何が何だかわからない、というのが、今の正直なところだった。 [悪夢] 昨夜ベットに入ってから朝を迎えた記憶がないのに、しっかりと団服をまとって見知らぬ部屋のソファに座っていた神田は、 多分これは夢なのだろうとあたりをつけた。 窓から漏れ入ってくる明かりは、強いのか弱いのかはっきりしない。 明るいようで暗いようで、時間感覚を狂わせると共に、夢の世界の漠とした感覚を一層強めていた。 ふわふわと、どこか現実感にかける鈍い世界の中で、神田はゆるゆると身を起こす。 生憎、やわらかなソファに身を預け、夢の中での眠りを楽しめるほど、気の長い人間ではないのだ。 生き急いでいる、といえばそれまでだが、長々とこんな色つきの壮大な夢を見ていては、休まる体も休まらない。 ここは何か行動を起こしてさっさと目覚め、寝直すなりそのまま起きて修行でもするなり、 ・・・・とにかくここでゆっくりはしていられない。 神田は、とりあえず目に入ったこの部屋に一つしかない扉へと足を向けた。 と、手をかける前に扉が外から引き開けられる。 「!?」 驚いて咄嗟に身を引き、距離をとる。 その場に立っていた人影が誰かを見て取って、神田は舌打ちをしながら構えを解いた。 「・・・お前か。驚かせるな」 「・・・・・・」 ラビは何も言わずにニコリと笑んだ。 その笑みに違和感を感じる。 こんな笑い方をするヤツだったか? わずかに感じた引っ掛かりも、夢の中のことと割り切って思考の外へ追いやる。 相手が喋らないのだって、夢の中ではよくあることだ。 ふいに体を引き寄せられ、気づけば神田はラビの腕の中にいた。 「おい・・・?」 神田の困惑をよそに、ラビの顔は徐々に距離をつめる。 抵抗する間もなく唇を奪われ、カッと頭に血が昇る。 それ以上に・・・・言い知れぬ不快感を感じて、神田は逃れようと必死で身をよじった。 何度か力任せに胸を殴りつけ、弛んだ腕から抜け出ると、まろびつつもラビと距離をとってその顔を睨みつけた。 ぺろりと満足げに唇を舐める男は確かにラビで、しかしどこか違った。 仕草というか、表情というか、醸し出す雰囲気というか・・・・それら一つ一つは大した差異ではないものが合わさって、 男の持つ空気を”ラビ”とは全く異質なものに変えていた。 唇に残る感触に悪寒が走り、神田は力任せにごしごしと口元を拳で拭った。 唾を吐き捨て、お前は誰だ、誰何しようとした、その時。 す、と、ラビと神田との間に割り込んだ影があった。 「・・・そんなに怒るなよ、ラビ」 さもおかしげに片眉をあげて、ラビはようやく口を開いた。 先ほど現れて、神田を守るように立ちはだかったもう一人のラビは、険しい顔でただ目の前の男を見据える。 すい、とおもむろに進み出て、ラビはもう一人のラビの肩越しに神田を覗き込んだ。 「ユウ」 先ほどの行為が蘇り、神田はふいと顔を背ける。 「・・・・”ディック”」 静かな怒気をはらんだ声で、もう一人のラビがラビを制す。 その声を全く無視して、ラビ――ディックはなおも、神田に呼びかける。 「ユウ、こっち向いて?」 「・・・・・」 「だんまりさ?」 「ユウはお前となんて話したくねェんさ」 「ふぅん・・・嫌われたもんだな、俺もオマエも」 「・・・・なんで俺まで含めてるんさ」 「だって・・・・・顔も、声も、体も・・・何一つだって変わらないのに」 俺だけが嫌われる道理がないだろ? ラビと同じ顔で、しかしラビが一度もしたことのないだろう不遜な笑みを浮かべて、彼は、芝居がかった動作で神田の腕をとった。 振り払うより早く、手の甲に口づけを落とされる。 驚いて一瞬動きが止まる。 ふ、と顔を上げた男と、目が合う。 うっかり捉えられてしまったら、もう逃げられない。 その緑の光は、自分の見知った色をしていて、罵り言葉も拒絶の言葉も封じてしまう。 抗いがたいその輝きから、瞳を逸らすことさえ許されない。 ぱしり、と横から伸びてきた手が自分の手を捧げ持つその腕をはたき落とす軽い音で、神田は我に返った。 視線を移せば、そこには目の前の男と同じ顔。 