はらはら、はらはらと、ま白い雪が舞う。  落ちてくるそのひとひらを掌に受けて、薄墨を流したような曇り空を見上げた。 手に触れた雪は瞬く間に溶けて、掌を汚す血や泥といっしょくたになってしまった。 耳の奥では、まだ先ほどまでの戦いが続いている。 甲冑のこすれ合う音。 刀の噛み合う音。 銃声。 怒号。 悲鳴。 静かに下ろした刀が地面に触れて、カツリと小さな音を立てた。 「ヅラァ、何呆けてやがる」 「・・・・ヅラじゃない、桂だ」 気づけば傍らに銀髪の男が立っていた。 銀の頭髪、白装束という出で立ちが、ぽつぽつと体に残る血の跡を映えさせていた。 この男は、そこら一帯に転がっているおびただしい数の躯や、武具や、戦争の爪痕をこの雪が全部覆い隠してしまったら、 雪と同化して消えてしまうんじゃないかと思った。 どうしたって雪に溶けてはゆけない、自分とは違って。 「退くぞ。 新手が来る」 「迎え撃てばいい」 「そうもいかねェ。 こっちの被害もひどい。 いったん戻って作戦を練り直すそーだ」 「作戦というほどのものもなかろうに・・・・・」 指示を出しているやつらが何を考えているかは知ったことではないが、こうして最前線に出た自分達の身を守るのは、お偉方の立てた作戦ではなく己の頭だ。 第一、天人と直に戦っているわけでもない奴らの作戦などお粗末過ぎて話にならない。今だって、”作戦通り”に戦って、このザマだ。 虚ろな目を向けて地に打ち伏しているのは、敵方の者ばかりではない。 銀髪の男――銀時は、動こうとしない俺に、軽く頭をかいて、 「ヅラ」 「ヅラじゃない、桂だ。 ・・・・わかっている」 どうにもならないことくらい。 刀を鞘に納めて、俺たちはその場を後にした。 [雪花] 雪はどうやら本降りになったようで、音も立てず外の世界を白く染め上げていた。 薄くあけた戸の隙間から白く、音のない夜の世界を垣間見て、吹き込む風の冷たさに戸を閉めた。 囲炉裏にあたっているのは、銀時。 襖を隔てた向こうからは、誰とも知れない呻き声がいくつも漏れ聞こえてくる。傷が痛むのだろう。 しんしんと体に沁み入って来るような寒さは、さぞ体にこたえるだろうから。 「冷えるな」 「んなとこにいるからだ。 火の側なら少しはマシだぜ」 「そうか」 囲炉裏に近づき、腰をおろしかけて、 「そういえば、高杉は」 「・・・奥だ。 野郎、ヘマしたらしい」 「怪我の具合は?」 「奴自身はたいしたことねぇが」 「・・・・・様子を見てくる」 銀時の前を横切ろうとして、腕を掴まれた。 引き寄せられ、気づけば床の上に組み伏せられていた。 奴の顔が近付いてくる。 俺は何も言わず、目を閉じ、それが訪れるのを待った。 ふ、と体が軽くなる。 目を開けば、のしかかっていた銀時が退いたからだとわかった。気が変わったのか、何なのか。  どちらにせよ、どうでもいいことだ。  俺が何事もなかったかのように立ち上がって部屋を出て行こうとすると、後ろから声がかかった。 「どうするつもりだ」 「何が」 「アイツの所に行って、どうするつもりだよ」 「さぁな。 何もできないかもしれんし、何かできるかもしれん」 「抱かれてやるのか」 「ヤツが望むなら」 「・・・・・・・・ハッ」 小馬鹿にしたように笑って、銀時はひょいと立ちあがった。 そうして後ろから、俺を抱きしめる。その手は俺の着物の合わせを探っていた。 「なんだ、結局やるのか」 「・・・・気が変わった」 うなじに顔を埋めながら、吐息とともに銀時は吐きだす。 肌蹴させられた肌に夜気が冷たくて、俺は思わずぶるりと身を震わせた。 「・・・・冷えるな」 「・・・・・・・なぁヅラ。 高杉の所へ行くなっつったらどうする?」 「桂だ。 お前には関係のないことだ」 「いや、あるだろ」 「ないな」 大人しく、こうして、抱かれてやれていれば満足だろう、お前は。 言うと、まぁな、という笑いを含んだ声が耳のすぐ近くから聞こえた。 でもよ、と続く。 「独占欲とか、あるわけだよやっぱ」 「勝手なことだ」 「あぁ勝手だな。 ・・・てか、高杉はどうなんだよ」 「何が」 「俺とお前がこーゆー関係だってこと、まさか知らない訳じゃねぇだろ?」 「・・・・・・・・さぁ」 知っているとは思うが。 冷めた口調で桂は呟く。 「どうでもいいのだろう。 奴は俺を欲してるんじゃない。 一時の慰めが欲しいだけだ。  ・・・・お前もだがな、銀時」 「よくご存じで」 ヘラヘラと笑いながら、銀時は俺の下半身へと手を伸ばす。 徐々に熱に侵されてゆく体を感じながら、頭だけは妙に冴えていた。 「お前はどうなんだよ、桂」 「何がだ」 「どういうつもりで、俺や高杉を受け入れてんのかっつーこと」 「・・・・正直わからん。 ただ、はけ口は必要なのだろうな、と」 「お前がやらなくてもいいだろうが」 「部下たちにこんな役回りはやらせられんよ」 「・・・・嫌なら、拒めばいい」 銀時の手にぐ、と急に力がこもって、甘く鈍く与えられていた快楽は痛みに変わった。 「拒んでどうなる?」 「さぁ。 シチュエーションに寄るんじゃね?」 「拒んでみたところで栓のない話だ。 心配するな、俺は何とも思っておらん。 ・・・・・好きにするがいい」 銀時は何も言わない。後ろから俺を抱きしめて、中途半端に手も止めたままで。 「・・・・・俺が手を離したら、お前はこのまま高杉の所へ行くんだろうな」 「そうなるな」 「・・・・・・・・・どうすっかなー」 「早く決めてくれ。 今夜は格別冷える」 中途半端に脱がされたままでは堪らん、あくまでも淡々と言うと、折角誘ってくれるならこのままやっちまうか、軽い銀時の声。 勝手なやつだ、思いながら静かに目を閉じる。 まなうらにはチラチラと舞う雪。 まだ子供だった俺たち。 雪が降っただけで大喜びで、屋根の雪下ろしやら雪かきで大忙しの大人たちに手伝えと怒鳴られるのも構わずに、 一日中真っ白な世界を駆けまわった。 ・・・・・・・今はもう、遠い昔のこと。 「・・・・・・すまない銀時」 「あぁ?」 「俺はただ、何も考えずに眠りたいだけなのかもしれん」 「・・・・・・・・・・そうかよ」 何が、とは聞かなかった。 銀時はいつもとかわらない手つきで、ことを進めていく。 寒くて寒くて仕方なかった。 ああ、今日は本当に、格別冷える。 ただ銀時に触れる部分だけが暖かくて、そのほのかな温もりに縋るように、俺は奴の背に手をまわした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 初・銀桂作品。なのになんでこんなに暗くなったのか。 銀さんと高杉と、求められたらどちらも切り捨ててられないんじゃないかと。桂さん、優しいから。       ・BACK・