ひとところに留まらず、ありとあらゆる場所を巡り、さすらい、その目に歴史を焼きつけ、記す。 情を移さず、情に流されず、様々な人々と言葉をかわし、そして何事もなかったかのように去っていく。 それがブックマン。 近づいちゃいけない。 だから近づいてこないでほしい。 必死なんだ。 傍観者に徹すること。 気を抜けば、誘惑に負けそうになる。 この2年、得たものを思い出す。 気がつけば掌には色々なものが乗っていた。 失い難いいくつもの大切なもの達。 それらは皆、見ないように見ないように、努めてきたものばかりだった。 綺麗なショーケースの中のそれらに、自分の手が届くはずがないと知っていたから。 ―――足りないもの、わかったさ。 風が耳元でひゅうひゅうと音を立てている。 はためくマフラーの立てるばたばたという音が妙に耳について、力任せに剝ぎとった。 教団の立つ絶壁の上。 その端の方で、下界の景色を見下ろしながら、しかし”ラビ”の意識は全く別の所にあった。 慌てて部屋に駆け込んできたラビの顔を思い出す。 すっかり変った自分。 離れてみるとよくわかる。 哀れで、愛おしい。 どうやら今の自分は、昔の、ラビでない自分に近い存在らしい。 確かに皆と過ごした記憶はあるのに、実感だけが抜け落ちている。 頭の中に残るイメージは、どれもアルバムの中の写真のように、どこか遠い。 「馬鹿さ。 わかってるくせに《 どうにもならないのに慣れ合ってて楽しいか? どうせ手に入らないものなら見たくないと思っていたはずなのに。 嵌りこめば嵌りこむほど自分が苦しいだけだと、わかっているくせに。 自分の立場はわかっている。 わかっているとそう言いながら、でも、と呟く。 幼い子供のような自分。 出てきたくなんてなかった。今更思い知らされたくなんてなかった。 少なくとも自分は、大人になったつもりでいたんだ。 何もかもうまくやれているつもりで、いたんだよ。 「なんだ、来たのか。物好きな連中さね《 振り向かなくてもわかった。 まるで後ろに目でもついているかのように、ラビと神田が自分を見つけて寄ってくるのが。 相変わらず風は強い。 「おい《 「・・・・ん?《 「帰るぞ《 流石に予期していなかった台詞に思わず振り返ると、いつもと変わらぬ仏頂面のユウと、上機嫌というか、どこか拗ねた様子でユウの隣に控えるラビがいた。 勝手に、乾いた笑いがもれた。 「・・・・ハ《 「何がおかしい《 「ユウの台詞が《 「あぁ?《 「・・・・捕まえとかなくても平気さ。 俺はそのうち消える《 ユウの顔の前に手を翳して見せる。 それは確かに、先ほどよりも透明度を増していた。 俺の手をじっと見つめて、・・・・・そうか、ぽつりとひとつ、呟いた。 横から口を挟むのはラビ。 「せいせいするさ《 「俺もさ。これでもう情けねぇ自分の姿を見なくて済む《 「テメ・・・・《 「俺は今のお前も結構好きだよ、ラビ《 上意打ちで言ってやると、一瞬何を言われたのかわからなかったのかぽかんとして――一瞬おいて飛び退くように俺から距離をとった。 腕を抱え込んでしきりに気色悪いさ、ともらしている所へ、笑いながら続けてやる。 「せいぜい苦しむといいさ。 昔みたいに割り切って考えれば楽だぜ・・・・・・・《 あからさまに動きを止めるラビをまた笑って。 タイムリミット。 「またな?《 最後に耳に残るのは、一際高い風の音。 「意味深・・・・・《 「二度とコムイの研究なんかに乗るんじゃねぇぞ《 「上可抗力さ!!《 “ラビ”の消えた空間を見つめながらひとりごちたラビに、神田はぼそりと釘を刺した。 もうこんな騒動はごめんだ。 ――教団にきたばかりの頃のような、あんなアイツはもう見たくない。 それに。 「化けて出んなよ《 「は?《 「死んでも、未練がましく化けて出たりすんなっつってんだ《 「・・・・・死後のことまではなんとも・・・・《 「出てきやがったら、殺しに行くからな《 「矛盾してるさ、ユウ《 「フン《 上器用な愛の形だと解釈することにして、そう言えば、とラビは気になっていたことを切り出した。 「ユウ、なんかヤケにあいつのこと気にかけてなかった?《 「別に《 「いや、絶対気にしてたさ!《 「・・・・・・どっかの手のかかる馬鹿と似てたからかもしれねぇな《 「・・・・・・・・《 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。 複雑な気分でラビは口をつぐんだ。 もう一眠りすると言う神田を部屋に送り届け、ふっ飛ばしたぐらいでは収まらない気持ちの赴くまま、ラビは司令室へと向かっていた。 先ほど自分が壊してしまったので、今は別の部屋で仮設営業中だ。 勢いよくドアを押し開けて、そしてラビの見たものは。 「おっ。 いらっしゃーい、ラビ。 実はね、コピリン2号の試作機が・・・・《 「仕事しろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!《 「またな《、なんてシャレにならないかも。 ちらりと脳裏に、上吉な考えが浮かんだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これにて完結でございます。お楽しみ頂けましたでしょうか。 私の中のラビ様は、思春期真っただ中の純情少年なんです。 何もかもわかった気になって、世界なんて退屈だとか呟いてる高校生なんです。 口が悪いのは強がってるだけなんです。 傷つけることしかできない上器用な人なんです。 あれ、誰だコレ。 なにはともあれ、お付き合いありがとうございました。 ・back・