日常が戻ってきた。 そう思うのはこんな時だ。 こうして、部屋の中で一人、今朝がた通販で届いたばかりの限定フィギュアの開封をするとき―― 「って違うわァァァァァ!!! あっごめんねララたんっ」 自分で放り捨てたフィギュアを拾い直して箱に戻してから、土方はため息をついて立ちあがった。 むしゃくしゃする気持ちの持って行き場がなくて、ガリガリ頭をかきながらポケットに手を突っ込む。 随分中身の減ったタバコの箱。一本取りだして、口にくわえた。 勢いよく襖を引き開ける。すぱぁん。軽い音。 外はいい天気だ。穏やかな春の陽気というには少々暑い、遠い夏を感じさせるような昼下がり。 葉を芽吹かせ始めた桜。 空の青さにさえ苛立ちを覚える自分は重傷だと思いながら、深く長く息を吐いた。立ち上る煙。 一度口から離したタバコを再び寄せて、今度は深く吸う。吐き出す。 煙の香りに体中染め上げられていくような感覚。 煙と同時にもやもやした思考も吐き出すつもりで、しかしなお、頭の片隅でちりちりと存在を主張するそれ。 どんどん一人の世界に落ちて行くヘビースモーカーへの抗議は、思わぬところからあがった。 にゃあ。 「・・・・あ?」 猫だった。 それも一匹じゃない。ひぃふぅみぃ・・・4匹ほど。何故だか知らないが、軒先に群れかたまっている。 土方の方へ寄ってこないのは、煙を厭っているのか、はたまた、本能で何かを悟ってのことか。 人に慣れていないわけではなさそうだった。そんな野良なら、屯所の庭なんぞでお目にかかることもないだろうが。 猫たちは近づいては来ないものの、何か期待するような素振りでこちらに視線を送り続けている。 なぜこんな所に。 思いはしたがすぐに興味を失って、視線を外す。 その瞬間、生垣からにゅっと手が伸びてきて、一番端にいた白地に黒いぶちの猫を捕らえた。 びっくりしたらしい猫はけたたましく鳴いて、毛を逆立てる。 曲者かと神経を張り詰めさせた土方だったが、生垣をかきわけてのそのそと這い出してきた人物を見て、 構えた腕からがくりと力が抜けた。 腕に猫を収めて満足そうなその人物は、嫌がる猫を抑えつけてうっとりと肉球を撫でまわし、 「マリリンンンンン!!! 会いたかったぞ!!」 「馬鹿かテメェはァァァァァ!!!!!」 鞘に納めたままの刀を桂の脳天目がけて振り下ろした。 渾身のツッコミに奴は声にならない悲鳴をあげる うずくまってぷるぷるしている所を見ると、打ちどころが悪かったらしい。 もっとも縁遠いはずのこの場所で再会した狂乱の貴公子に、土方は眩暈どころか軽い頭痛さえ覚えた。 一方早くも痛みから抜けだしたらしい桂は、暴れる猫をしぶとく抱きかかえたままで、恨めしげな視線を向けてくる。 「・・・いきなり何をする、芋侍」 「自分の状況わかって言ってんのか」 「知らん。 俺は自分のペットを探しに来ただけだ。  ・・・おいなんだその顔は」 「別に。真性のアホだとか、日本一の間抜けだとか、思ってねーよ全然。まったく」 「思っていると言っているようなものだぞ。馬鹿者め」 「わかるように言ってんだよ馬鹿野郎」 ため息をつく。その拍子にタバコが手から滑り落ちた。 地面に転がったそれに静かに足を乗せる。 「屯所にのこのこ顔を出すたァ・・・テメェもヤキがまわったもんだ」 「先ほども言っただろう。俺はマリリンを探しに来て、たまたま彼女が入り込んだどこぞのお宅にお邪魔しただけだ。  ことが済めば即刻退散させてもらう」 「敵の本拠の場所ぐらい覚えとくべきだったな」 「どこであろうと関係ないさ」 「・・・・逃げられるとでも?」 顎の下へ刀を差し入れ、ドスをきかせる。しかし桂は、 「む。そうか腹をすかせているのかマリリン。よーしよーし。  すまんな。牛乳をもらえるか」 「・・・・・・おい」 「なんだ? もしや牛乳をきらしているのか?」 「お前、ほんっっとーにこの状況をわかって言ってんのか?」 「マリリンが腹をすかせている。よって忍び込んだお宅のご主人に、厚かましながら牛乳を分けて頂こうとしている。  しかしどうやら牛乳をきらしているようだ・・・いったい猫は他のものなら何を与えたらいいのだろう。  とりあえずマヨネーズは却下だ」 「全然わかってねェじゃねーかァァァァ!!!!」 