「ねぇ、ユウ」 「・・・なんだ」 「大好き」 「・・・・・・・」 またか、といった感じでその端正な顔を歪めた神田に、ラビは苦笑する。 おそらく今の心境は、うぜェ、ないしは、またかよ、といったところだろう。 だが、めげない。 「ユウは? 俺のこと好き?」 「・・・・・・・・・・」 「ユウってばー。聞こえてるんさ?」 「・・・・〜〜ッ」 がたん、と椅子を蹴立てて、足音も高く部屋を出て行ってしまう神田。 一人残されたラビは、特に悪びれる風もなく、怒らせちまったかね、と呟く。 [I want your message: I LOVE YOU] 大したことじゃないと思うのに、ユウは一度だって好きと言ってくれたことがない。 キス以上のことまで許してくれるのに、言葉だけは決してくれようとしない。 別に、彼の気持ちを疑ってるとかじゃ、なくて。そりゃちょっと不安になることもあるけど。 単に、証が欲しかった。 あの人を追うのに必死で、自分のことなんかちっとも顧みない人だから。 一時的にこちら側にいるだけで、また何所へ流れ行くともしれない、俺だから。 明日なんか信じられない二人だから。 君は俺を思ってくれてるんだろう。そんな、妄想じみた憶測だけじゃ満足できない。 流れ落ちる砂時計が焦燥をかき立てる。 どうか、形にして。 言葉が、確かなものが、欲しいよ。 ――部屋を出て、真っすぐ自室へと向かう。 まったくアイツときたら毎度毎度・・・・・・・・・ どうあっても、その言葉を口にする気はなかった。 いつ、彼を置いていくとも知れない我が身だから。 いつ、自分を置いていくとも知れない彼だから。 口にしてしまったが最後、今以上に彼から離れられなくなりそうで。 それが、自分の最期の決断を鈍らせるのも、彼の枷となるのも、ごめんだった。 軽い気持ちで彼に応えたのではむろんないけれど、永遠を信じるには戦争の中を生き過ぎた。 どうせすぐに終りが来るのなら、これ以上何も望まないでほしい。 望ませないでほしい。 だから誓った。言葉だけは返さない。答えない。 その最後の一線だけは。 「ユウは、俺のこと嫌い・・・・・・・・?」 どうしてこんな状況になったのだったか。 いつものような問答の後、いつものようにその場を去ろうとして。 袖を引かれて押しとどめられて。壁に押し付けられて。 何かされるのかと身を固くしてみれば、降ってきたのは消え入りそうな声だった。 その声は、あまりに切なげで。 「・・・別に」 「じゃあ、好き?」 「・・・・・・・・・・・・・嫌いでは、ない」 たっぷり間を置いた神田の答えに、ラビは顔をしかめながら、曖昧に笑む。 「・・・・・好きか、嫌いかでは?」 「・・・・・・」 「・・・そんなに嫌さ?」 好きって、口にするの。 「――――っせぇな!! どうでもいいだろうが!! てめェこそウジウジこだわってんじゃねぇよバカ兎が!! 放せ・・・っ!」 いやに真摯なラビの目を見ていられなくて、神田は声を荒げて身をよじる。 「ダメ。今日こそはユウの口から愛の言葉をもらうんさ」 「ばっ・・・・・・・・」 「馬鹿でもかまわないさ。 ・・・ユウにはわかんねぇよ、俺の気持ちなんて。俺はちゃんと口でも態度でも、溢れんばかりの愛を示してるもん」 「・・・・・わかりたくもねぇよ」 神田はため息をつく。 ますます悲しげに、ラビは神田を見つめる。 「俺はわかりたいさ。ユウがなんでそんなに頑ななのか」 「わかんねぇよ、お前には」 「聞いてみなきゃわかんねぇだろ」 「わかんねぇよ、一生」 言葉なんかじゃ何一つ繋ぎ止められない。紡いだ自分の心だけ、君に囚われてしまうだけ。 「ユウ・・・」 「・・・・・るせぇよ。じゃあなにか、俺が適当に好きだと、一言言えば満足か!? んなもん、なんにもなんねぇだろ!? 結局・・・・・っ結局いつかは、お前は俺を置いて行くだろう・・・・・・・ッ」 しまったと思っても一度口に出した言葉は元には戻らない。 舌打ちして、神田はラビの驚いた顔から目を逸らす。 「・・・お前が何を言おうが、俺を縛れないのと同じように」 蛇足だ、と。 語るに落ちてる、と思った。 