「沖田くん、今誰のこと考えてる?」 沖田の首筋に顔を埋めて。 ぽつり、つぶやく銀時に、沖田はくすぐったさも手伝って苦笑を浮かべる。 「旦那、それは言わねェ約束ですぜィ」 「・・・いや、ついね」 「お互い様でしょう」 「俺は目の前のもんしか見ちゃいねェさ」 沖田は喉を鳴らして低く笑った。 目の前の男の背に回した手に、ぎゅうと力をこめる。 「悪ィお人だ」 [代用恋愛] 当然自分の手の上にあるものと思っていた。 誰より強い絆があると、そう錯覚してしまうくらい、過ごした時間は長く濃くて。 隣を歩いているつもりで、けれど、俺たちの距離はこんなにも遠かった。 俺たちの想いはこんなにも食い違っていた。 気づきたくなかったのに。 あの人の心がすっかり自分の元にないことになんて。 あの人の目に映る、野郎の面影になんて。 「土方さん、どこ行くんですか」 「見回りだ。テメェもさぼってねェで仕事しろ」 「休憩中でさァ」 「またかよ、ったく・・・」 いつもなら続くはずの小言もそこそこに、土方はそのまま屯所を出て行った。 沖田は柱にもたれたまま、遠くに戸の閉まる音を聞いた。 最近土方は頻繁に「見回り」に行く。 以前は屯所にいて、何かあってから初めて動くことの方が多かったのに。 「・・・・・」 仕事を疎かにするような人ではない。 それは沖田もわかっていたし、別に見回りというならそうなのだろうと、何の疑問も浮かんでこなかったろう、今までなら。 ほんの一週間前の出来事さえなければ。 いつものように沖田はかぶき町界隈をうろつきながら、仕事に励んでいるような体裁を取り繕っていた。 大して周囲に気を配るでもない。 攘夷浪士とはち合わせれば捕まえるなりなんなりするが、自分から見つけようというでもない。 ぶらぶらと街を歩いていると、ふと見覚えのある後ろ姿が目にとまった。 僧衣に、目深に被った網笠。 笠からのぞく黒髪は、腰までとどかんばかりのぬばたまの黒。 僧というには剃髪もしておらず、あまりにうさんくさげなその姿は、かの狂乱の貴公子の十八番の変装のひとつだった。 頭を切り替え、見失わないようその姿に意識を集中する。 ――と、僧衣の人物に近づく人影があった。 僧衣の方も、相手を待っていたように足をとめる。そうして二人、連れだって歩き出した。 沖田は眉をひそめた。 「・・・何やってんでィ、あの人は・・・・・」 それはまぎれもなく、土方であった。 後ろから、しかも人混みの中では、ふたりの会話どころか雰囲気もろくに伝わってこない。 ただ捕らえるとか捕らえないとか、そんな緊迫したムードでないことは確かだった。 親しげにさえ見える。 油断を誘って捕まえる作戦なのか、それにしても随分と手なづけたものだ。 その時はただ奇妙に思っただけだったから、そんな感想しか浮かんでこなかった。 桂と土方は敵同士。 土方は自分側の人間。 それは揺るぎない大前提で、疑念なんて浮かびようもなかった。 だからふたりが店と店との間の狭い路地に入りこんだとき、土方はいかにして桂を捕らえようというのか、という純粋な興味から、 沖田は二人に気づかれぬようそっと後に続いたのだった。 「・・・・・・・・・・あぁ・・・・ッ」 見るもの、聞くもの、全てが信じられなかった。 路地を少し進んだ、奥まって人気のないそこで。 土方は桂の僧衣を乱し、うっそりと目を閉じたまま、さらけ出されたその白い肌に唇を這わせている。 手が、唇が、動く度上がる艶やかな押し殺した声が、沖田の耳を侵す。 何より、ゆっくりと開かれた土方の眼の中の獣のような光をまともに見てしまい、沖田はその場を逃げるように後にした。 あの瞬間、全身を駆け抜けた衝動。 それは、驚きではなく。 体中の血が騒いだ。あの獣のような男を求めて体がうずいた。 自分以外の男を、しかも敵である男を、白昼野外で襲うような畜生を。 驚くより軽蔑するより、情事を目にして欲情している自分がいて。 自分がひどく汚らしいものに思えて、それをごまかすように、土方の野郎、つぶやきながら一心不乱に足を動かした。 ・・・・・自分がヤツに仲間という以上の気持ちを持ちつつあったのは自覚していた。 あの人を自分だけのものにしてしまいたいと、思ったことも数度ではない。 