師走、大みそか。 もう随分遅い時間、過ぎゆく年に思いを馳せながら桂はTVのチャンネルを回していた。 [時はつごもり] 外は寒波の影響で、雪でも降りそうな寒さ。 一方で、こたつに入り、半纏を羽織っている身には暑いくらいの室温。 TVの電源を落としてリモコンを手からころりと投げだし、桂は机につっぷした。木のほんのりとした冷たさが心地よい。 こんな風にぬくぬくと年を越せる自分は幸せ者だと心から思った。 足の温もりと頬の冷たさ。 なんとも言えない加減に、そのまま心地よさにまかせて目を閉じる。 エリザベスにしょっちゅう窘められるのだが、やはりこたつでのうたた寝はやめられない。 ――眼が覚めたころには新しい年を迎えているに違いない。 幸せな気分で迎えた年はきっと良い年になるだろう――もうろくろく回らぬ頭で勝手に理屈付け、桂が意識を手離そうとした、その時。 がらららっ 「桂さんッ!」 「・・・・・・・・」 背後の引き戸が勢いよく開け放たれた。 廊下から冷たい夜気がすーっと流れ込んできて桂は首をすくめる。 寝ていると思って帰ってくれないか・・・そんな甘い考えを打ち破るように、桂を呼びにきた何某は思いきり彼の体を揺さぶりながら耳元で怒鳴った。 「かーつーらーさーんっ!! 起きてください!!」 「・・・・大声を出さなくても聞こえている」 しぶしぶと体を起こすと、男はぱっと飛び離れ、頭を床に擦りつけんばかりに低頭した。 「御休みのところすみません! しかし、一大事で・・・私共では判断がつかず・・・」 「・・・いい、そうしゃちほこ張るな。 何があった?」 「真選組が攻めてきました」 「・・・・・・・は?」 思わず桂は間の抜けた声を上げた。 今この男は何と言った? 「・・・・・すまんが、もう一度言ってもらえるか」 「ですから、真選組が、攻めてきました」 「・・・・・・・・・・・俺に逃げろということか?」 「いえ、・・・・その、なんといいますか」 男の歯切れの悪さに桂は眉をひそめた。 更けゆく大晦日の夜は、相も変わらずしん、と静まりかえっている。 もし本当にあのイモ侍共がここを嗅ぎつけて来たのだとしたら、何事も派手好きで限度を知らぬ奴らのこと、 爆音のひとつも上がらないのはおかしい。 それに、ここには少数とはいえ手だれの志士が集っているのだ。 彼らとの斬り合いの音すら聞こえてこないのに、真選組が攻めてきたと言われても・・・ピンとこないというのが正直なところだった。 もしかしてやり方を変えたのか? いつぞやのように監察の男を単身送り込んできたとか? 桂の不審げな表情を見て取って、男は、ともかく、と言葉を続けた。 「こちらへ」 「・・・わかった」 桂を先導して男は廊下に出た。 廊下の板の冷たさが足袋越しに伝わってくる。身震いをして、両の手を袖の中へとつっこんだ。 大晦日にも仕事とは熱心なことだ・・・・無粋なやつらめ。 いまいましく思いながら桂は男の後に続いて進んだ。 ほどなく着いた玄関で、桂は男が口ごもった意味を十二分に知ることとなる。 「ヅ、ヅラ子氏〜!!」 「この男がさきほど、『真選組副長・土方十四郎である! 御用改めだァ、ヅラ子氏を出せー!!』  と言いながら飛び込んできまして・・・・・・」 「や、あの、それはその、酔った勢いというかぁ! 嘘は言ってないでござるぅぅぅぅぅ!」 「だまれ不審者! ・・・桂さん、どうしましょうコイツ?」 「あ、ああ」 ・・・これは報告にも困るだろう。 男に訪ねられて、桂はようやく”不審者”に目を落とした。 玄関端、縛られて転がされた男はこの寒いのに相変わらずの袖を切ったGジャン。素肌に喰いこむ縄が痛々しい。 何より自分を見上げる子犬のような目に抗えず、桂は額を押さえて深くため息をついた。 「知り合いだ。縄を解いてやれ・・・」 「え? か、桂さん?」 「トッシー、今度来る時は軽率な発言は控えるように」 「は、はいっ」 「・・・エリザベス、俺の部屋に茶の用意を」 『わかりました』 いつの間にか背後に現れたエリザベスに茶の支度を頼み、トッシーを部屋に案内するよう申し伝えてから、 妙に疲れた気持ちで桂は部屋へ戻って行った。 「・・・・・・ずびばぜんでした」 「もういいから鼻をふけ」 「うう、かたじけないでござる」 「ほら、こっちにきてこたつに当たれ。 見ている方が寒いわ」 「・・・はい」 トッシーは桂から受け取ったちり紙で鼻をふきふき、たて膝でにじり寄ってきてこたつに足を入れた。 その素直な様子に、思わず弛みそうになる口元を意識しつつ桂は口を開く。 