06 ※136夜ベース 騒音を放ちまくっていたクロちゃんが別室へ 隔離 移動させられて、病室は急に静かになった。 隣のベットでは、アレンが自分の食べたものの後片付けをさせられていて、ぶちぶち言いながらゴミ袋に魚の骨やらなんやらを放り込んでいる。 目があった途端、なんですか暇なんですか手伝ってくれるんですかと畳みかけられた。 これは関わるべきじゃないと、静かに回れ右をする。 と、反対側のベットが目に入った。 ベットの上にあぐらをかいて、あのクソババア・・・・、耳を押さえながら悪態をつくユウ。 傷もちゃんと直ってないのにフラフラと出歩くからだ。耳をつかまれて二人が病室に連れ戻されてきた時は、思わず笑ってしまった。 もちろん物凄い形相で睨まれたけど。 「あ? なんか用か」 俺の視線に気づいたのか、ユウがこっちを見た。口調には苛立ちがにじんでいる。  「何でもないさ」 何でもない。 なんてこともない、日常の風景。 それが目の前にあることが、何より嬉しい。 「・・・気持ち悪ぃな。 ヘラヘラすんな、馬鹿ウサギ」 ごめんさ、と、口ばかりはユウに謝って、でも口元が綻んでしまうのはどうにも抑えることができなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 07 ※137夜ベース かたん、と音がして振り返れば、戸口の所に燃えるような赤い髪の男。 ちらりとその色を目の端にとらえて、俺はまたガラスの器に視線を戻した。 「飯食いに行ったんじゃなかったのか」 「食べて来たさ。 ほいこれ、ユウの分」 「・・・・・その辺に置いとけ」 別段食欲もわかなかったが、とりあえず指示を出せば動く気配がした。 俺はベットに腰かけて、ただ蓮の花を見つめ続ける。 軽い振動の後、人間の重みと温もりを左肩に感じた。 「・・・そんなに熱心に見て」 どうにかなるもんなんさ? 俺の髪をすき、落とし、繰り返しながらラビは、どこか無機質な声で。 その問の答えを持たない俺は、ただ沈黙をもってそれに代える。 「・・・ユウ」 こっち向いて。 しぶしぶ顔を動かせば、重なる唇。 それでも横目で花を見つめ続ける俺に気付いたのか、自分に集中しろとばかりにラビはキスを深くした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 08 「ラビ」 「んー」 「食え」 「は? ・・・むぐ」 いつものように黙々と蕎麦を食すユウの横に座って。 細い麺を吸い上げる形のよい唇に、ぼんやり見とれていたら、彼がすくい上げた次の一口が、突然俺の口の中に押し込まれた。 間接キスとか夢にまで見た"あーんv"だとか、そんな甘い考えが脳裏をよぎる前に、当たり前だが、生理的な反応が先んじる。 むせながらも見苦しく吐き出したりしないようなんとかかんとか飲み下すと、しょうゆとだしの味がツンと鼻に沁みた。 「・・・ユ、ウ。 なんなんさ、いきなり」 「ぼーっとしてるテメェが悪ィ」 「誰も突然蕎麦攻撃受けるとは思わんさ」 「攻撃じゃねェよ」 「わりとダメージでかかったさ! どしたん? なに、今日の蕎麦そんなにうまかった?」 結構苦しかったから、若干嫌味な口調で言ってやる。 するとユウはふいと視線を逸らして 「・・・大晦日だろ、今日は」 「オオミソカ? ああ・・・」 日本では一年の終わりの日をそう呼ぶのだと。 そして除夜の鐘と年越し蕎麦がかかせないのだと、何かで読んだ気がしなくもない。 「年越し蕎麦さね?」 「・・・知ってんのか」 「一応は。 日本人はよっぽど蕎麦が好きなんさね・・・」 「・・・・・縁起物だ、好き嫌いじゃねェ」 「エンギモノ?」 「先行くぞ」 出し抜けに言って、ユウはそそくさと食器を片付け、食堂を出て行ってしまった。 何か地雷でも踏んだかと首を傾げつつ、俺はすぐにユウの後を追わないで、図書室に足を向けた。 ――――『来年もあなたがつつがなく過せますように』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 09 159夜前なイメージで。 「ったくなんで俺がこんなこと・・・」 「しゃーねーさ。 人手が足りてねーんだし。・・・うおっ!とと・・・」 「おわっ!! あっぶねーな! 刻むぞテメェ!!」 「ユウちゃんかりかりしすぎさー・・・・ちょっとよろけただけじゃん」 「フン」 ユウはそのままスタスタと進んで行ってしまう。 よろけて落としそうになった荷物をなんとか抱え直して、俺は小走りにそのあとを追いかけた。 「しっかし無駄に重てーなー。何入ってんだろ?」 「俺が知るか。 