出会いは最悪。 高杉の馬鹿の巻き添え食って、派手に喧嘩して、ずたぼろになって川辺でぶっ倒れてた。 そこにアイツが現れた。 顔は知らなかったけど、アイツは俺を見て、なんだウチの生徒か? って眉根を寄せたから、素性は知れた。同時にやべぇなーと思った。 親を呼ばれる、学校に連絡される、罰則をくらう――。 自分の未来がばばっと脳裏をよぎる。ああやっかいだ。 とはいえ逃げようにも体は動かないし、九割がた諦めた気持ちで、しゃがみこんで俺をしげしげと眺めてるアイツをぼーっと見ていた。 綺麗な、黒髪。 まるで女みてぇな。 顔の造作も驚くほど整っていて、そういえば女子共が騒いでいたのを思い出す。 転任してきたばかりの体育教師。 始業式での挨拶で、校則に則って長い髪をおさげにくくって壇上に登り、大爆笑を巻き起こしたとかなんとか、そんな逸話も聞く。 俺は半分寝ててそんなのろくろく聞いてなかったから、目の前の人物が噂の教師なのかなんてわかりっこなかった。 ・・・が、次の言葉を聞いて、やっぱりコイツがそうかも、と思い直す。 「・・・・・しかし派手な転び方をしたものだな」 「モシモシ先生?それ何の冗談?」 思わずつっこんでしまった。 転んだくらいじゃ隈どりみてぇな青痣なんてつかないっつーの。 わかっててなんでそんな回りくどい聞き方をするのか。 イライラする。 珍妙な問いを発した本人は、しかし至って真面目に、 「こんな状況で冗談を言う奴があるか。 まったく、大方カセットでも聞きながら下校しておったのだろう。 最近の学生はこれだから・・・」 「カセットってなんだァァァそんなの今時持ってるやつのが珍しいわ!」 「転ばぬ先の杖と言うだろう、通い慣れた道だと侮っておるからそう」 「話聞けよ・・・・」 「む? もしや新入生だったか?」 「・・・・・・・・」 もはや喋る気力さえ失せてきた。 なんなんだコイツ。 怒鳴るのに力を入れたせいで全身がギシギシと痛んだ。 俺が痛みに顔をしかめたのを見て取って、アイツは俺の目の前に手を差し出した。 「・・・・なに」 「自力で立てんだろう。 病院まで送って行く」 「・・・・一人で行ける」 「強がりを言うな。 ほら」 つっぱねてもよかったろうに、気づいたら俺はその手を取っていた。 アイツの話に疲れ切ってて、抵抗する気力もなかったから、ということにしておく。 「・・・なーアンタ」 「アンタじゃない。 桂先生だ」 「・・・・・桂先生」 「なんだ」 「病院でなんて言うつもり?」 「なんても何も、真実を言うほかあるまい。転びましたと。 恥ずかしくても治療のためだ」 「・・・それ本気で言ってんの?」 アイツ、もとい桂に肩をかりて歩きながら、思わず苦笑がもれた。 「本気だが」 「・・・だろーな」 「自分できちんとどこが痛いか先生に言えよ」 「俺はガキですか」 「あぁ。俺から見たらな。 それと」 変人教師はこちらを向いて人差し指を立てた。 本当にすぐ近くにヤツの顔がある。 女とも見まごうその顔を見つめながら、胸の中で何かもやっとした感情が湧きあがるのを感じた。 「目上の者には敬語を使え」 結局桂が、俺の喧嘩についてどこかに報告した様子はなかった。 知っていたのか、本当に知らなかったのか。今となってはどうでもいいことだ。 ただあの一件以来、俺はアイツに興味を持った。 礼のひとつもないのは流石にまずかろうと思って、翌日体育教官室を訪ねた。 それですっかり顔を覚えたのか、学校で会うたびに呼びとめられ、何くれと会話を交わすようになった。 話の内容はしばしばあちこちに飛びすぎて、そのたび俺はその場限りの適当なことを言う。 アイツは真面目にとる。 それが、面白かった。 冗談めかして綺麗な髪ですねと言った。照れたように笑うアイツ。予想外。 願かけをしてるんだ。へぇ、どんな? 言ってしまったら効果がなくなるだろう。 聞いてくれ坂田。