ラビは大きくため息をついた。

長く長く息を吐いて、顔を上げる。 覚悟を決める。
思いきり殴られた頬が熱をもって、相変わらずじんじんとした痛みを伝えてくる。
何故あんなことをしたのか自分でもわからない。

だけど。
















[始まりを告げた一瞬の接触]
















初めて会った時には、むしろ悪い印象しか抱かなかった。
人がわざわざ差し出した手に、一瞥をくれただけで立ち去って。
愛想のない、いけすかないやつ。
そんな奴と初任務から組まされて、ついてない、そう思ったくらいに。



いつしか惹かれていた。 

「あの人」のことを知って。
梵字のことを知って。
無茶な戦い方をする彼に呆れながらも、どんどん、惹かれていったんだ。

―――そんなにまでして戦う意味はなんなんだろう。生き繋ぐ、意味は。


最初はただ知りたいだけだったはずなのに。









始終つきまとうようになって、次第に距離を縮めて。
彼の心を開くのは、それはそれは大変な時間と労力を要したけれど、得たものを思えばおつりがくる。
強さも、弱さも、厳しさも、優しさも。
彼がその内に持つどんな性質も、俺を惹きつけてやまなかった。



冷たい態度を取られれば傷つくし。
逆に手を差し伸べてもらえたら本当に嬉しい。
傍にいるだけで幸せになれる特別な人。



唯一の人。








自分の気持ちが友人に向けるものと違うのになんてとっくに気づいていたけど。
関係が壊れてしまうよりは、なんて、ガキみたいな理由をもってきてごまかしていた。
どんな美人を口説くのにだって、こんなに臆病になったことはないのに。
どれだけ自分が惚れこんでいるかを思い知らされて、泣きたくなった。





地下水路に向かう階段の途中。
わざわざ見送りに来てくれて。 ヘマすんなよ、なんて言葉をかけてくれて。

気づいたら、二、三段高い所にいる彼の肩に手を添えて引き寄せていた。


止まらなかった。


ほんの少しだけ触れ合った・・・・・・・・んだろう多分。 悠長に感触を確かめている暇なんてなかった。
やべ、と思った時には左頬に強い衝撃を感じて、思わず数歩よろめいた。
危うく階段を転げ落ちる所だった。
ぼんやりと、階段を駆け上がっていく彼の背中を見つめながら、終わったかな、と思った。
何も考えられなくて、全ての感覚が鈍くて、自分と世界の間に一枚分厚い布でもあるみたいだった。




ただひとつリアルなのは、頬の熱と痛みだけ。






















一歩、踏み出す。


ゆっくりと階段を上がる。


下でファインダーが待っているのだろうけど、今はもっと大事なことがある。




本当はこのまま行ってしまいたい。
ありのままを伝える勇気なんてないくせに。 うまい言い訳を考える余裕すら。
彼を追ってどうするというのか。
臆病な自分をそれでもなんとか押し上げるのは、悲鳴を上げるこの心。




苦しくて苦しくてたまらないから、話を聞いてくれないか。

冗談でうやむやにしたりしないから、話を、聞いて。





滲みそうになる涙も、頭を掻き毟りたくなる衝動もぐっと堪えて、また次の段に足をかけた。














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始まりを告げた一瞬の接触―――衝動的に、ではすまない。







ありがちなネタですみません・・・・・。




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