「・・・・・・っユウが」





目の前にいるのは、何より愛しい人だから、名を呼ぶと自然に顔がほころんだ。
でも今の俺にしてみれば、笑うのとはむしろ正反対の感情がすぐ喉元にまでせり上がってきているわけで、それをごまかすので精一杯だ。
さぞ滑稽だろう俺の姿に、ユウは無言で身を起こすと、ベットの上に座り直した。俺の言葉を待つように。



今だってこんなに困惑した顔をさせてしまっていて。 その上、俺は言うのだ。 こんなにも、ひどく、身勝手な言葉を。







「ユウが俺を、エクソシストにしたんだよ」


















[ 声 ]
















月明かりが薄ぼんやりと室内を照らしている。
二人ベットの上に座り込んで。 時間は夜半を過ぎた頃か、しんと静まり返っている。
あまりに静かすぎて、光がしんしんと積もっていく音が聞こえる気がした。
ユウのさらさらの黒髪に奇麗に天使の輪ができていて、もしユウは本当は天使で、このまま窓から飛んで行ってしまったらどうしようなんて、取り留めのない考えが頭をよぎった。


自分が突拍子もないことを言っているのはわかっている。
頭がおかしいと思われたって仕方ないくらいのことをやっている自覚はある。
でもユウは、いつもこんな自分の気違いじみた独白を黙々と聞いてくれるから、つい甘えてしまうのだ。
そうして、慎重に、懸命に、答えを返してくれる。 俺自身にしか答えの出しようのない問いだと、わかっているだろうのに。

そう、俺のために。



「はァ? エクソシストは人間の力でどうこうなるもんじゃねェだろ」
「そう。 だから凄いんさ」
「・・・・・・・・俺は神じゃねェ」
「ううん、神様だよ。 ユウは、俺の、神様」


冗談のように聞こえるだろうが、それは本心だった。
俺の世界をこんなにも変えてしまった人。 どんな俺でも受け止めてくれる人。
俺にとっては、神様くらいに畏れ多くて、尊くて、慕わしくて、愛しい人。
何故か泣きたくなって、ごまかすようにユウに縋りついた。
ユウは抵抗せずに身を任せてきて、そのまま二人でベットに倒れこんだ。





ギシリ、と二人分の重圧に、ベットが悲鳴を上げる。




俺はユウを抱きしめて、ただじっと、肩口に顔を埋めて。 




不純な昂ぶりは微塵も感じない。 あるのはただ、胸を二分する、幸福感と切なさと。




まるで声を押し殺して泣く子供のような格好で、俺はしばらくそうしていた。


















「・・・・・・・・・こうしてると、落ち着くさ」



ややあって口を開けば、下にいるユウがもぞもぞと動いた。





「そうかよ」
「ねぇユウ。 ブックマンの目にはさ、ヒトが見てるみたいなヒトの姿は映らないんさ。
ヒトから隔離されて、世界の枠の外で長い間生きてると・・・・・・・・不思議なもんだよな。自分と同じモノとは思えなくなる」





愛着とか。 共感とか。




人なら人に対して感じて当たり前のモノ。




そんな当然の感覚が、いつの間にかわからなくなるんさ。





俺は何でこんな話をしているんだろう。 ユウを困らせるだけなのに。
自分で自分がわからなかった。 ただきっと俺は、聞いて欲しかったんだと思う。 
ずっと胸の中で澱んでた思いを、どうにかして吐き出したかったんだと。








「例えばさ、“相手の気持ちになって考え”なくたって、傷つけられりゃ相手も痛いんだろうってわかるし、それがわかってたら攻撃するのに良心が痛んだりする。
でも俺らは虫とかは平気で潰すよな。 魚を釣って、苦しいだろうとか、かわいそうだとかって心を痛めたりしないよな?
だってヤツらは、どう見たって自分と同じモノじゃないから。 わからないし、どうでもいいって思うんさ。 きっと、無意識の内に」