めずらしく切羽詰まった顔のアイツ。 どうしたんですか。実は――ジャージが上下ちぐはぐだった。・・・・・。 これはこれでかっこいいだろうか。いや格好よくねェよ。そもそもアンタその格好で来たのか途中で気づけェェェェ アイツと話す他愛ない時間が好きになっていった。 アイツと会うのが楽しみになっていった。 アイツのことが――・・・・ そして3年に進級した俺の担任は。 「起立! 礼――」 「おはようみんな、それでは朝の集いを始める。 まず連絡事項だが――」 長髪を後ろでひとつにくくって背に流し、いつも通りのジャージ姿で桂は声を張り上げる。 朝の集いってなんだよ。小学生か。 窓際、一番後ろの席。 銀時は心の中でこれまたいつも通りのツッコミを繰り返す。 頬杖をつきながら聞く話はどれも耳を素通りしていく。前の方で神楽が鼻ちょうちんを浮かべているのが見えた。 桂小太郎。 体育教師、バスケ部顧問。 そして、ここ3年G組の担任教師。 生徒たちからはヅラの愛称で呼ばれている。ルックスから女生徒の人気も高いが、中身は変人だ。 「以上だ。 じゃあお前たち、しっかり授業を受けるんだぞ」 「はいアル!」 さっきまで寝ていた神楽が元気な返事を返した。 桂は満足げにうなずいて、HRの終了を告げた。 新八がすかさず号令をかける。 とたんにざわめきを取り戻した教室を後にする桂を追って、銀時は静かに席をたった。 担任とはいっても、各科目を教えるのはそれぞれ別の教師、アイツと顔を合わせるのなんざ、朝夕のHRと体育の時間くらい。 けして顔を合わせている時間は長くない。 会いにいくにしろ、体育教官室は厳しい教師も多く、気軽にほいほいと訪ねられる場所ではない。 素行の悪さから学生指導の教師たちに目をつけられている銀時などは、なおさら。 「桂せんせー」 「・・・坂田か」 呼べば、立ち止まって振り向く桂。 授業の始まりが近い。 教室へ急ぐ生徒達が慌ただしく横を過ぎ去っていく。 「どうした、授業が始まるぞ」 「や、特に用事はないんですけどね」 「ならさっさと教室へ戻れ」 桂が言い終らぬうちに始業ベルが鳴り響く。 「ほら」 「・・・はーい。 あ、桂先生」 「ん?」 「今日も素敵なジャージ姿ですね」 「あぁ、ありがとう」 「抱き締めていいですか」 「・・・どうしてそうなる・・・・・・」 馬鹿なことを言っていないでさっさと教室へ戻れ、まったくお前はいつもそう・・・・ 大きくため息をついてこめかみを押した桂の顔を見て、銀時はしてやったりというようにニヤリと笑った。 じゃあな、先生、と桂に背を向ける。 一年を経て、今の二人はこんな調子。 とっくに自分の気持ちを自覚していた銀時は、ことあるごとに桂を口説いてきた。 しかしそれはとても本気とはいえない態度で、桂もむろん本気にしない。 普段はなんでもかんでも鵜呑みにするくせに、と銀時は思う。しかし彼も、この距離を気に入っていた。 現状に甘んじていたい自分の弱さが、きっと、もう一歩踏み出すことを躊躇わせているのだろう。 教室へ戻ると、すでに一限目の教師が黒板を背にチョークを握っていた。 「さぁかた! 授業は始まってんぞ!」 「すいませーんちょっと便所行ってましたァ」 「ダンナ、先生と何話してたんですかィ」 「うっせ黙っとけ沖田」 「ごちゃごちゃやってないでさっさと席につけ!」 「へーい」 席につき、落書きまみれの教科書を広げながら、頭はもう放課後に飛んでいた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 導入というかなんというか・・・こんな感じで坂田君は桂先生に絡んでいるよと。 二人の関係の親密さは各話でバラバラになると思いますが、とりあえずジャブ的なアレです(なんだよ)
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