子供じみた独占欲で片づけてしまうには、あまりにも凶暴な感情。 それは、支配欲? あの人の全てを、自分の元に。 自分の下に。 けれどあの人の求めるのは自分ではなかった。 あの人には一番がいた。 あの人にはあんなに情熱的な目を向ける相手がいた。 あの人の全ては手に入らない。 耳にこびり付く甘い声が不快でならなかった。 「・・・・・・・・・・」 アイマスクをはずして、沖田はおもむろに立ち上がった。 「俺も見回り、行かねェとなぁ・・・」 ぽつりと呟いて、静かに部屋を後にした。 あの時、あんな形で二人の関係を知りさえしなければ、もっと”今”は違っていただろうか。 誰のものにもならないあの人だったら、こんなにも欲しいと思うこともなかっただろうか。 そしてあの時、彼にさえ会わなかったら―― 「沖田くん? どーしたよ、そんなに急いで」 柄にもなくひどく気が動転していた沖田は、声が掛かるまで自分が人にぶつかったことにすら気付かなかった。 「あ、すいやせん・・・・・・旦那?」 「何してんのこんな所で」 「何って――」 先ほど見た光景が頭の中に甦って、沖田は言葉に詰まった。 見回りをしていて、土方を見かけて、それで。さらっと言ってしまえば大したことじゃあない。 最後は見失ったとか言って、あっさりごまかしてしまえる状況だった。 いつもなら滑らかに動いてくれるはずの頭も口も動きが鈍くて、簡単な嘘さえ紡ぎ出してくれない。 妙な風にあいてしまった間に、銀時がぼりぼりと頭を掻く。 「まァいいけどよ、面倒事に首突っ込みたくねーし」 「・・・旦那、邪推しねェで下せェよ。 ちぃーっと極秘任務で動いてるだけでさァ」 「オイオイ。 言ってるから。もう極秘って言っちゃってるから」 「アララ。 まァそういうことなんでここで俺にあったことはご内密に――」 言いかけて気づいた。 言い訳することで頭がいっぱいだったが、ここにいるのがおかしいのは銀時も同じなのだ。 旦那こそ何でここに? そう聞こうとしてやめた。 自分が来た方向に目をやるその視線の先に、彼の真意があるような気がした。 「桂が気になりますかィ」 「・・・・・・極秘任務中でしょ」 「だから手みじかにお願いしやす」 「気になるかって言われてもよー・・・急にそんなこと聞かれてもねェ」 「旦那、アンタ桂のこと追ってきたんでしょう」 立ち去りかけていた銀時が足を止めた。 「・・・・・・・唐突にナニ?」 「桂と土方ァできてたんですね。旦那もご覧になりやしたか?」 「・・・沖田くん? 大丈夫? 頭でも打ったのかな、ん? 危ない妄想は中学で卒業しとけよー」 「じゃあなんでこんな所にいるんで?」 「そりゃあ仕事に決まってんだろ」 「へぇ? 猫探しとかですかィ?」 「そんなもんだ」 「・・・・・・そーですか、そいつァしょうがねぇや」 これ以上聞いても無駄だと思った。 もともと銀時が何を考えていようがどうしてもはっきりさせたいことではない。 そのまま沖田はその場を離れようとした。 「沖田くん」 「なんですかィ」 「・・・なんかあった?」 「いいえ、なーんにも」 「そ」 きっとこの人は全部知っているんだろうと思った。 短く別れの言葉を口にして、今度こそ沖田はその場を後にした。 夜半。 敷いてある蒲団の上に、掛布をはぐることもなくそのまま横になって、沖田はぼんやりと天井を眺めていた。 あの人を抱くのはどんな気分だろう。 あの人に、あんな情欲にけぶった目で見つめられるのは。 体の奥がずくりとうずいた。 ――俺ァもう、あの人をただの”仲間”とは、見れない。 あの人も、もう。 あの人の心には桂がいる。桂を想う土方さんは、土方さんであって土方さんじゃない。 俺の知っている土方さんじゃない。 桂を知らなかった頃の土方さんと同じには、俺のことを見ていない。 急にヤツとの間に遠い遠い隔たりを感じて、沖田は妙に空虚な気分に襲われた。 それでもからっぽの心の底で、未だくすぶり続ける埋み火。 手に入らないと分かれば一層欲しくなった。 もうすでに、この手の中にあると思っていたものだから尚更。 けれど追えば追うほど逃げて行ってしまう気もした。まるで逃げ水のよう。 目を閉じてもいっこうに眠りの訪れる気配はなかった。 屯所を出た沖田は、公園へと足を向けていた。 「沖田くん? 