昔々ある所に、神田ユウという一人の青年が住んでおりました。
彼は先祖代々伝わるご神刀の力をもって近隣の村を脅かす妖怪を退治することで、生計を立てておりました。

今日も彼は剣の腕を磨くため、いつも稽古に使っている竹林へと足を向けました。
するとどうしたことか、あまたある竹の中に一本だけ、まばゆく光る金色の竹があります。
こんなもの昨日まではなかったはず。
いぶかりながらその竹を斬り倒して見ると――なんということもない。普通の竹の断面がのぞくばかり。
先ほどまでの光も消えてしまいました。

と、斬り倒された竹の根元からか細い鳴き声が聞こえます。
目を向けてみれば、そこには一匹の子ウサギが、ぐったりとその身を竹の根元に預けていたのでした。
思わず手を伸ばしかけて、神田はその手を止めました。
安易に野生の動物に干渉すべきではないと、そのままその場を離れようとします。
しかし、辺りには親ウサギの気配もなく・・・どんどん小さくなって行く声に、舌打ちしつつも結局神田は子ウサギを連れ帰りました。












[十五夜]











小走りに家に戻り、神田は子ウサギを、とりあえずと畳んで部屋の隅に寄せてあった蒲団の上にそっと置いた。
そうして近所に住む医者コムイを呼びに行く。


「なに? 神田君。 急患てこの子?」
「・・・そうだ」


子ウサギを目にするなり、コムイは妙な顔をした。


「まぁ君が妖怪退治で大怪我したとかよりずっとマシだけどねー。
 ・・・僕はまた女の子でも連れ込んだのかと」
「コムイ?」
「わー・・・かなり衰弱しちゃってるねー」


ギロリとねめつける神田をはぐらかすように、コムイはウサギの治療を始めた。
神田には全くわからない処置をアレコレ施したあと、まだしばらくは傍についててあげた方がいいかも、そう言い残してコムイは帰って行った。
腰を降ろして、蒲団の上で丸くなるウサギをまじまじと見つめる。 弱々しくとも、確かに感じる息づかい。
おずおずと手を伸ばして、小さな背を指先で撫でる。


「・・・・・元気になれよ」


この部屋で自分以外の温もりを感じるのは、随分と久しぶりのことだった。







翌朝、神田は何かもこもことしたものが顔に当たるのを感じて目を覚ました。
重い瞼を押し上げてみれば、綺麗な翡翠色の瞳がこちらを見つめていた。驚いて思わず身を引く。
変な体勢で眠ったために、体の節々が痛んだ。
数歩の間を置いて、しばし神田とウサギは見つめ合う。
時折ぴょこぴょこと動く耳がなんとも愛らしい。すっかり元気になったような様子に神田もふっと口元をほころばせた。


「・・・・・飯にするか」


短く告げて、台所へ行く。
自分用に、いつもの通り蕎麦の支度をしながら、ウサギは何を食べるのかぼんやりと神田は考えを巡らせていた。
ほどなく出来上がった蕎麦と、無難に人参を一本持って部屋へ戻ると、ウサギは先ほどと全く同じように布団の上にちょこんと座っていた。
ちゃぶ台の上に盆を置き、ちょっと逡巡したあと試しに手招いてみると、ウサギは神田の膝もとへと寄って来た。
抱えあげ、鼻先へ人参を近づけてみる。


「ほら、飯だぞ・・・・」


しかしウサギは鼻をひくつかせはするものの、齧りつく気配はない。
困って、ものは試しとばかりに蕎麦を一本取って与えてみる。
するとウサギは神田の手から蕎麦を取ると、前足で器用に抱えて食べ始めた。


「・・・・・・・蕎麦が好きなのか?」


ウサギに言葉が通じるはずもない。 思いながらも話しかけると、ウサギはひょこりと首をかしげた。


「変わったやつだな」


その仕草が面白くて、神田は笑いながら、さらにもう一本蕎麦をウサギの前に置いてやった。








二日三日と経つにつれ、ウサギは驚くほどの速度で成長し―― 
一週間も経つころには、なんと神田と同じくらいの年頃の青年の姿になった。
その成長の早さに、うすうすウサギが普通の生き物でないことを感じ始めていたとはいえ、まさか人に変身するとは思わない。
昨晩確かに傍に置いて眠ったはずのウサギの姿はなく、朝になって入れ替わるように隣に眠っていた男に、神田は問答無用で斬りかかった。


「お、落ち着くさ! ユウ!!」
「うるせぇ、気安く呼ぶな!! どっから入ってきやがった、てめェ!?」


頭から生えるウサギ耳に既視感を覚えつつ怒鳴りつけると、男は言いにくそうにもごもごと口を動かした。


「いやその・・・・信じてもらえるかわからんけど・・・・」
「あァ!?」
「俺・・・ユウに世話してもらってたウサギなんさ!」
「ふざけんな!」


振り下ろした刀が傍を掠め、男はビクっと身をすくめたが引きはしなかった。
切実に自分を見つめてくる翡翠色を見ている内に混乱していた頭も冴えてきて、神田は静かに刀を納めた。
こちらを窺うように向けられる視線に、深くため息をついて、


