちろん怒鳴られる理由もないんだけど」
「いい加減にしろ!! ・・・・まさかお前、記憶が・・・?」
「いい加減にしてもらいたいのはこっちだよ。 ・・・ったく、どうしてわかんないかなー。
俺と、あんたの探し人は、別人。 俺の名前は――だ。 違うだろ?」


一向に聞く耳を持たないのに苛立ちがつのって、気づけば俺はヤツの肩を強く掴んでいた。


「てめぇはラビだ!! 下手な芝居打ってんじゃねぇよ!!」
「だから・・・人違いだって言って・・・・・」
「違わねぇ!! 間違えるはずがあるか!! お前の顔なんざ、忘れたくっても忘れられねェんだよ!!」


肩に感じる痛みにか、顔をしかめて俺を押しのけようとするその手首に、目立たないようにくくられた銀の光を目にして、――俺はようやくそれを悟った。







星降る夜の“もしも”が現実になったのだと。






















『ねえ、もしも』
『俺がラビじゃなくなっても、ユウは、俺に会いたいと思ってくれる?
俺をラビに戻そうとしてくれる?』



次の場所に行ったら、名前と一緒に俺であることを棄てる。
俺は新しい場所での俺にならなきゃならない。 それがルール。
それでもユウは、”俺”に話しかけてくれる?
何もかも忘れたふりしてる薄情な俺をさ、怒鳴りつけて、目ェ覚ませって言ってくれる?
絶対思い出すわけなんてないのを承知で、・・・・。


・・・それくらい強い、気持ちで。



あの夜。
アイツは思い出すだに情けない声でほざきやがったから。


『・・・・・・・当たり前だ』


こともなげに答えてやったら、一瞬虚をつかれたように瞠目して――この上なく幸せそうに笑った。























なぁラビ。その時が来たのか。 なら一言くらい言って行けよ。なんてややこしい去り方をしてくれるんだ、お前は。
第一お前は全部忘れたはずだろう。 何で銀ボタンなんか、これ見よがしにぶら下げてやがるんだ。


本当は気づいて欲しいんだろう? 気付かせてほしいんだろう?

いくらでも呼んでやる。だから・・・・





「帰ってこい・・・ラビ・・・・・・・・・・・」





ヤツは何も言わない。

俺を振りほどいて、この目の前のわからず屋の男への対処に困っているという風に、頭をかいた。
アイツが取り繕うように口元に張り付けた微笑みを、剥がしてやりたくてしょうがなかった






「・・・・ッへらへらしてんじゃねぇよ!!」


八つ当たり気味に声を張り上げた。
ヤツの弛んでいた口元が引き締まり、かわりに眉がひそめられる。
何を言っても無駄だと思ったのだろうか、黙したままで、俺の言葉を待っている。




ラビは二度と戻ってこないことを知っているのにそれでも、・・・・それでも俺はその瞳の中にもう一度自分を映したくて必死だった。




































――俺がラビじゃなくなっても、ユウは、俺に会いたいと思ってくれる?


――当たり前だ。









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03.端を持ち上げてにっこりと――笑いかけて、もう一度


パラレルもいいとこですが。もしもラビが教団を去ることになったらという妄想。
名前を捨てたら別人になるってことは、それぞれの名前の時の想い出とか引き継がないわけで(まぁもちろん
覚えてるんだろうけど)昔の知人とかにあっても知らんぷりだよなもちろん、というところから発生。

なんか本当にどうしようもない男になりました。ごめんラビ。そしてユウちゃん。




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