」 「・・・・・・旦那か、よく会いますねィ」 「会わねーよ。 一週間ぶりぐらいだよ」 「そうでしたっけ? そんな気がしねーや」 「新手のナンパですかコノヤロー。 てか公僕が昼間っから公園でダラダラか」 「休憩中でさァ」 「お前は年中休憩中か! いつまでもモラトリアム許されると思ってんなよ!」 「旦那にだけには言われたくありませんぜ」 公園のベンチ、となりにどっかりと腰を下ろした銀時に沖田はツッコみを返す。 午後の日差しはうららかで、そのわりに今日はひとけがなく、公園は穏やかな静寂に包まれていた。 「旦那ァ」 「んー」 「俺ァ実は今苦しい恋をしてましてね」 「ほー。 いいねぇ若いもんは」 「だから、慰めてくだせぇよ」 「あン? 銀さんにたかっても無駄だぞ。 ジュース二人分買う金もねェよ」 「大丈夫ですぜ。 肉体労働ですから」 「・・・・・沖田くん?」 要領を得ないんだけど? 銀時の反応に、まぁ当り前だろうな、と思いながら沖田は続ける。 「慰めて下せェ。 旦那の体で」 「おいおいおい頼むところ違うんじゃねェのー? 沖田くんならあれだよ。 かわいくお願いすれば別嬪のおねーさん方が優しく慰めてくれるって」 「旦那がいいんでさァ」 「・・・・なに。沖田くん新しい扉開いちゃったの?」 「そんなんじゃありやせん。 ただ興味があるだけで」 男の体ってそんなにいいもんなのかってね。 呟いた沖田に、銀時はふと視線を空へ向けた。 「なーんかあったの」 「だから言ったじゃねェですか。苦しい恋をしてるんでさァ」 「男に?」 「さァ」 「不毛なこったな」 「・・・・・・・旦那こそ」 「あン? どーいう意味だよ」 「さぁて、俺にァさっぱりわかりやせん」 再び沈黙が落ちた。 「まァ確かに不毛でしょうが」 お互い別の野郎のこと考えながらナニするなんざ。 「今の話は忘れて下せェ」 そう言って、沖田は席を立った。 銀時は何も言わないだろうと思った。 元より本気になどしていないのだろうと。 その予想はあっさりと裏切られた。 グイと袖を引かれて、沖田はその場に押しとどめられた。 「だん――」 「ひでェ顔してんぞ」 「そーですかィ? ちっと寝過ぎちまいましたかね」 「寝起きっつーか、寝てねェ顔だな」 「・・・そう見えやすか」 「・・・・・・・つきあってやっててもいい」 だからさっさとふっきっちまえ。 ぼそり、と付け加えられた言葉。 沖田は静かに顎を引いた。 ほの暗い室内。 一足先にシャワーを浴びた沖田は、蒲団の上に座ってぼぉっと虚空を見つめていた。 戸の開く音。 背後から近づいてくる気配。 「・・・んじゃま、始めますかね」 「お願いしやす・・・」 「経験は・・・・・・・・ねェよな、さすがに」 「旦那は?」 「さーてね、銀さんは大人だからねー」 言いながら銀時は手際よく浴衣の帯を解いてゆく。 胸の突起に直に指が触れて、沖田はく、と唇をかんだ。 「・・・・ッ、だんな・・・」 「なに」 「・・・これって、俺が入れられる感じですかィ」 「当たり前でしょうよ。 銀さんそっちの気ないの」 「俺だってありやせんよ」 「ガタイ的にも当然の流れじゃん? ――あァ、もしかして」 君んとこは違うの? あっけらかんと言いながら、銀時の手は執拗に胸の尖りを弄り回し、唇が肌の上を滑る。 その手が沖田の下腹に届くころには、もうそこは徐々に昂ぶりを見せつつあった。 「何のことですかィ」 「へー沖田くんがねー。まぁそれもありか。 サド星の王子だもんな」 指がそこに触れるたび掠める快感に、何もかもがどうでもよくなってくる。 「・・・もう、どうでもいいやァ・・・・・」 「大丈夫。 前の方も疎かにしねーって」 「・・・・・・・何でもいいから、気持ちよく、して下せェよ」 銀時の扱いの上手さに、すでに彼の手の中で達しそうになりながら、沖田は力をふりしぼって不敵な笑みを浮かべた。 ほどなく白濁を銀時の掌へ放つ。 彼はそれに濡れた手でもって、弛緩した沖田の臀部へと手を伸ばした。 「ちっと痛いかもしれねーが我慢しろよ」 「・・・ん・・・・っぅ・・・」 指が内部に入りこむ。 異物感。 なんとも落ち着かない感覚に、沖田は顔をしかめた。 それが徐々に快感に変わっていくのを感じながら、沖田はふと唐突に、何で自分はこんな所でこんなことをしているのだろうと思った。 