ピピピピ・・・・ 「・・・38度を超えたか・・・」 体温計の液晶パネルを覗き込んで、桂は顔をしかめた。 大台突破だ。こんなに熱を出すのはいつぐらいぶりであろうか。 熱で朦朧とした頭はその”いつ”を思いだそうとしているのか、ただ動きを止めているのかわからない。 鈍っている頭の中にはおよそ思考と呼べるものはなくて、体温計を目の前にかざしたまま桂は数秒、微動だにせず過ごす。 ぐらり、と体が傾いだ。 目を開ければ見慣れた天井。 桂は寝室のベッドの上にきちんと布団をかけて眠っていた。 カーテンの引かれた室内は薄暗いながらも、外はもう夕暮れの様相を呈しているのがわかる。 西向きのこの部屋は、赤みがかった光で外から照らされていた。 体がダルい。指一本動かすのも億劫で、ベットに体重の全てをゆだねながらぼんやりと天井を見つめ続ける。 頭の中を文字が流れていく。 朝。 体温計。 高熱。 ベット。 いつのまに。 ―――夕方? 一つ一つの点でしかなかった単語がようやく線を結んだ瞬間、桂は布団を跳ね飛ばしていた。 慌てて洋服ダンスに駆け寄る。 「遅刻だ・・・!」 「いや遅刻っつーか学校終わってますけど」 「無断欠勤ではないか! もっと悪いわ!」 「いや・・・なんかあの、とりあえず落ち着いたらどーですか先生」 「これが落ち着いていられるか! ・・・ん」 パジャマを脱ぎかけ、ジャージに足を通しかけの中途半端な格好で桂は動きをとめた。 なんとも言い難い顔をしてこちらを見つめている教え子に怪訝な顔を向け、 「なんでここにいるんだ、坂田」 「なんででしょうねー」 銀時はへらりと口元だけを歪めた。 手にした盆から湯気が立ち上っている。 「・・・熱は下がったんすか」 「ん? ああ・・・もしかして俺は丸一日寝てたのか」 「さァ。俺が来たのはついさっきなんで」 「学校に行った覚えがない」 「でしょうねェ」 かたり、と机の上に持ってきた盆を置くと、妙に無表情な銀時は桂につかつかと歩み寄る。 2、3ボタンの外れたパジャマの上着に、片足を通しただけのジャージという情けない姿の桂の腕を強く引いて、ベットの上へ引き倒した。 「・・・・・・ッ」 「寝てないと、ね。先生」 「おい、さかっ・・・」 「公私混同ですよ、先生」 抑えつけて両腕を封じ、銀時は桂の顔前すれすれまで顔を近づける。 冗談めかした笑いがはりついているものの、その目は全く違う鋭い光を宿していた。 ただじっと、見つめられる。覗きこまれる。 心臓がはねるのを感じながら、桂は吐息が触れそうな距離にいる男の名を呼んだ。 「坂田・・・・・・」 「・・・・さっきから言ってんですけどー。公私こ」 「銀時、と呼べばいいのか」 「・・・・・・ガッコの外ではそーいう約束でしょ、桂センセ」 「・・・お前、なにをそんなに怒っているんだ」 銀時は静かに身を起して、あっさりと桂を開放した。 「・・・・・バカかテメェ。 学校来ねーから心配して見に来てみりゃあリビングでぶっ倒れてるし、熱はバカ高ぇしよ」 「ああ、・・・・そうか通りで」 ベットに戻った記憶がないのに変だと思ったんだ。 あっけらかんという桂に銀時はこめかみに青筋を浮かべた。 「こっちはテメェが無駄欠勤だっつーから何事かと思ってかっ飛んで来たらリビングでごろりだぜ? マジ血の気引いたっつの。  それがナニ? 人を散々心配させといてオメーはナニ?  遅刻だってどこのダメ主人公だコノヤロー」 「そうか悪かった。 心配していた分、俺がピンピンしているのを見て気が抜けたりなんたりで複雑な気分なんだな」 「・・・知った風な口聞くんじゃねェよ」 「ふむ。違ったか?」 小首を傾げた桂に、銀時は何も言わずその頭をぐいと枕に押し付けた。 「図星だろう」 「うっせ。 さっさと寝ろ」 「お前、仮にも担任に向かってその態度はなかろう・・・」 「無断欠勤する担任なんて知りませ〜ん」 「・・・そうだった。後で電話を入れておかねばな」 「お前ってホントさァ・・・・ま、いいけど」 食欲あるなら食えよ、と机の上の盆を指さして銀時は部屋を出て行った。 表の道を走る車の音が耳を掠める。 会話の余韻を残す静寂にひたりながら、桂はゆるゆると目を閉じた。 もう自分ではすっかり治ってしまった気分なのだが、銀時があの調子ではしばらく動き回ることは許してもらえなかろう。 ふふ、と何ともつかぬ微笑が口元に上る。 そういえば小テストの採点がまだだった、バスケ部の方の計画表も作らねば。 はっきりしてきた頭は、あれこれ思い出してベットの中にいても気ばかり急いてしまう。 今何時なのだろうか、首を伸ばした先に湯気を立てるどんぶりが見えた。 器用になんでもこなすものだ。 思わず感心してしまう。 自分と彼との関係が教師と教え子から一歩進んで、それでもまだ、彼については知らないことの方が多い。 ためらいなく距離を詰めてくるくせに、けして"中"までは入ってこないし、入らせない。 妙なやつだ。 徐々に薄れゆく意識の中、桂の脳裏にふっと、最期の最後で疑問が湧いた。 俺は家の場所を教えていただろうか―― 桂宅・キッチン。 「銀時! 冷えピタ買って来たぞ!」 「サンキュ。 でも熱は一応下がったっぽい」 「そ・・・・うか。 下がるに越したことはねェ」 ドラッグストアの袋をテーブルの上に置き、高杉はほっと息をついた。 桂に粥を作ってやった後片付けをし終えて、銀時は蛇口の栓をひねる。 水が止まるのを確認してから、綺麗になった鍋を洗いかごの中に置いた。 「悪かったな、買いに走らせて」 「別に。 小太郎にはいつも世話になってるし」 高杉は桂の部屋の方へちらりと視線を走らせた。 その横顔に、気遣うような色。 銀時はふー、と長く息を吐く。 「まさか高杉と先生が幼馴染たァな」 「俺だってアイツの教え子がテメェだなんて初耳だ」 「ま、おかげで助かったけど」 「・・・すぐ近くに住んでんのに、ぶっ倒れてても気付いてやれなかったなんてな・・・」 高杉はガシガシと頭をかいた。 自分が腹立たしくてならないと言った様子に、銀時は片眉を上げて、 「ま、しょうがないんじゃね? 家の奥だし」 「・・・家出るときに声かけてりゃよかった」 「ここんち、他に人いねーの」 「・・・・・・お前には関係ねーだろ」 高杉はふいと顔を背けてしまった。 「ねー高杉くぅん。教えてよー。 俺とお前の仲じゃん」 「気色わりィ声出すんじゃねェ銀時! 寄んなアホ!」 大体、担任の見舞いだなんて、どーいう風の吹きまわしだ。 ギロりと睨みつけてくる視線を真っ向から受け止めて、銀時はこともなげに言った。 「べぇつにィ? 俺ってばホラ、ゆーとー生だから」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そのいち。よりは少し関係の進んだ感じで。ベタベタなネタで失礼いたしました。 しかし看病ネタはもう少し甘くなっていいんじゃなかろうか。この二人だからですかねー。 高杉くん大プッシュしてあげたいです。銀さんに負けちゃ駄目だよ!       ・BACK・