研究資料とかだろ」 いかにもどうでもいいといった感じで、ユウは手に抱えたダンボールに一瞥をくれた。俺も自分の運ぶダンボールに目を落とす。 こっちの中身はなんだかカチャカチャいうような音も聞こえるし、多分薬関係のような気がするのだけど。 先頃の襲撃のため、教団本部は場所を移すことになった。今はそのための引っ越しの手伝いをさせられている。 婦長に見張られての囚人生活のような病室を出られたのは嬉しいが、教団内はどこも引っ越しの準備でざわめいて落ち付かない。 修行する雰囲気でもないし、遊んでいられる空気でもないし、結局の所手伝うくらいしかやることはないのだが、とはいえひたすら 段ボールを運ぶという単調な作業にも気がめいってきた。ユウのイライラも数倍増しだし、これを運び終えたら二人でばっくれてやろうか、 そんなことをつらつら思いながら廊下を足早に進んだ。 「あー・・・めんど」 「だまって歩け。余計イラつく」 「・・・・・・八当たりさー」 「当られたくなかったら口閉じろって言ってんだよ」 「・・・・・・」 大人しく口を閉じてて、ユウの後ろ姿を見ながらこっそりため息をついた。まったくこの人は。 せめてもの意趣返しと、ぴこぴこ揺れるポニーテールに手を伸ばした。そっと掴んで軽く引く。 途端、鋭い回し蹴りが飛んできた。 ガチャン。 「うおおおッ!! あっぶねーさ!!」 「気安く触んじゃねーよ馬鹿ウサギ・・・!」 「おま・・・それにしたって回し蹴りはないさ・・・・・」 「避けたじゃねーか」 「そりゃ避けますけど。でも今は荷物っていうハンデがあるさ。 少しはそれも考慮して・・・・  ていうかさっきなんか変な音した気がすっけど大丈夫か、」 な。 最後まで言い切る前に、俺の手にした段ボールから謎の煙が立ち上り始めた。 「「!!」」 俺たちはまともにその煙を吸い込んで、そして―― 「・・・・あは、ははは―・・・・・」 「・・・・・・・殺す」 煙が晴れたころには、妙に低くなった視点の先で、えらくプリチーなユウが青筋立ててこちらを睨みつけていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 ※08ユウ誕 「おはようございまぐぇっ」 目を開けたら目の前にアホ面、そりゃあ殴られたって文句は言えまい。 俺はラビの顔面に拳をめり込ませたまま、それを押し上げるような形で身を起こそうとした。だが、叶わない。 「・・・ひどいさー、ユウ」 「人の寝込み襲って何してやがる」 「襲ってないさ! やましい気持ちはこれっぽっちもないです!」 「じゃあこの手を離せ。 今すぐにだ」 根負けして一瞬力を緩めた隙に、両手とも寝台に縫い止められてしまった。 俺の顔の両脇に手をついて俺の手を封じている張本人は、ユーちゃんはすぐ手が出るからダメー、とかふざけたことを ほざいていて、それがまた寝起きの神経を逆なでする。 第一この男、俺より弱いはずなのに、どうしてこういう時に限ってここまで力を発揮するのか。 普段怠けてるんだったら承知しねェ、思ったらまた腹が立ってきた。 「おいラ」 「ユウ、誕生日おめでと!!」 至近距離で満面の笑顔とともに言われ、俺は頭がついていかずに間抜けな声をもらしてしまう。 「・・・・・・あ?」 「だから、誕生日!! 一番最初にお祝い言いたくて早起きしたんさー」 軽く頬にラビの唇が触れた。油断も隙もない。 ただ、俺の頭はそんなことより、今日が自分の誕生日だという驚きというか発見というかでいっぱいだった。 「プレゼントは俺! 今日一日は好きに使ってくれていいさ!」 「その言葉忘れんなよ」 「男に二言はないさ! でさ、かわりに・・・なんだけど」 ラビの瞳がじっと俺を見つめる。綺麗な翡翠色。片方だけの碧玉。 「今日は、俺と二人きりで過ごそ?」 「・・・どーいう意味だ」 「この部屋で、俺と二人っきりの誕生日しようさ! ご飯とかは俺が運ぶし。座禅も一緒にやらせて頂きます」 「なんで俺が・・・・」 相変わらずよくわからない発想だ。誕生日に二人きりで、だからどうだというのだろう。 その時、コンコンと遠慮がちなノックの音が聞こえた。 「もしもし神田? 起きてる?」 「・・・リナリーだぞ。どうすんだ」 「う。 部屋まで来るのは予想外さ・・・」 「お前、なんとかしろよ」 「へ?」 「せいぜい頑張って二人きりとやらを死守するんだな」 「うおぁぁぁ!?」 布団ごと上に乗ったラビを蹴り飛ばすと、さっさと身なりを整えて俺は六幻を手に取った。 「おら馬鹿ウサギ。いいのか? 俺は朝の鍛錬に行くぜ」 「ちょ、待っ・・・」 布団に埋もれて情けない声を出すラビに、自然と口元が綻ぶのを感じた。       ・BACK・