―――いつか終わりがくることは知っていたんだ。 [慄きながらも終わりを告げよう] こういうのを虫の知らせというのだろうか。 深夜にふいに目を覚まして、教団の外までふらふらと出てくるなんて。 任務から帰って来たばかりで、抜け出すことのできない泥のような眠りの中にあったはずなのに。 自然な目覚めでは決してない。 それは、この体の重さが証明してくれている。 でも俺は起きなきゃいけなかったんだ。 どこかでそれを知ったから。 どうしても、会わなきゃならなかったから。 そうだろう?―――― 「ラビ・・・・・・・・・・・・・・」 月をシルエットに、人影が三つ。 うち二人がそろって身につけている幾何学的な文様入りのマントは、ヤツが教団に来たばかりの頃に着ていたもの。 ヤツの――ラビの手を取っていた幼女が、俺に気づいてにっこりと微笑んだ。 「こんばんわぁ」 「・・・誰だ」 「ボク? ボクはねぇ――」 考えるように視線を彷徨わせ、口元に一本立てた指をあててクスリと笑った。 「ひみつぅ」 「そうか」 「あは、うそうそぉ。 ボクはノアだよ? 君たちの憎い憎い敵のねぇ」 「・・・・・・一人で敵陣視察か? なかなかの度胸だな」 幼女は目を丸くすると、こらえきれずといった様子で噴き出した。 あはははは、と笑い転げる少女と手をつないだまま、アイツは微動だにしない。 月の光が明るすぎて、ラビの表情は見えなかった。 「度胸ぉぉ〜? 面白いこと言うんだねぇ。 ボクらは君たちが何人群れてようと、ちっとも気になんてならないよぉ」 相変わらず馬鹿にしたように笑う小娘のことなんか、正直どうでもよかった。 ――状況から、嫌でも答えは出ていた。 でもアイツの口から聞くまでは、信じられなかった。信じたくなかった。 どんなに見苦しくても、僅かな希望に賭けていたかった。 「――中へ戻れ、神田」 静かな声がラビたちの後方から聞こえてきた。 「・・・・どういうことだ、ブックマン」 「我らはただ記録するのみ。 記録地が変わる、それだけだ」 「教団を裏切るのか?」 「裏切るのではない。 もともと我らはどこにも属さない」 「同じことだ」 「――イノセンスは置いてきた。 適合者はまた探せばよかろう。 他の地へ赴いたとて、求められれば情報は提供する」 「ノアの側について、そして戦うことを求められたらどうする」 「教団にいた時とかわらん」 「それは裏切るってことだろうが」 「我らは誰の利にもなり得るし、また害にもなろう」 言って、それ以上話すことはないといったように、強引に話を打ち切った。 「我らはゆく。 お前は戻るがいい。 騒ぎ立てずとも、朝には知れることだ」 「そうそう。 ボクはブックマンを迎えに来ただけだからぁ、君が大人しくしててくれれば何もしないよぉ」 ブックマンは踵を返し、どんどん遠ざかっていく。 目指す方向には、ピンクと黒で豪奢に飾り立てられた扉がぽつんと立っていた。 幼女も別れの挨拶のつもりかひらひらと手を振り、扉に向かって歩き出した。 ラビは動かない。 思わず一歩二歩、と踏み出して、顔を覗き込んだ。 この期に及んでも、納得しきれない自分が情けない。 「・・・・・そういうことだからさ、ユウ。 ごめんな」 ラビは意外にも落ち着いていて、笑みすら浮かべて言った。 なにがそういうことなんだ、そう問うこともできたし、馬鹿野郎、あっさり行かせると思うかよ、そう言って斬りかかることだってできたのに。 不思議とそのどちらの行動も、俺の選択肢には入っていなかった。 だってアイツが。 その目はガラス玉のようだったけれど。 いかにも嘘くさい笑みだったけれど。 ――笑って、自分の道を貫こうとしているのだから。 「・・・・・・・・・それがお前の道ならいい。 頑張れよ」 俺がそう言ってやると、ラビは虚をつかれたように瞠目して、―――背を向けた。 「・・・・・愛してるよ、ユウ」 三人を呑み込んで扉は消えた。 泣いて縋りついたりなんてしない。 お前を留めることなんてできないのを知ってるから。 そんなお前だから・・・・好きになったんだから。 お前は俺を忘れるだろう。 俺はお前を忘れないだろう。 悲しくもないのに涙が流れた。 きっと、どうしようもなく胸が痛いせいだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 慄きながらも終わりを告げよう―――立ち止まってほしくないから。 私的ノアラビュ設定でお送りしました。 ユウちゃんには「行くな・・・・!」みたいなことは言ってほしくないし、ラビにしても散々迷うんだろうけど、 最終的にノア側につくと決めたんなら最後で躊躇して欲しくないです。 ラビの「愛してるよ」は、半分意図的。 ユウちゃんに忘れてほしくなくて・・・・あとは、簡単な嘘さえもつけなくて。 ・back・