「・・・・・・・・・・だから、なんだ」 どんなに強がって見せても、今更だと。 「好きだったらなんだ!? 題目みてぇに唱えたら、何か変わるっていうのかよ!!」 どうして自分はこんなことを口走っているのか。 どうして自分は、こんなに余裕なく。 ふいに抱きしめられて、神田は思いっきり突っぱねようとした。しかし、叶わない。 「・・・・・痛ってー・・・・」 「放せ!!!」 「ちょ、落ち着けって! 話! 話聞いて欲しいさ!!」 「うるっせぇ!!!!」 自分に対する情けなさと、あんなにも余裕なく振る舞ってしまった気恥ずかしさで、一刻でも早くこの場を立ち去りたかった。 しかししばらく睨み合っている内に、段々それも馬鹿らしくなってくる。 神田が力を抜いたのを見て取って、ラビはほっと息をついた。 「話・・・・聞いてくれる気になったさ?」 「・・・・・・」 目を逸らしたまま、神田はむっつりと押し黙っている。 構わず、ラビは言葉を続けた。 「・・・その、ごめんさ。 急に迫ったりして・・・・・」 「・・・・・・」 「んで・・・・・・自意識過剰だったら遠慮なく言ってくれていいんだけど・・・・」 歯切れの悪い自分の言葉にイライラしているだろうか。思いながらも言葉を重ねる。 「つまりは・・・・・・・・ユウが好きって言わないのは、終わりの見えてる関係に煩わされたくないからで・・・・・ それって、俺にハマりこまないための予防線ってこと?」 沈黙が落ちた。 神田は否定も肯定もしない。 ただ僅かに身じろいだのを見て、ラビは暖かな気持ちになった。 「・・・・・そっか。 俺はさ、ユウ。俺もお前も、明日にだってどうなる運命かわかんねぇから、だから、言葉が欲しいんさ。 確かに何もかわんねぇけど、安心するだろ。確かめられるだろ。 ずっと一緒にいられる保障があるなら、それこそ言葉なんていらないんさ。 いつ終りが来るかわかんねぇから、自然に伝わるの待ってられねぇから、だから、言葉の大安売りになっちまうけど。 ・・・・・・・・どれ一つ軽い気持ちでなんて言ってないさ。 俺はすごくすごくユウが好きだから、今のうち、言えるうちにいえるったけ言っとこうって、つい欲張っちまうんさ」 「・・・・・・だからって、お前まで急かしちゃダメだよな。ごめん。――ほんと、ごめん。 ・・・んで、ありがと。ユウがそんなに真面目に俺とのこと考えてくれてたなんて、感激さ〜〜」 「・・・・うるせぇんだよ、馬鹿が」 「やべ、嬉しくて泣きそう。 やっぱ愛されてるんさね、俺」 「おい・・・・」 調子に乗ってんじゃねぇ、あと、いい加減この手を放せ。 腕の中の神田が呆れたように訴えても、ラビは聞く耳を持とうとしない。 「本当にお前は・・・・理解できねぇ」 「・・・・ユウ」 「・・・・・・・なんだよ」 「やっぱり、好きって言って欲しいさ〜。 ダメ?」 今度こそ本気でラビの顎に一撃を見舞い、神田はその腕から抜けて十分に距離をとった。 「六幻がメンテ中で命拾いしたな!!!」 「っ痛ぁ〜〜・・・・・。 やけにユウちゃんしおらしいし、イケるかと思ったのに」 「・・・いっぺん死んでこい」 「だってホントのことじゃんか。 正直、俺がどこへ行こうが何をしようが、どうでもいいのかと思ってたさ」 「どうでもいいさ、お前のことなんか。 ・・・目に浮かぶようだぜ。てめぇがへらへら笑いながら、また新しい場所へ行くんさーとかなんとかほざきながら、 あっさり出てく姿がな」 苦笑して、ラビ。 「素直じゃないさね」 「・・・・もういい」 言って神田はくるりと踵を返し、足早に部屋を出て行った。 静けさを取り戻した部屋で、ラビは誰にともなく呟く。 「・・・ごめんな・・・・・・・・・」 廊下を歩きながら、失態を演じた自分を強く戒める。 拒みはしない。否定もしない。 でも応えない。決して認めはしない。 自分が自分であるために。 強くあるために――――――――― ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 思い合ってるからこそすれ違うというか。 微妙な距離を保ってる二人が好きです。 ・BACK・