深く考え込む前に、思考は中断される。 いつのまにか増やされた指が内壁を擦る度、びりびりと体を電気が走るような感覚を覚えた。 一度放ったはずの一物は、また質量を増してきていた。 「・・・・・こんなもんか」 「・・・慣れてますね、だんな・・・・」 「オラ、力抜いて」 「んッ・・・・・・・」 指とは全く異なるものが押しあてられるのを感じて、これがナカに入ってきたら自分はどうなってしまうんだろうと思った。 壊れてしまうんじゃないか。 ――壊れてしまえばいいと思った。 「・・・ッあ、あああぁ」 「キツ・・・・・・」 焼けつくような痛みと熱さと、その奥に見え隠れする快感。 ゆっくりと自身を沖田の中におさめてしまって、銀時はそっと沖田の前髪をはらった。 「オイ、大丈夫か」 「な、んとか・・・・ッ」 「・・・・・動くからな」 言って注挿を始める。 いつしか体はただ快楽を追い、銀時の動きに合わせて淫らに腰をふっていた。 「・・・・・いいぜ」 銀時が掠れた声で囁く。 沖田は、自分よりずっと余裕がありそうな銀時を少し苛立たしく感じた。 「な・・・にが・・・あぁっ」 「名前、呼べば? 俺は気にしねーよ」 「・・・・っぁ、だん、な・・・・・」 「ちげーって。 素直になれよ」 自然と口元に笑みがのぼるのを感じた。 「ハ・・・・・あんたに言われちゃお終いでさァ。 それに・・・」 「ん?」 「つっこまれながら野郎の名前呼ぶなんざ、それこそ変態・・・・・・ッ」 わかっているのに。 こんなことをしたって心が安らぐはずがないこと。 それでも俺は旦那を求めずにはいられなかった。たぶん、親近感のようなものをかんじていたんだと思う。 全く勝手な、ことだけれど。 動きが激しくなる。 がくがくと揺さぶられて、あられもなく声を上げる。 白く塗りつぶされていく頭の中、最後にチラリと野郎の顔がよぎった気がした。 「すっきりしたかよ」 行為が終って。 重い体を布団に沈みこませながら、沖田は顔だけを、テーブルに頬杖をついて胡坐をかいている銀時に向けた。 「おかげ様で」 「・・・そのまま寝ちまえ。 起してやっから」 「気持ち悪ィぐらいに優しいですね、旦那。 どーしたんですかィ」 「別に普通でしょ。いつもの銀さんでしょ。 ・・・・ったく」 銀時は深々とため息をついた。 吐息に紛れて、俺も子供に手ェだすとはなんたらと、もごもごとした呟きが聞こえた気がした。 「旦那」 「あー?」 「また会ってもらえますかね」 「・・・・・オイ」 「いやー、あんまり上手いもんでもう俺ァアンタなしには」 「深入りすっと、ろくなことになんねーぞ」 「承知の上でさァ」 「・・・・・・あーあ、これだからガキは・・・・」 銀時はぐしゃぐしゃと頭を掻いた。 そうしてぶっきらぼうに、わーったよ、と、投げやりに答えを返してよこした。 そうして俺はまた、旦那の元を訪れる。 お互いわかってる。こんなのは茶番だと。 表向き俺が旦那につきあってもらってるようだが、旦那も心の中ではどうなんだか。 易々と尻尾をつかませてくれない人なのでさっぱりわからない。 お互いの気持ちがどこにあるにせよ、俺たちはこうして肌を重ね、いっときの休息を得る。 行為は変わらない。 行為があれば、快感も変わらない。 ならば、それでいい。 手に入らないなら求めない。 手に入らないどころか、今の穏やかな関係さえ、失ってしまいそうだから。 別に彼とじゃあなくたって、体はこんなにも満たされる。 懸命に言い訳を考える臆病な自分が、ひどく滑稽で、弱いものに思えた。 銀時の背に回した手に力をこめた。 「・・・・沖田くん?」 「何でもありやせん。 続けてくだせェ」 「・・・・・そう」 部屋の隅に置かれた時計が、カチリと小さく音を立てた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 04 代用恋愛 長くてすみませ・・・でも絶対やりたいネタだったので書ききって満足です。 我ながら無茶な設定だとは思う。・・・んですが、萌えるんですよね。ごめん沖田くん。
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