01 頭上には満天の星空。 ひとつひとつは細かい星々の光がこれでもか、と夜空を埋め尽くして、地上に幻想的な光を振りまいている。 「まさかユウがつきあってくれると思わなかったさ!」 「・・・お前がしつこく誘ったんだろ」 「そりゃそうだけど・・・」 「星は嫌いじゃない」 ぶっきらぼうに言って、空を見上げたユウに苦笑する。 もう随分暑くなってきたとはいえ、夜風は冷たい。 風邪をひかないようにと、持ってきたタオルケットを自分とユウにかける。 軽くこちら側へ引き寄せると、わりとすんなり体を預けてきた。 「ラビ」 「何?」 「お前、占いとかするのか?」 「は? なんとか座のあなたの今日の運勢は〜とかいうやつさ?」 「違う!! あの星の動きはこうだとか、傾きがどうだとかってやってお告げをするやつだ」 「ああ・・・・そういうのは管轄外さ」 「・・・・無駄に何でも知ってるくせに?」 「俺達が見てるのは天の動きじゃない。 この地上の動きさ」 「・・・そうか」 うつむいてしまったユウの手をそっと握る。 「何か、知りたいことでもあったんさ?」 「いや・・・そういう訳じゃない。 ただ・・・・」 「ん?」 「あんなに見たがってたから、何か意味があるのかと思っただけだ」 「意味はあるさ。 ユウと一緒にいる口実」 「馬鹿」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 02 「ユウ」 どこか甘えるように向けられた瞳から目をそらす。顔が熱くて、自分の頬にさしているだろう朱を想像して、眉間の皺を深くした。 「ユーウー」 こうなるともう意地でも振り返ってやりたくない。真っ赤になった俺を見て、ヘラヘラ笑うアイツの顔が、ありありと目に浮かぶから。 振り向いてなどやるものか、その決意は固いはずなのに。 「・・・・・ユウ?」 「・・・なんだ」 どうして引き寄せられるように、アイツの声に答えてしまうんだろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 03 「お」 図書室の奥の奥。 換気のために取り付けられた小さな鉄製の窓から、そよそよと風が吹き込んで床にたまった埃を巻き上げていた。 古くなった紙の独特の匂いに満ちた空間は、そびえるような本棚に囲まれて薄暗い。 そしてきっと、他の場所よりもほんのり温度が低い。 だからだろうか、本とはとんと縁のなさそうな彼が、こんな場所にいるのは。 冷たくて気持ちがいいのだろう、木の机に頬を押しつけて、すぅすぅと寝息を立てている。 ユウを起こさないように持っていた書物を脇へ置き、そろそろと隣に滑り込む。 こんな無防備な姿を見てしまっては、探していた本のことなんてどうでもよくなってしまった。 そぉっと机に触れていない方の頬に触れると、うざったそうにそれは払いのけられた。 起きたのかと思ってヒヤリとしたが、単に熱をもった掌が熱かっただけらしい。 暑いのが嫌いなのは知っていたけれど。 ・・・・・・涼をもとめてこんな所まで? 「・・・・・・猫みてぇ」 こみ上げる笑いを押し込めつつ、飽くことなくその寝顔を見つめていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 04 ※神田視点で ――賛美歌が聞こえる。 美しい響きが神を讃え、祝福している。 神に憐れみを乞うている。 この建物は教会なのか。思いながら視線を走らせる。 天頂に十字架。 顔を戻せば、前で先導していたファインダーが胸に手を当て、目礼しているところだった。 俺の視線に気づくと顔をあげ、慌てたようにまた前を歩きだした。 神を信じないわけではない。 かといって、それほど敬虔にもなれない。 周りは俺を神の使徒だなんだともてはやすが、だからと言って大層な信仰心を持ち合わせているわけじゃない。 俺が神に向かい合うとき、それはさながら神社で手を合わせるような気持ちで。 ただ漠然と神聖なものに面しているという感覚しかない。 そうして、ちっぽけな願いを口にする。 宿願でもなく、かといって純粋な祈りでもない。 たとえば、アイツが無事に帰ってきますようにと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 05 「――終わりっ!!」 最後の一体を破壊して、ふうと息をつく。 すぐ傍で戦っていたはずのユウの姿がいつの間にか消えていて、全身の血が音を立ててひいていくのがわかった。 慌てて見渡せば、離れたところにうづくまるユウの姿。 「ユウ!!」 声は届いていないようだった。 つのる不安。 かけよって、その肩に手をかけた―― 「大丈夫さ!? 怪我は――」 「・・・・ッ!?」 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 首筋に当たるヒヤリとした感覚。 ハッとした顔でユウが六幻を引くのを見てやっと、自分に刀が当てられていたことを知る。 「わり・・・・・」 傷ついたような顔でユウは目を伏せた。 いいんさ、と口で言っても、気にしていないことを示すように微笑んでみても、ユウはうつむいたまま身を固くしていた。 思わず抱きよせた、その体から力が抜ける気配はなくて、やるせない気持ちが俺の胸を満たした。 俺じゃ、ユウを安らがせてやることはできないのか。・・・・・ ――それは懇願、だった。 「・・・もう、終わったんさ。 休んでいいんだよ、ユウ・・・・・」
・BACK・