それはあまりにも、唐突な告白で。 「好きだ」 だから最初は、何を言われたのかわからなかった。 「お前が好きだ」 二回目。両の耳を素通りしていく音は、流れるように。 「お前が言うなら戦うのもやめる。エクソシストもやめる。六幻も、何もいらない。お前さえいればいい」 普段なら嬉しい、そう、それこそ小躍りして喜ぶくらいの台詞の数々。 そんな浮ついた気分を、感じる間もなく凍りつかせる空気。 「だから・・・いてくれ。俺の傍にいてくれ。どこにも行くな。俺だけを想って、俺だけを・・・・」 まくしたてるユウに、俺は成す術もなく、立ち尽くしたまま。 本気の、ことば。 「・・・・・・・・そ」 奇妙に喉が渇く。 舌が張り付いてうまく言葉が出てこない。 「そんな強い想いは・・・・・・いらない」 唾を何度も飲みこんで。 顔を伏せて。 「好きになってくれなくていい。今のままでいい。今のままが、いい・・・・」 知らず、握りしめる拳。 噛みしめる歯。 「・・・・だから、俺を、縛りつけないで」 俺を見つめてくるユウの瞳は、ただまっすぐで、ただただまっすぐで、まるで、俺に裁きをつきつけるよう。 「・・・・・っじゃないと俺は、ユウの傍にいられなくなる・・・・から、」 「お前が言ったんだ。 好きだと、何度も」 「・・・言った」 「俺だけを見て、俺だけのものになって――」 ユウは皮肉な笑みを浮かべた。 「――ユウの他には何もいらないから。そう、言ったじゃないか」 俺は返す言葉もない。 「言った・・・ああ、言ったさ」 「俺はそれに応えただけだ」 「本心じゃない。・・・わかるだろ」 「わからない」 わかっていた。 「わかれよ」 俺は”これ”でいいと思っていて、ユウもこの、生ぬるい停滞に満足しているんだって。 「・・・・・あれだけ」 「―――わかってくれよ!」 そんな風に思ってるのは俺だけかも知れないことなんて。 「あれだけ、俺を追いつめておいて、いざ正面から向き合ったら怖くて逃げだすのか」 「ユ・・・・」 とっくに、痛いくらいに、わかっていたんだ。 「こっちを向けよ。こっちを見ろよ。生半可な気持ちで俺に近づくんじゃねェ」 わかっていて無視をした。これがその、代償。 触れれば壊れてしまうと思っていた。 触れなければ壊れないと信じていた。 けどそんなのは、俺の都合のいい――勝手な――――・・・・・・ 「答えを出せよブックマン。お前は俺と世界と、どっちをとるんだ?」 [断崖のエチュード] 「・・・・・・・・・・・・ッ」 目を開けば、ここしばらくですっかり見慣れた天井が見えた。 ここは黒の教団本部の病室で、俺はベットの中にいる。どうやら夢を見ていたらしい。 ・・・夢は正直で、残酷だ。ユウが出てくる夢は特に。 俺が気にしていること、不安に思っていること。 ユウにしてほしいこと、ユウに引け目を感じていること。 何もかもが実体化して、俺に向かってくる。目を背けていたいのに、嫌でも意識させられる。 もやもやとした夢の余韻を払うように頭を振って体を起こすと、隣のベットから押し殺したような笑いが聞こえてきた。 「ぷ、くくくく・・・・・」 「・・・・・・・・なんか用さ? アレン」 「・・・・・ラビ、ちょっと鏡で自分の顔見てきたらどうですか。傑作ですよ」 必死で笑いをこらえている様子のアレンに、むくれた顔を向けると、彼の笑いは一層大きくなった。 「ひ・・・・・ぼ、僕を殺す気ですか? なんなんです、さっきから百面相しちゃって」 「百面相?」 「あれ、自覚ないんですか? 急に起きたと思ったら、なんだかひどく驚いている様子で、それからほっとしたような顔になって、  次には暗く沈んで、ちょっと鬱っぽい笑み浮かべたり・・・はたまたむくれてみたり」 「・・・・んなに顔に出てた?」 「ええはっきりと」 「・・・・・・・はぁー」 「今度は落ち込むんですね」 「俺もまだまださね・・・・」 感情が容易く面に出るようではまだまだ未熟じゃ、なんて言葉が聞こえきそうなジジイの視線が突き刺さる。 「ラビさん、もしかして夢とか見てたんスか?」 「ああ、空から落ちる夢――とか。ビクッてなって目が覚めるんですよねぇ、あれ」 「妙にリアルな夢とかもタチ悪いですよね」 チャオジー、キエ、マオサの三人が話に入ってきた。俺は苦笑して、 「うん、まぁそんなとこさー。・・・・・・俺ちょっと外の空気吸ってくる」 「はいはい、寝ぼけて迷子にならないで下さいね」 「あっはっはー。 どこかの白髪エクソシストじゃあるまいし」 「うふふふふ。 人間無自覚が一番怖いですよねぇバカ兎さん」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 一発触発の空気を破ったのは、ひどく不機嫌な低い声。 「・・・・・うるっせぇ・・・・・」 「あれ、神田」 「ごめん、起こしちゃったさ?」 「さっきからごちゃごちゃと・・・・揉めんなら外でやりやがれ」 「・・・・夜中ならまだしも、そんなに目くじら立てられるようなことはしてないと思いますけど?」 「あン? 文句あんのかクソモヤシ?」 「・・・じゃ、俺は失礼するさー」 自分のベットを挟んでの新たなる喧嘩勃発の雰囲気に、俺はそそくさとベットから這い出した。傍に置いてあった上着を羽織って布靴をつっかける。 最後の最後でちらり、とユウのベットを振り向いたら、目が合って俺は慌てて病室を飛び出した。 夢の内容を反芻する。 ユウは言わない。 言うはずがない。 自分の役目とか責務とか全部放り出して、お前だけいればいい、だから俺だけを見てくれ、愛してくれなんて、そんなのユウじゃない。 でももし、それがユウの”ほんとう”だったら、俺はどうするんだろう。どうすればいいんだろう。 答えは出ない。 出るはずもない。 俺が好きなのはユウで。 どんなんなっても好きなはずのユウで。 でもいざどうにかなったら、俺は物凄く困って結局ユウを放り出すんだろうと確信している。 矛盾、している。 今よ永遠であれ、そんな大それた願いは口にしない。 だからお願い、あと少しだけ。 終わりがくることなんて知っているから。 祈るような気持ちで、泣きたいような気持ちで、吐息に音を乗せた。 「好きだよ・・・・ユウ」 俺は今も、君を裏切り続けている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ だんがいの音には断崖と弾劾をかけるイメージで。 ユウちゃんの本心はどうだか知りませんが、ラビたんは勝手に罪悪感感じてうじうじしてそうです。 1周年がこれってどうなのよと自分で思わなくもないですが、原点を振り返るような気持ちで書きました。 こんなラビュが萌える、みたいな。       ・BACK・