熱に浮かされるように喋っていた。 ユウが静かに耳を傾けていてくれるのがわかったから。






俺はいつだってユウを困らせることしかできないのに、ユウは何度だって俺に歩調を合わせようとしてくれる。




不器用で、素直に頼ることもできないし、かといってまるっきり弱みを隠しちまうこともできない。




かっこつけるばかりで中途半端な自分に反吐が出る。











「目の前で人が死んだって、毛ほども動揺せずにいられるようになってた。 俺は人から隔離されて、ヒトじゃないモノ、ブックマンに確かに近づいてたんさ。
でも、ユウに会った。 ここで。 それからの俺は――ブックマンから逆に遠ざかってた」




教団に入るか入らないかとか、そんなモノは問題じゃない。
“その時の俺”である前に俺はいつだってブックマンで、ジジィの後継者で、
誰かに情を移すなんて、考えてもみなかった。 だって俺らは世界の外にいた。


だけど。





「・・・・・・触れてみたら、暖かくて」




自分と違う“場所”にあるはずの存在が気がついたら自分の隣にあって、それがとても心地よかった。
それに釣られる様に手を伸ばしてみれば、暖かい空間はもっと広がった。



「ユウがいなかったら、俺はブックマンのままでいられたさ」






















「ユウを好きになって、俺はただのエクソシストになったんさ」






































ただただ静かだった。


何もかもユウのせいにして。
優しい彼が傷つかないはずはないのに。
 

俺は、汚い。


それなのにユウは穏やかに俺の頭なんか撫でていて。





「・・・・・お前は、呪ってるか。 俺と、会ったこと」



ユウの口から出た言葉に、心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。



あんなこと言ってごめん。
こんなこと言わせてごめん。




「まさか。 すっごくすっごく感謝してるさ。 ・・・・・・・・・・・・・でも」





怖いんさ。





ユウを抱きしめて眠る日は、幸せで胸がいっぱいで、でも同じくらいの得体のしれない恐怖がすぐ後ろにあって。
置いて行かれることも、置いていくことも怖くて。 戦争の終わりが。 ユウの命の終わりが。 俺のシゴトの終わりが。 何もかもが怖くて。 気が狂ってしまいそうで。



「でもどんなに怖くって苦しくても、俺はユウと会った運命を呪ったり、この手を解いたりなんてできないさ」



俺の頭を撫でていたのとは逆の手に、自分の右手を重ねる。






どうしてユウはこんなに優しいんだろう。


いっそ俺の手なんて振りほどいてくれればいいのに。 
そうやってまた俺は人任せだ。














俺たちは何をするでもなく、ただ抱き合って、お互いの感覚だけに意識を委ねていた。
こんな風に憩うている資格なんて自分にはない気がして、せめてもと謝罪を口にした。




「・・・・・・・・・ひどいこと言ってごめんさ」
「いちいち気にしちゃいねェよ」
「ユウがいてくれてよかった」
「さっきと言ってっこと違うぞ」
「別に、いなければよかった!なんて言ってないさ」
「あァそうかよ」
「――ユウは俺の世界を変えちまった神様で、・・・・おかあさん、かな」
「アホか」
「あはは、確かに。 否定はしないさ。 ホント、みっともない・・・・・・・・・・」




語尾は本当に情けなく、夜の闇に吸いこまれた。


本当は続けたい言葉があったのだけど、妙に空いてしまった間に気勢を削がれてそんな気分も失せてしまった。





―――ユウがいるからこその恐怖だけど、でも隣にユウを感じられるから、俺は逃げずに立ち向かっていられるんだよ。

そう、幼子が、母の手を握って虚勢を張るように。


















引き返すのなど無駄なだけ
それなら逃げずにここにいる。



こんな道がどこに続くのさえわからずにいるけど
立ち止まり貴方を見失う方が悲しい、だけ。





縋るようにお互いの拳を絡めて、頼りなさには目をつぶって。



――――進むしかないんだ。 



















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初めはユウちゃんサイドだけにしようと思っていたんですが、どうしてもラビの葛藤を書きたくて。
うちのラビはどうしようもなくヘタレで、子供で、ユウちゃんが大好きなんです。



一部、鬼束ちひろさんの同名の曲から引用しております。
ここまでお付き合いありがとうございました!



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