「ぐふぅっ」 ぎにゃー 差し入れた刀を跳ね上げて、桂の顎を打った。のけぞって弛んだ奴の手から猫が抜けだす。 猫は相変わらず群れかたまって動く気配のない3匹と合流して、誰もいない縁側に向かってにゃあにゃあやり始めた。 誰を待っているのだろう。 縁側に一人腰かける寂しげな後ろ姿が脳裏をかすめたが、それが誰のものかまでは思い出せなかった。 「さっきからなんなのだ貴様は! マリリンが逃げてしまったではないか!」 「それはこっちのセリフだ・・・・・・・もういいからさっさと消えろ。  テメーと話してっとライフポイントがどんどん削られちまう」 「フン。職務放棄か」 「うるせェ。今はそんな気分じゃねーんだよ」 「らしくないな」 「・・・・」 テメーに俺の何が分かる。 言おうとして、やめた。 急に言葉をとめた土方に、桂はチラリと視線を向けたものの、何も言わずに先を続ける。 「・・・どういうわけか、どうしてもここを離れようとせんのだ」 「・・・・・・・あ?」 「俺はさっさと帰りたいんだが。 マリリンがあの通りでな」 「誰かが餌付けでもしたんだろうよ」 「・・・・・・・・浮気は許しませんよ、マリリン」 「気持ち悪ィ声出すな。・・・・別の猫なんじゃねーの」 「いや、うちのマリリンだ。間違えるはずはない」 「自信満々だな」 「ああ。 あの肉球の触り心地・・・・間違いない」 「だから嫌われてんじゃねーの、お前・・・・・」 普通、猫ってのは肉球をいじりまわされたりするのを嫌がるもんじゃないのか。 桂の腕に抱かれていた時の暴れようを思い出して、マリリンが家に帰りたがらない理由がわかった気がした。 桂は寂しげに腕から抜けだした猫を見つめていたが、ふいに土方へと振り向いて 「トッ・・・いや土方」 「あァ?」 「元気か」 「・・・・・・は?」 ひどく間の抜けた声を出してしまった。 答えを探しあぐねる土方とは対照的に、桂はただ静かに、まっすぐに、土方を見つめてくる。 「・・・・・・何を、急に」 「特に意味はないが」 「敵情視察か」 「そうかもな」 「・・・・・真選組はすっかり落ち着いてるぜ。いつでもテメーらをしょっぴける」 「ありがたくない話だ。・・・・そうか」 桂はくるりと踵を返した。 そのままひょいと生垣を超えて行ってしまいそうだった着物の裾を、土方は咄嗟に掴んでいた。 「・・・・・なんだ」 「いや・・・・・・げ、元気か」 「見ての通りだ」 「帰んのか」 「あ前の気が変わらないうちにな。 それとももう気が変わったか?」 「ちげーよ。テメーなんざその気になりゃあいつでも捕まえられる」 「フン。後悔するなよ」 「しねーよ。  ・・・・・マリリンはどうすんだ」 「帰ろうとしないのだからしょうがない。心残りではあるが・・・・俺のことが恋しくなれば自然と戻ってくるだろう」 「・・・・・じゃあ一生帰らねェな」 「それもまた仕方のないことだ。 ああ、悪いが牛乳をやっておいてくれ」 「誰かがやるだろ。ここで餌やってた誰かが」 「・・・ならいいがな。 とにかく、頼んだぞ。 ああ、それから――」 「まだなんかあんのか」 置いて行くと言ったわりには未練たらたらで、猫から視線を外さずにいる桂に少々呆れながら土方は言った。 桂が、こちらを見る。 「あまり、背負いすぎるなよ」 「・・・・何の、話だ」 「先達からの忠告だ。ではな」 今度こそ桂は生垣を飛び越え、その向こうの路地へと消えた。 静かな足音と共に、気配が遠ざかっていく。 もしかしてアイツは、あれだけを言うためにここまで乗り込んで来たのだろうか。 まさかな、思いながら土方は部屋の中へと戻る。 牛乳を取りに。 餌をやっていた”誰かさん”の代わりに。 仲間を斬ったと、他より特別重く思うことはない。 奴のためだったと正当化することもしない。 一回は一回。一人は一人。 またひとつ、この背に負う死の数が増えただけ。 ただそれだけ。 [残滓] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アニメと肉球のコラボレートでふっと頭に浮かんだもの。 桂さんは昔取った杵柄で、裏切りの重みとか痛みとか後に残すものとか、いろいろ知ってそうです。 シリアスでもボケ倒せる桂さん大好き。       ・BACK・