「・・・で、何の用だ」 「え、・・・と」 「こんな寒い中わざわざ来るくらいだ、よほどの大事だろう?」 「・・・用、っていうか・・・」 ついで、というか・・・・。 ぽりぽりと頭をかいて、トッシー。 「今日は冬コミの3日目だったんでござる。僕は友達のサークルの手伝いに行ってて、そのあとオフ会まで参加して・・・・  いくらか酒を飲んだのは覚えてるんだが、そのあと気づいたらここにいて」 「・・・つまり酔って無意識のうちにここへ来たということか・・・?」 「そのようでござるな」 桂は茶を一口すすり、静かに湯呑を置いた。 「・・・あまり気軽におとなってもらっては困るのだがな」 「め、面目ない・・・」 「今日ぐらいと羽目をはずすのもかまわんが、お前も立派な大人だろう。  酒を楽しむにしても節度を守ってだな・・・」 「・・・・・・」 「・・・トッシー?」 ふいに口元を押さえて背中を丸めたトッシーに、思わず桂は立ち上がってその顔を覗き込んだ。 蒼白な顔色に息を呑む。 「うっ・・・なんか・・視界がグルグル回るでござる・・・・」 「わかった、少し横になれ。・・・まったくお前というやつは、手間ばかりかけさせおって・・・」 「うう、ヅラ子氏・・・」 「いいから、そのまま体を倒せ」 促されるままにトッシーが仰向けに倒れると、後頭部に柔らかいものがあたった。 グルグル回る視界に、ぼんやりと、天井の木目と、心配そうな桂の姿が映る。 胸はムカムカするし、頭はズキズキ痛むし、とてもいい気分とはいえなかったけれど、それでも幸せな気持ちでトッシーは目を閉じた。 「・・・ヅラ子氏」 「なんだ」 「冬コミ楽しかったでござるよ〜」 「・・・お前、まだ酔っておるのだな」 「写真も撮ったし、嫁も確保したし、本も大量ゲットでござる」 「よくわからんが、よかったな」 適当に桂が相槌をうつと、トッシーは目をつぶったままだらしなく相好を崩した。 「みくみくもいっぱいいたでござる〜。  でもヅラ子氏とエリザベス先輩にまさるレイヤーはいなかったね、これは確実でござるよ!」 「ふむ、そうか」 「はッ! 今ちょっと行ってみたいとか思った・・・?」 「思わん」 「駄目でござるよヅラ子氏は! あっという間にカメラに囲まれてしまうでござる・・・  気持ち悪いお兄さんたちにあんなポーズやこんなポーズを強要されるんでござるよ!?」 「行かんから落ち着いて寝ていろ」 興奮して身を起しかけたトッシーの頭を自分のひざの上へ押し戻して、桂。 「・・・なんだかわからんが、凄いところなのだな」 「そうでござる! 素人のヅラ子氏が足を踏み入れたら痛い目に合うでござるよ!」 「そうか。 お前と一緒ならば平気か?」 「そうそう玄人がついてれば・・・・って、え・・・・?」 「興味が湧いた」 「だっ・・・・駄目駄目、駄目でござる! いくらでもお使いとかしてあげるから・・・っ!  あっ、僕のリュックの中に戦利品がつまってるんだ、まずはそれを読んで・・・」 「・・・解せんな、楽しい所なのだろう? なぜそんなに頑なになる・・・?」 桂はトッシーの頭を穏やかに撫でながら、口元に笑みを上らせた。 「それは・・・」 「ん?」 「・・・・・・・ヅ、ヅラ子氏がっ」 すぱーんッッ トッシーの台詞は勢いよく引き開けられた戸の音によって遮られた。 『明けましておめでとうございます』 プラカードを掲げたエリザベスが立っていて、桂は反射的に、ああ、おめでとう、と返していた。 ふと時計に目をやれば、なるほど、短針と長針がちょうど12の所で重なっている。 やれやれ、この調子ではまた騒々しい年となりそうだ、と、トッシーに目を転じれば、驚きのあまり 気分の悪さまでふっ飛んでしまったかのような呆けた面。 思わず吹き出すと、桂はその笑みの形のままの唇をそっとトッシーの額に落とした。 「・・・!? ヅ、ヅヅヅヅヅラ子氏、いまっなに、なになにをっっ!」 「明けましておめでとう、トッシー」 鮮やかな笑顔に、耳まで真っ赤になったトッシーは二の句が継げずに硬直する。 しばらくして廊下から聞こえた舌うちに我に返ると、変に目をそらしたまま、なんとか新年の挨拶を絞り出した。 気分の悪さも酔いも、すっかりどこかへ飛んで行ってしまったようだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あけおめでございます! 若干遅れながらも季節ネタ・・・。 この二人にはほのぼのが似合ってると思うのですがどうでしょう。 あえて蕎麦ネタはスルーさせて頂きました(笑) 本年もよろしくお願いします!       ・BACK・