『神田、お誕生日おめでとう』     



にっこりと笑顔で突き出されたそれを、うっかり受け取ってしまったのがいけなかった。
















[君だけに]             














「神田さんッ!! お誕生日おめでとうございます!!」
「これ俺の気持ちッス!!」
「任務ご苦労様です!」
「この前は有難うございました! 神田さんが来てくれなかったら俺・・・・・」
「ずっと応援してました! お体に気を付けて頑張ってください!」
「・・・・・・・・・」


おそらく今の自分はひどい仏頂面をしているのだろう。
右から左から差し出される色とりどりの小箱やら袋やらを、無造作に抱えた紙袋に放り込みつつ神田は進む。
さながらパレードだ。 一人パレード。 自分は祭りの目玉の山車と言ったところか。

・・・・・・・笑えない。




「チッ・・・・・・・・」




神田はこれ見よがしに舌打ちしてみせた。 当てつけのつもりだったのだが、気にするようなヤツはいないらしい。

リナリー。 そもそもアイツが悪いのだ。
食堂で昼食を取っていた時のこと。 満面の笑みを浮かべて彼女は近づいてきた。



『お誕生日おめでとう!!』



言葉と共に差し出されたそれを、反射的に受け取ってしまった。 
律儀な彼女がプレゼントを用意しているのは例年のことだし、どのみち受け取らないという選択肢を彼女が許すはずがないことも、例年の経験から学んでいた。
いつもと違ったのは、そこが人々でごった返す食堂だったことくらい。 
大した問題じゃないと思った自分の浅はかさを呪いたい。




最初に声を上げたのはジェリーだった。


『まぁッ!! 神田の誕生日って今日だったの!? それを早く言いなさいよ――・・・ケーキの用意、間に合うかしら?』
『あ? 別にいらねェよ・・・・・・ンな甘ったるい物』
『そうはいかないわよ!! パーティにケーキがなきゃ始まらないじゃない!!』
『・・・・・何しようが勝手だが俺は絶対出ねェぞ』



食事が終ると同時に席を立ち、照れなくてもいいのよ〜、とかほざいているジェリーを放って神田は食堂を後にしたのだった。
それで終わるはずだった。 馬鹿馬鹿しいお祭り騒ぎのダシにされるのは真っ平だったし、少し体を動かして、今日は早めに休もう、そう思ってそのまま教団の外へと足を向けた。
ひと汗かいて戻り、やけに廊下を行き来する人の多いのを不審に思っていると、一人がこちらに気づいたと思ったら次の瞬間には周りを取り囲まれていた。


そして今に至る。







こんなあげ甲斐のないやつに贈り物なんかして何が楽しいのか。
また一つ舌打ちをして、受け取った小箱を袋の中に放り込む。



「神田、誕生日おめでとうございます。 リナリーから聞きましたよ。 ・・・・ってちょっと!? 無視ですか!? カン――」


どこかの駄目でモヤシなエクソシストらしき声は無視して、人の壁の薄くなったところをついて輪を抜けた。 
静止をふりきって駆ける。






















すっかり賑わいから遠ざかってから足を止めた。
誰もいない廊下の静けさが心地いい。

――そうとも、自分は一人が好きなのだから。




カツン、と背後で靴音がして、我に返った。 慌てて振り向く。

手にしたままの紙袋が、ガサリと大きな音を立てた。







「おー、こりゃまた大量さね」
「・・・・・・お前か」


石造りの廊下の乏しい明かりの作り出す影の中から浮かび上がるように出てきたのは、そういえば今日は一度も姿を見ていなかった赤毛の男だった。

思わず体に入った力を抜いて、神田は男――ラビがこちらへ歩いてくるのを待った。
ラビはしかし、神田から数歩の距離を残して、それ以上近づこうとしない。

違和感を感じて、気づく。 彼はずっと教団にいたはずだ。 
そして今日が何の日かを考えれば、うざったいくらいにつきまとって来るアイツの姿を見なかったというのは――?

薄っぺらい笑みを貼り付けて、ラビは神田に手提げ袋を差し出した。




「はいこれ追加。 ユウに渡してくれって頼まれたんさー」
「・・・・・・・用はそれだけならとっとと帰って突き返してこい。 俺は受け取らねぇ」
「まぁまぁ。 そんだけもらってたらあと一袋くらい変わらねェって。
 てか主役が何でこんなとこにいるんさ?」
「お前こそ何してんだよ」
「俺? 俺はもちろんユウを探して・・・・・・・・」
「嘘つけ。 朝からずっと何してやがった」
「・・・・・・・・・・」



答えないラビにイラっときて、そのままラビに背を向けた。






リナリーは覚えていたのに、お前ときたら。


忘れていたのか。
どうでもよかったのか。


どうしてこんなにもやもやするんだ。
どうしてこんなに頭にくるんだ。

悲しいような、腹立たしいような、ドロドロと胸に渦巻く気持ちで苦しくなって、神田はそのままその場を離れようとした。












「・・・・・・・・・・・・ッ待って・・・・・・・・・!!」



アイツの腕が見えた。 思った時には後ろから抱きすくめられていた。
引きはがそうとして、耳元で紡がれる切羽詰まった声に思いとどまる。




「・・・・・どんな風に祝えばいいか、わかんなかったんさ・・・・・・」




毎年やってることなのに。

プレゼント渡して、みんなでケーキ食べて、夜が更けたらできれば二人きりになって。
おめでとう、生まれてきてくれてありがとう、今日まで生きていてくれてありがとう、ユウのお母さん、ユウを生んでくれてありがとう。
そんな風に感謝して、感謝して、感謝して。

それでも全然、足りない気がしたんさ。




ぐ、と神田を抱く手に力がこもる。




「急に、わかんなくなって・・・・・・・・・・・」




顔は見えない。 でもきっとアイツは、顔を真っ赤にして、今にも泣きそうで。




「考えても考えてもこれだ!、ってのが無くて・・・・困ってたらプレゼント頼まれて。 準備も出来てないのにユウがいて、そんで・・・・・・・・」

「馬鹿」


――神田は大きくため息をついた。






「お前はどうしていつもそう、くだらねェことばっか考えんだ」
「・・・・・・・俺にとっては重要なんさ」
「・・・・・・・・・・・・どうするも何もねェだろ」








おめでとう、って言いに来りゃよかったんだよ。

誕生日ってのはそういうもんだろ。







ぼそっと、独り言のようにつぶやくと、・・・・・うん、と蚊の鳴くような返事が返ってきた。






体に回されていた手が離れる。

自分の正面に回りこんだラビがまっすぐに目を合わせてきて、神田は頬が熱くなるのを感じた。




「・・・・・・・・おめでと、ユウ。  遅くなってごめん」
「あぁ」




嬉しそうな笑顔を見ながら、ああ、俺はコイツに祝って欲しかったたんだなぁと、唐突に悟った。


誰の邪魔になろうが俺は俺の生きたいように生きるけれど。
コイツにだけは自分の生を、存在を、少なくとも肯定して欲しかったんだって。




なんとなく面白くなくて思いきり顔をしかめたら、ラビは何故かますます笑みを深くした。















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お付き合い頂きありがとうございました。
好き過ぎていっぱいいっぱいなラビが大好きです。
ユウちゃんおめでとう!! 永遠の18歳に乾杯vv




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