「そんなん、俺の名前じゃねぇよ」

鼻で笑われたから、ムキになった。











[くちびるの使い方]










動機は単純だった。

自分の大切な人の名前を呼んでみたい。みんなが呼ぶファミリーネームじゃなくて、ファーストの方。
ユウの友人みたいな立場をようやくゲットしたから、ユウは俺の特別で、ユウにとって俺も特別なんだって、目に見える形で示したかったというか。
まぁくだらないといえばくだらない考えから始まった試みは、そうは言っても命がけ。 以前からかい半分でコムイが呼ぶのを見たことがあるが・・・・・思い出すだに恐ろしい。
内心びくびくしながらも、どうにか初呼びを試みたのだが。
ユウときたら軽く眉を跳ね上げただけですぐハッと笑い飛ばし、発音がなってねぇな、と、こうだ。

斬られなかったことは喜ぶべきなのだろうが――コムイの時は、発音がどうのという以前に問答無用で斬られていたし――釈然としない。
意地でも完璧に発音して、ユウを驚かせてやりたいと思った。











「・・・・おい」
「何さ?」
「俺の顔に何かついてるかよ」



俺の向かいに座ったユウが、不審げに眉をひそめる。 あまりにじっと顔を見つめていたからだろう。


「何も?」
「じゃあなんでそんなに見る」
「気にしなくていいさ〜。 ささ。もっと喋って」
「なんなんだよ・・・・」


チ、と舌打ちをしてユウは顔を背けた。
慌てて俺はユウを取りなす。 機嫌を損ねさせてはいけない。


「わ、悪かったさユウ! だからこっち向いて!」
「・・・・・・・」
「このとーり!  だからひとつだけ頼みを聞いて欲しいさ!」


相変わらず眉間に深い皺を刻みながらもこちらへ向き直ってくれたユウに、俺は意を決して願いを告げた。



「日本語の50音の発音して!」















「ユー・・・・・違うさ、ユー・・・・・」


教団内に山ほどある、使われていない物置だか何だかわからない部屋。
そのひとつに入り込んで、きちんと鍵もかけて、音が漏れないように極力部屋の奥の方でうずくまって。
明かりが漏れないように気を使っているから見にくいけれど仕方ない。 暗い部屋の中で鏡を片手に、
先ほどのユウの発音を思い出しながら、似せるようにして発音を繰り返す。


変な顔をしながらも律儀にやってくれたユウを思い出して、こみ上げる笑いをなんとか堪えた。
突飛過ぎたからかえって叶えてもらえたのかもしれないさ、と思う。




チラリと頭をよぎるいくつもの考え。
俺だけがユウと呼んだら、皆は不審に思うだろうか。 きっとジジィはいい顔しないさね。


ユウも不審に思うのだろうか。




「・・・・たぶん、大丈夫さ」


自分が「ユウ」と呼ぶのはからかいのため。ふざけた男がまた懲りずに神田を怒らせている、皆はきっとそう見るだろう。 ユウ自身もそう思うだろう。




気を取り直して、再び練習を始める。
鏡に映る唇の形は、徐々に記憶したものに近づいていった。






















「おはよーユウ」


あくる日、食堂へ誘うために部屋を訪ねたユウへ、どきどきしながら呼びかけてみた。
ユウはいつものように、ああ、と返事をしかけてそこで動きを止めた。 違和感のもとを探るように眉をひそめ、まさか、という感じで俺の顔を見た。


「もっぺん・・・・言ってみろ」


心底驚いた顔で窺うように言われて、俺は嬉しくなって何度もその名前を呼んだ。



「ユウ!  ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ!!」
「調子に乗んな!!」
「ええ!? ちょ・・・っいきなり抜刀はないさ!!」
「フン」


六幻を片手に、戸口の所にいた俺の横をさっさと抜けて、ユウは廊下に出る。


「二度と俺のファーストネームを口にするなよ」
「・・・・もっぺん言えって言ったくせに・・・・・・・・」
「ああ?」
「・・・・・・何でもないさ」





俺はひどく浮かれた気持ちで、ユウと食堂へ向かった。












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くちびるの使い方―――名前を呼ばせて。





口の形ひとつで音って意外と変るもんですよ。




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