ラビは、戸惑ったような顔で無意識に一歩後退した神田を強引に自分の方へ引きよせ、もう一人の自分を睨みつけた。 「ユウに手ェ出すな」 「俺の勝手さ」 「ユウは俺のだ」 「それはユウの意思か?」 「そうだ」 揺るぎなく答えたラビに、ディックの顔から表情が消える。 部屋の温度が一気に下がった気がした。 「ホント? ユウ。 俺よりソイツがいい?」 柔らかく甘い声に、神田は顔をあげた。 かち合いそうになった視線から逃れるようにまた目を伏せ、吐き捨てる。 「・・・消えろ」 「・・・・・・・ひでェな」 苦笑して、ディックは何かを暗示するように自分の唇を指でなぞった。 意図するところに気付いて、神田は頭に血が昇るのを感じる。 同時に、自分を後ろから抱き抱えている恰好のラビをそれとなく窺った。  ラビはただイライラと、ディックを睨みつけていた。 「ユウが消えろっていうんなら消えるさ。 俺はユウに呼ばれただけだから」 「な!?」 何言ってやがる、そう言おうとしたのに、焦ってうまく言葉にならなかった。 「嘘じゃないさ。 ユウが俺を呼ぶから、俺はこうしてユウの夢にいる」 「そんなの、どうでもいいさ。 消えるんならさっさと消えろ」 「ユウが呼ぶなら、俺はいつでも出てくるよ。 いつでも、慰めてあげる」 甘く、しかし毒々しい笑みを神田に向けて、最後までラビは無視したまま、ディックの姿は煙のようにかき消えた。 夢の中のこと、そう頭では理解しているのに、目の前で起きた出来事があまりにも不思議で、 神田はぼんやりとディックの消えた虚空をただ見つめていた。 ぐ、と、後ろから自分を抱きすくめる腕に力がこもる。 心臓が大きく鼓動を打った。 「ラ・・・・・・」 「アイツを呼んだの?」 冷水を浴びたみたいに、高ぶりかけていた感情の波がすっと引いてゆく。 「・・・・呼んでねェよ」 「でも、現にアイツはここに現れた。 ・・・アイツは俺の”中”にしかいないはず、なのに。 なんでさ・・・・・?」 「知るかよ! そんなの、俺が聞きてェ・・・・」 まるでディックとの仲を詮索するようなラビの言葉に、神田は苛立ちを募らせる。 ラビ以外に特別な感情を持つことなんて考えられなくて、それはお互いに同じで、お互いがお互いの唯一だという 確固たる信頼があると、そう当たり前のように思っていたのに。 対してラビは、固い声で、 「振り払わなかったさ、ユウ。 いつもなら、近くに寄らせたり触らせたり、しないのに」 「それは・・・」 お前と同じ顔をしていたから。 そんなセリフは恥ずかしくてとても口に出せず、言葉を詰まらせる。 何を誤解したのか、ラビはやおらその腕をといた。 「ラビ・・・・?」 放り出されたような不安感に、神田はラビを振り返る。 その表情を見て取る前に、唇を塞がれていた。 貪るような強引なキス。 容赦なくラビの舌は神田の歯列を割り、口腔を蹂躙する。 「ふ・・・・っ」 「ユウ・・・・・」 長い口づけのせいで軽い酸欠状態に陥り、ぼやけて見える視界の先で、すがるような瞳でラビが自分を見つめているのを感じた。 力の入らない口元から零れた唾液が、神田の口元を汚す。 「俺だけ見てて。 どこへも行かないで・・・」 「ラ・・・」 「アイツは俺じゃないよ。 俺だけど、俺じゃないんさ」 まるで子供のように泣き出しそうな目をして。 それでいて、繰り返される口付けは、濃く、深い。 「アイツに目をつけられたんなら危ないさ・・・・アイツはどこにでも現れる。 色んな手段でもってユウを誘惑してくるさ」 「・・・・んん・・・・ふ、ぁ・・・」 「・・・ユウがアイツに・・・・・なんて、そんなの、耐えられないさ」 「ま・・・・・っ・・・待て、ラ・・・・」 「ユウも・・・しっかりしてくんねェと・・・・・」 何度目かに唇が離れた時、ラビは、神田の知らない男の顔をしていた。 「閉じ込められたいんか?」 ぞわり、と肌が泡立った。 こんなラビは知らない。 恐怖にも似た何かが体を満たし、寒気を感じて神田はぶるりと身を震わせた。 伸びてくる手から逃れようにも、なぜか体が言うことをきかない。 