「・・・・・・・ナニモノなんだ、お前」
「は、話せば長くなることながら・・・・・・・」
「話せ、全部」
「・・・・・・・実は」


蒲団の上に正座して、ウサギはとつとつと語り始めた。
神田は腕組みをして壁にもたれ、話に耳を傾ける。






ウサギは月の世界の住人だった。
月の世界の王族のために餅をつくのが仕事だった。
だが、ある時誤って月から地球へと繋がる穴に落ちてしまったらしい。
不慣れな地球で消耗し、人型を取ることさえ叶わないほどに弱って倒れていたところを神田が見つけた、と、そういうことなのだそうだ。


「・・・・・ならもう、月に帰るのか」


話を聞き終わり、ぼそっと神田は口を開いた。


「え?」
「人型に戻ったってことは、力も戻ったんだろ」
「そ・・・・うさね。 うん。 近いうちに戻るさ。
 でもー・・・・」
「あ?」
「・・・もすこし、いてもいい?」


拒絶しようとは思わなかった。
その縋るような目に、負けたんだと思っていた。


「・・・・・・好きにしろ」


それだけ言って、神田はいつものように朝食の準備をしに台所へ向かった。
まだウサギと過ごす時間が残されていることにほっとした自分がいることに、神田はまだ気づいていなかった。







それから月日は過ぎ、月の盛りの頃を迎えた。

中秋の名月。

好天に恵まれ、雲ひとつない空にぽっかりと浮かぶ丸く浮かぶ大きな月を、神田とウサギは二人で眺めていた。
神田が村の住人に分けてもらっただんごをひとつ口に運ぶと、横からひょこりと首が伸ばされる。
だんごをその口に放り込んでやると、満足そうにウサギは微笑んだ。
と、ふいにその笑みが曇る。


「・・・・・・・この時期は、月でも連日宴が催されるんさ」
「そうか」
「・・・ユウ、俺、帰らなきゃ」
「・・・・・・・」


さっさと帰れ、と、追いだしてやるつもりだったのに、なぜだか言葉が出てこなかった。
無言の彼を余所に、ウサギは何かを吹っ切るように勢いよく立ちあがった。
一度だけ神田を振り返って、まっすぐ月へ駆けて行く。
我知らず、神田はその背に向かって手を伸ばしていた。





「待て!!―――――――ッ」














ぱっと視界が開けた。

目の前には心配そうなラビの顔。 その手を食いこまんばかりに強く握りしめているのは・・・・自分の手。
今の自分の状況――いつも通りベットで休んでいたことを思い出して、今までのことは夢であったのだと気づく。
思い返すだにしょうもない夢の内容に、どっと気恥ずかしさが込み上げて、神田は少し乱暴にラビの手を離した。


「・・・・・・・ユウ? 大丈夫さ? うなされてたけど」
「・・・別に」
「別にってことはないさ! 怖い夢でも見たんか?」


心配げに覗き込んでくるラビを見ると、どうしても夢を思い出してしまっていたたまれなく、神田は思いきりラビの顔を向こうへ押しやった。


「夢なんか見てねェ!!」
「ぃっ、痛いさユウ!!」
「近寄んなバカ!!」
「ひでェ・・・・・・・・」


思いきりやられて変な力がかかったのか、首をさすりさすり離れたラビに、神田はほっと息をついた。

それにしてもなんて夢を見たんだ。
設定の突飛さも、引き留めようとした自分も呆れたものだが、何より夢にまでアイツを見るということが――そのまま自分の執着を示しているようで釈然としなかった。
イライラをぶつけるように、ラビを睨みつける。


「・・・・・・で、てめぇは何の用があってここにいる?」
「ん? ああそうだったそうだった!」


ラビはぽんと手を一つ打ち、


「はいコレ」


差し出されたのはウサギ耳。
カチューシャタイプで頭につけられるヤツだ。
意図がわからず黙っていると、同じく取り出した耳を自分の頭につけて、ちょっと得意げにラビは言った。


「今日は”ジュウゴヤ”らしいんさ! 日本人は”ジュウゴヤ”にはだんごをいっぱい用意して、ウサギ役の人にぶつけて災厄を祓う儀式をすんだろ!?」
「・・・・・・・・・」
「ウサギはうまくだんごを口でキャッチして食べると一年風邪をひかないって・・・・・・あれ、ユウ?」


だまりこんでしまった神田に、ラビは怪訝そうに神田の前で手をヒラヒラさせて反応を探った。
神田は神田で呆れを通り越して言葉もなかった。


「・・・・・ラビ、情報源はどこだ」
「え? ・・・コムイだけど?」
「ぶちのめす」


状況の飲み込めないラビは、ともかくも部屋を出て行こうとする神田の後に続いた。


「・・・オイ、さっさとその馬鹿な飾り物を取れ」
「・・・・・・・ユウはウサギ嫌いなんさ?」
「あ?」
「だって・・・・・・・さっきもうなされながら、ウサギウサギって呟いてたから・・・・・」
「忘れろ」
「・・・・・・ハイ」


物凄い形相で睨まれて、ラビは素直にうなづいた。
それから少しの間が空いて、・・・・・・別に嫌いじゃねぇよ、とおまけのように返事が返ってきた。
返ってくると思っていなかった言葉に、やけにウサギにこだわるな、と首を傾げながら、ラビはウサギ耳を外した。



――夢のことを話したら、コイツはきっと物凄く嬉しがるんだろうな、と、一瞬想像してしまったラビのだらしなく崩れた顔を頭から追い払うように、神田は軽く頭をふった。







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突発アホ話すいませんー! 絵を描きながら妄想してました。
ユウたんもラビたんもかぐや姫じゃないとこがミソです。




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