されるがままにコートをはぎ取られ、手は直に肌へと触れてくる。 「誰も知らない場所に、さらって、閉じ込めて。 いつでも俺のことだけ感じて、考えてられるように・・・・。 できるならそんなことはしたくねェけど、しょうがないさ」 熱に浮かされたように呟きながら、ラビは神田の引き締まった脇腹のラインをつい、と撫でる。 ひくり、と反応する体を楽しむように、手はそこを何度も上下させながら、首筋から胸にかけて舌を這わせる。 「知ってるさ? ユウはすごーく真面目だし、俺のこと一途に思ってくれてるし、余所見なんてしないって。でもさ・・・」 「あッ・・・!」 胸の突起に歯を立てられて、思わず声が漏れる。 「俺には、こんなに素直なとこも見せてくれる。 だからこそ、心配なんさ、ユウがアイツに気を許しちまわないかって・・・・」 「こんな風に?」 声に視線を転じて、神田は目をむく。 いつの間にやら背後に回ったラビに支えられてかろうじて立っている自分は、もはや何も身につけていなくて。 これまたいつの間にか現れたもう一人のラビ――ディックが、目の前に屈みこんで悠然と神田を見上げていた。 その手には、神田の分身。 彼が静止するより早く、ディックはそれを口に含んでいた。 「んん・・・・ッ」 口内に包まれる温かく湿った感触に、体は正直に反応する。 ディックの巧みな舌遣いは神田を追い詰め、彼は砕けそうになる腰を押しとどめようと、必死で足に力をこめた。 「っう・・・・」 肩口に鋭い痛みを感じて、快楽にのまれそうになっていた思考が浮上する。 耳元でラビの不機嫌そうな声がした。 「ほら・・・・言わんこっちゃない。 俺だけ見ててって言ったっしょ? ユウ・・・」 「・・・んぅ・・・」 ラビの指が強引に口に押し込まれ、神田は苦しげな呻きを漏らす。 肩口にはくっきりと歯形が残り、うっすらと血すら滲んでいた。 「俺の方がもっと、気持ちよくしてやるよ・・・・」 抜き取った指をそのまま、神田の白い双丘へと伸ばす。 ひやりとした感触を秘めた部分に感じて、神田は思わず身を固くした。 「や、め・・・・あぁぁぁぁ!!」 突然前を強く吸われて、高い声を上げてしまう。 その隙に、後ろに伸ばされた指は蕾をこじ開けて中へと潜りこんでくる。 ニヤニヤと笑うディックの口の中で、神田の一物は限界まで質量を増していた。 それでもこのまま放ってしまうことだけは許しがたくて、神田は必死で己の理性を繋ぎ留め、感覚を閉めだそうとした。 「我慢しなくていいさ? いいよ、俺の口の中でイっても」 唇を放し、手でそれを弄びながらディックが言う。 と、まるでそちらに意識を向けるなと咎めるように、神田の中に忍び込んだ指が彼を苛んだ。 「は・・・ァっ・・・・も、・・・・やめ・・・・・」 「「どうして?」」 全く同じ抑揚と声質で、声が唱和する。 後ろと前から同時に与えられる快楽で、頭の中はドロドロに溶けきってまともな考えなんて浮かばない。 とうとう限界を感じて、理性の綱から手を離した瞬間、世界が暗転した。 「ユウ!?」 目を開けるなり視界に飛び込んできた顔を、神田は反射的に殴り飛ばしていた。 「おま・・・・ッ!! この変態!」 「は!? 何言って・・・・」 「出てけ馬鹿!!」 俺はユウがうなされてたから心配して声かけただけなのに・・・とかなんとかぶつぶつ呟きながら、 ラビは肩を落として大人しく部屋を後にする。 一人になった部屋で、服の乱れがないか確かめたりしながら、先刻までのアレは確かに夢だったのだと頭を整理して―― 神田は深々とため息をついた。 「・・・・・・・最悪だ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 三つ巴祭第一弾・ディック→ラビュでした。 あんまりエロくなりませんでしたすみません。 ディックのちょっかいにちょっとグラグラきちゃうユウちゃんに、ラビも数%持ってるはずのSっ気が 覚醒する、という感じの話が書きたかったんですが・・・アレ? ちなみに残りの大半はヘタレでできてます。 かわいいなラビたん。       ・back・